3月期における一ヶ月間(2022/3/1~3/20)のPV数が、1万PVを突破しました。/ 言論の完全な自由は本当に存在するのか?

 近況ノートにも書いたが、遂に一か月内のpv数が1万pvを超えた。朝起きたら超えていた。昨日の夜中の時点で秒読みだったので、次の日には超えるだろうと思っていたので、想定通り超えた。超えたらすぐ、『統合失調症(本物)になると、起こること。』にも同じような記事を書いてもおかしくはなかったが、なぜか書く気力が失せていた。


 「どうせ書いてもpv数には反映しないだろう」という、生産主義的な感情になっていた。記事をたくさん書いたところで、中身が無ければpv数は伸びない。【論考】【考察】などの記事が、私を1万pvへと連れて行った。こういう、感想のような、日常的な記事は、たいして伸びはしないのだ。pv数を伸ばして気付いたことがある。何度か書いたが、ということだ。私がこのブログで言いたいことは、「統合失調症になっても、文章作成能力などは落ちない」ということだ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、当の本人にもっと関心を寄せてほしい、というのが本音のところだ。


 ところで、【祝】ノートをあげたが、お祝いの言葉も特に無かった。ああ、やっぱり私は孤独なんだろうな、と思った。その孤独感を紛らわすために、午前中は友人とLINEをした。単純に「おめでとう」と言ってもらえればそれだけで良かったのだが、なぜか歴史認識の話になり、午前中はウクライナ情勢やこれからの日本の政策についての話になったり、右翼左翼とはなんなのかといった話になり、それを会話しているだけで午前中は終わってしまった。


 友だちとのLINEのやりとりの内容、意見、批評批判はあまり書かないほうが良いような気がした。これから先、友達がこのブログを見るとも分からない。時間が経ち、いつか仲たがいになって、報復措置としてこのブログに誹謗中傷が出てきてもおかしくない。人生何が起こるか分からないことは、統合失調症になってから痛いほど知ったが、自分から破滅へと向かうような記事内容は書かないようにしようと思う。


 しかし、それだと「言論の自由って一体何なんだ?」と怪しくなってくる。法学部にでも行けばよかったが、憲法や民法、刑事訴訟法など、この世の現代のルールを何一つ分かっていない気がする。私が哲学科で学んだことは、「タブー視することは何もない。何を考えても、何を発言しても、全ての人には言論の自由がある」というものだった。果たしてという問いが湧いてくる。「余計なことは言うな、書くな、するな」の非行動三原則のようなものが、現実を生きる日本人には課されているように思われるが、果たして。

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