231記事以降
モブキャラが死んだり、悪役が死んだりすることに耐えきれなくなった。この倫理観は正常なのか分からない。
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タイトルは決めていません
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なんか、「ある記事がどーんと伸びてるわけではないけど、全体的なPV数が微増に転じてきている」という状態に、今あるらしい。
特に書くことないけど、もう、完全に友達はいなくなってしまった。最近流行りの曲、「神っぽいな」の『天才ゆえ孤独ですね かっけえ… かっけえ…』が頭をよぎる。歌評にでも書けと思われるかもしれないが、本当にそんな気分だ。『天才ゆえ』というところと『かっけえ… かっけえ…』のところを除けば、まさに私みたいだ。この二つを取り除いたら『孤独ですね』しか残らないが。
虚しい。この曲聞いたら頭痛くなる。煽りにとても弱い。けど最後の歌詞に救われたような気分になる。これは歌評でもなんでもないから、もう引用することは無いけれど。
寝起きのアラームにしたら気分は最悪になる。『人生のネタバレ 「死ぬ」っぽいな』で目覚めると生きる気分が無くなる。すごい曲だと思う。
結局友達がいなくなってしまったので、ゴールデンウィークは親戚とあれやこれやすることになった。親戚にこのブログを教えたら、また孤独の闇に落ちそうなので、絶対に教えないよう、未来の自分に釘を刺している。
昨日、金曜ロードショーで名探偵コナンの総集編があっていた。おじさんが警察に囲まれたときに、毒入りワインを飲んで自殺するシーンがあったが、もちろんサブキャラなので誰も同情しないのが当たり前なのだが、一人の人間が死んで、誰も同情しないという状況を見て、心が苦しくなった。以前まではそんなことは無かったのだが、「このおじさんの生涯、一生はどんなだったのだろう。最後に自殺で終わるなんて、そして何より、動機がその程度で犯罪に手を汚すなんて、なんて不幸な人だろう」と胸を痛めてしまったのだ。
考えてみれば、漫画やアニメは主人公が勝つのが当たり前で、他の人は負ける。普通に死ぬ。主人公たちが死んだら「感動の回」となるのだが、モブキャラが死んだら「普通の回」となる。これだけで実は自分の倫理観はだいぶ狂っていたのではないかと思ってしまう。同じ人間の死なのに、喜んだり悲しんだり、不平等であることが子供向けの物語では当たり前だったということに気づかされた。
もちろん、「アニメや漫画に反対!」などと馬鹿なことを言うつもりはない。ただ、自分は負け組に入ってしまって、物語で言えばモブキャラで、死んでも物語の中での「感動回」にはならないんだな、と自覚し始め、むしろ滅んでいく敵キャラやモブキャラのほうに感情移入してしまうようになってしまったのだ。この倫理観は正常なのか、自分でも把握できていないのが現状だ。
悪=私、弱=私、という風に無自覚に定義してしまっているので、普通の勧善懲悪の物語すら読めなくなった。奇跡は現実では起きないと、身をもって知ってしまったから。
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