第17話

「シルメ……」


 ユーファは、年上の男の名を呼んだ。


 その声にシルメは、首を振る。


「ただの喧嘩だよ。うん、喧嘩だ。君は心配しないで」


 シルメの言葉に、ユーファは少しほっとする。


 ヒューイは獣のような表情をしているが、シルメの表情は理知的だった。


 ヒューイは弾かれた槍を拾い、逃げたゲリアを追おうとする。それを見たシルメは、自分の大剣をヒューイの足元投げつける。


ヒューイは、足を止めた。


そして、シルメの方を見る。


「どうして、止めるのですか?ユーファ君が怪我をしたのは、あの男のせいですよ。それに放っておいたら、何をするか」


 ヒューイの言葉に、シルメは首を振る。


「ユーファが怪我をしたのは、ユーファの判断ミスだよ。一人で竜なんかにいどむから」


「それでも、殺すべきです。彼はどうして、こんな辺鄙な森にやってきたのですか?」


 ヒューイの言葉に、ユーファは少しばかり顔をそむけた。


「ゲリアは、現王の命令で俺たちを探しに来たっていっていた」


「ほら、やはり殺しておくべきだったのですよ」


 今からでも遅くはない、とヒューイはいう。


「私とシルメ君が追いかければ、まだ間に合います。殺してしまいましょう。そうすれば、この生活は安泰です」


 だが、ヒューイの言葉に同意するものはいなかった。


「人殺しは許さないよ。うん、許さない」


 シルメの言葉に、ヒューイは背を向ける。


 まるで、シルメの言葉に落胆しているようだった。


「私は、もう子供ではありません。シルメ君に行動を決められる言われはありません」


 ヒューイはシルメの大剣を掴んで、遠くに投げ捨てる。


 一方で、自分の槍はしっかりと握っている。


「武器がなければ、シルメ君だって私に敵うはずがない。いつまでも自分が最強だと思わないでください」


 ヒューイの言葉に、ユーファは自分の服を強くつかむ。


 ユーファは、心配していたのだ。


 シルメとヒューイが戦えば、シルメのほうが強い。王都に住んでいたころから、シルメは三人のなかで一番強かった。だから、普段の喧嘩ではシルメが勝つ。


だが、今のシルメに武器はない。


そうなれば、ヒューイの方が強いかもしれない。シルメが、負けてしまうかもしれない。


 槍を持ったヒューイが、シルメに襲い掛かる。


 シルメはその槍を避けて、拳をヒューイに右頬に食らわせる。それだけで、ヒューイは後方へと派手に飛んだ。地面に叩きつけられる、ヒューイ。それでも彼は、武器を離さなかった。


 ヒューイは、槍を構える。


 そのまま、再びシルメに向かって突進した。


 シルメは自分に向かってきた槍をいなし、今度はヒューイの左頬を殴り飛ばす。ヒューイは、また後方に飛ばされる。ヒューイは立ち上がったが、ふらふらとしていた。


 ユーファが心配そうな視線を投げかける中で、ヒューイは倒れた。


 シルメは、ヒューイの様子をうかがう。


 ヒューイは、気絶していた。


 シルメは、ユーファのほうに歩く。そして、ユーファに肩を貸して立ち上がらせた。


「ヒューイは、どうした?」


 ユーファは、尋ねる。


「気絶しているよ。うん、君を運んだらヒューイも家に運ぶよ」


 それを聞いて、ユーファは微笑んだ。


「シルメは、相変わらず甘いな」


「俺は、君たちのお兄ちゃんだからね。甘くもなるさ。さてと……」


 シルメは、少し遠い目をする。


「いつでも逃げられるように、準備だけはしておいた方がいいかもね」


 シルメの言葉に、ユーファは頷いた。

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