【私小説:閉鎖病棟シリーズ1】とある施設で出会う男女と未来の物語
この人は誰──。
「こんにちは」
目の前の男は、何気なく手を上げて私に挨拶をした。しかし。
なぜ、この男には看護師から括り付けられた腕輪が無いのだろう?
患者ではないのか? ソーシャルワーカーか?
「ああ。腕輪? あれね、いやだったから引きちぎったんだ。入院したその日に。嫌だよね。その腕輪。僕や君がまるで病院の実験台にでもされてる気分だよ。実験台ではないのかもしれないけれど、確実に、人を人で管理されている証拠──。だろうね。なんか外に出れてる人たちも、ずっと腕輪を付けてるみたいだし。完全に、モルモット状態。バーコードで管理されてるって。ヤバいよね。ヤバいのは向こうからしたら僕や君のほうなのかもしれないけれど」
引きちぎった。
刃物はこの施設ではもちろん厳禁だ。引きちぎって千切れる代物ではない。私が目覚めた時には。もう既に。腕に巻かれていて。
だけど。私には。力だけでなく、既に感覚すらない。
もう、私は終わってしまったのだ。私の楽しい時間は終わり、もっと先へ。もっと先へ。誰も到達したことのない快楽へと、天国へと行こうとしたら。
気づいたら、ここにいた。
十代にして6度目のこの施設。
誰も止める人がいないから、こうやって収監されているのだと思うと、もうそれでいいような気がする。
「コンサータって知ってる?」
「おお! 僕も飲んでたんだ! いやー。実は発達障害の数値が出てね。言語理解が131と出て『天才だ!』って言われて、僕もめっちゃ喜んでいて、コンサータもらってね。すごく人生が楽になったんだ。そしたら統合失調症になちゃった。天罰だと思っているよ」
「その程度。天罰でもなんでもないよ」
口数が多い男の人だなあと思いながら、私の天罰としか思えない日々を振り返る、ことはできない。
薬を飲んで、飲みまくったことしか覚えていない。
というか、そう、言われた。
「朝になったらね。コンサータを飲みなさいって言われたの。それで怖くなったらデパスを飲みなさいって言われたの。眠くなったらリタリンを飲みなさい。夜に眠る時にはマイスリーとサイレースとレンドルミンをそれぞれ2錠ずつ飲みなさいって言われたの。言われてたらしいの」
私には記憶がない。目覚めた後に、私の処方されていた薬を一から教えてくれた。
ここの施設はどこか見覚えがあった。世界の果てのような施設。何もかも止まっている施設。何もかも諦めてしまった人がいる施設。本当に諦めた後の人の行動というのは、凄まじい。
会話が出来ないとか、そういう人はいないのに。
自ら会話を捨てた人が、大勢いる施設。
6度目の収監というのは、またこれも教えてもらった数。
私は何かを、大量に飲んだらしい。それこそまさに自業自得。業が私に降りかかった。ただそれだけ。皮膚に感覚が無いのも、その行為の業によるもの。
私は、感覚を失った。
靴を履いているが、靴の中で足が浮いてしまっているような、不思議な感覚。感覚がないのに、不思議な感覚。
幻覚。幻肢。
「天罰はね」
「ちょっと。ちょっと。井上さん! 井上さん!」
え? 誰? 小学生? なんでこの施設に? 子どもっぽい人はこの施設にはいないはず。じゃあ、私はなんで十代でこの施設にいるのか。謎ではあるけれど。
井上さん。それがこの男の人の名前。
「井上さん」
「えっ? なんで僕のペンネームを知っているの? もしかしてカクヨムでこっそり読んでた? 隠れファン?」
「読んでたって言うより呼んでたのを聞いたのだけど」
「井上さん! 井上さん! しっかり! なんで閉鎖病棟に戻ってるんですか! 明日仕事! 小説っぽい過去の回想は良いから、早く現実に戻ってきてください」
って言ってるよ。
井上さん。
腕輪が無いから本当の名前は分からないけれど。井上さん。和音さん。
「いや、井上と和音をばらけて読んだら名前の意味が無くなってしまうのだけれど。へえ。小学生みたいな人が」
「嫌がらせらしい」
「ああ!? らせ? 僕に創る想像力は薬で完全に失ったはずなんだけれど。年賀らせさんだ」
「聞こえないふりをやめて。現実に戻ってくださいって、ここ本当に閉鎖病棟じゃないですか。ああ。こんにちは。すいません。彼女の名前は忘れてしまいました。井上さん。私は4年後から来ました。4年間色々ありました。4年後のあなたにも実は日常があって、明日仕事だから早く戻らなければならないのですよ」
「マジで4年後から来たのならば、ワールドカップとかどうなってるの。個人的にロシアがいい線いってそうな気がするけれど」
「ロシアはFIFAから追放されました」
え? あ。地の文入れ替わった。え。あれ。やっぱ小説家になる才能無いのかな。年賀らせさんの言葉を目の前の女性が喋ってくれている。
というか、それなら目の前の女性が年賀らせになるじゃん。憑依してるの。
「あの、時間がないのですが。ここは世界の果てでもなんでもありません。諦めた人が辿り着く場所でもありません。本当はもっと違う小説を書きたかったのでしょ。なんか戦争の中で、マイナンバーが組み込まれたチョーカーを井上さんが付けていて、なんか、記憶を失ったスラブ系の女性軍人と出会って、皮膚感覚が無くなってて。皮膚感覚が無くなるまでは良かったのですが、チョーカーがいつの間にか腕輪になっていて、マジでノンフィクションになっちゃったじゃないですか。それに喋らせるってなんですか」
目の前の女性がペラペラペラペラなんか喋っている。ODしたから口数が減ったって。
「4年後のワールドカップでも日本はベスト16でした。4年後のあなたは働いているんです。ええ! あなたの想像した通り、なんの導きか分かりませんけれど。あなたが想像しているような働き方をしています。コンサータも飲んでます。あ。あああ」
「かずね。井上和音。また会おう。腕輪のない患者を見ただけで驚いたよ。私の名前はメルって言うらしいの。小説を書いているの? すごいじゃない。いつか私を題材にした小説でも書いて。私がいたことを、少しでも記録してくれたら。私はそれで満足。多分。私は。長くはない。いや。長いかもしれない。永遠にこの中にいるのかもしれない。あなたは旅立つ。だから」
☆☆☆
2022年12月27日(火)。22時03分。
頑張ります。
こんにちは。井上和音です。何やってるのでしょうね。ノンフィクションを書くなら明日が休みの日に書けばいいのに。ね。こんな女性はいません。もちろんいませんのでノンフィクションではありませんが、閉鎖病棟に入れられた人はすべて腕輪を付けられ管理されるのは本当です。まず千切れません。
それを千切ったのは本当です。
閉鎖病棟隔離室の中で。
当時は実験体になるのが嫌だという理由で、確か噛み千切ったような記憶があります。看護師さんもぞっとしていたし、患者さんも「なんで井上さんには腕輪が無いの!? 私も外したいよこれ!」って人が大勢いました。普通じゃ千切れません。
もう、今日の話をしましょうね。
はい。今日はSASUKEがテレビであってました。なんだ。大晦日だったのか。今日仕事に行ったのは幻で、明日仕事に行くのは誤解だったのか。とツイッターに書いたところ、誰も反応してくれなかったのは。まあ、そんなもんですね。ケインコスギさん格好良かったです。
仕事がきつかったです。本当にきつかったので、ツイッターの更新頻度が急激に上がりました。上がり過ぎても良いことは何もないのですが、上がりました。
仕事がきつかったので、仕事のことは書きたくないなというか、守秘義務というか、コンプライアンスの問題というか、仕事のことを書き始めたらちょっといけないところまで書くのではないかと思い、なんか小説を書こうとか、お風呂を洗いながらそんなことを考えていました。
本来の小説は、「戦場となった……」さっき書きましたっけ。そこで「因果律、実存哲学、予定説」などを交えた説教くさいセリフをばんばん言う、井上さんという方が出る小説のはずでしたが、なんか、こんな形になりました。
ちなみに、メルのような人はいませんでした。普通の人ばかりですよ。ただ世の中に疲れただけの人が大半でした。統合失調症の人は意外と少なめでした。うつ病と音や光に敏感な人、摂食障害の人なんかも入院していました。
一言も発さない人も本当にいました。ドラマか何かかと思いました。
SASUKEを観たかったですね。大晦日に放送してほしかったです。
では。では。早く寝ます。
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