第5話 口汚く罵りたいが心の中で

 しばらくして、久しぶりに王子に呼び出された。用事があるならお前が来いや。


「令嬢に指示してカテリーナに嫌がらせをしているそうだな? どうしてそのようなことをしている?」


 カテリーナ? 話の流れとこの状態から考えると、クルトル伯爵令嬢のことかな。名前で呼び合うなんて随分親しいのですね。

 それにしても、まさか噂を鵜呑みにしているのだろうか。そうだとするならば、彼は将来の為政者としてどうなのだろう?


 部屋には彼の側近候補数人とルイーゼ様がいて、ルイーゼ様がにやにやと下品ともとれる笑みを浮かべていた。

 なるほど。彼は私ではなく、自分自身が招いた噂とルイーゼ様を信じたのか。


 彼は、私を犯人だと思い込んだ発言をした。怒りで冷静さを失ってはいけないので、頭の中で彼を口汚く罵ることに専念した。

 怒りのあまり、何と言うべきか頭の中で上手に文章が組み立てられない。だから私は、直ぐに返事をしなかった。


 彼は厳しい表情をして言った。


「カテリーナに謝りに行くんだ」

 沈黙を肯定ととったのだろうが、してもいないのに謝る気はなかった。


「していないことに対して、謝罪する気はありません」

 はっきり言うと、彼は顔を歪めた。初対面の人に謝る方がおかしいと思いますけどね。


「いじめをするような人間を学院に放置するわけにはいかない。反省するまで、自宅謹慎するように。学院長とも話はついている」


 私に会う前に処分を決めていることもどうかと思った。最初から有罪じゃないか。

 しかも、王子であろうと横暴を止められる立場を与えられている学院長が、問答無用で王子の味方になっているのにも腹が立った。


「かしこまりました」


 さっさと退室した。そもそも私一人を呼び出しておいて、自分は複数人で待ち受けるのはどうなのだろうか。

 側近候補は私に厳しい目を向けたり、呆れたようにしていた。こっちがそれをしたい。


 彼らも側近として失格だ。主人の間違った行いを諫めるのが側近の役割なのに、一緒にクルトル伯爵令嬢に夢中になってどうする。

 謹慎処分になった以上、普通に考えれば婚約解消になるだろうが、これから共に国を支えようという関係を築くべき人に信頼さえされていないのならば、それが正しい事だと思う。


 これは性格の不一致を表す、ちょうどいい証拠になると思う。

 今度はどうやって王家側がごねてくるのか知らないが、冤罪まで吹っ掛けられているのに、いずれは仲良しになれる筈だからとは言えないだろう。


 家に戻ると既に知らせを受けていたようで、父と母に出迎えられた。謹慎処分ありきの段取りに腹が立つ。

 母は何も言わずに私を抱き締めた。父は見ただけで怒っているのがわかる。


「殿下自らに謹慎処分を言い渡されたのか?」

 事実なので素直に返事をした。


「はい」

「それについてどう思う?」

「婚約解消に向けてのいい証拠では?」


「そうだな。他には?」

「他ですか……? 我が家がそのまま殿下を王太子に推すつもりなら、最低でも側近は全員入れ換えた方がいいと思います」


「元々中立派だ。それはない。だけど、何故?」

「能力の問題です。彼らでは無理でしょう」


「違う。何故、否定しなかった?」

「えっ?」

「苛めどころか、気にもしていなかっただろう」

 父は私の性格をよくわかっていたようだった。


「そうですね。噂を鵜呑みにされていて驚いたというのもありますが、私を信頼されていなかったので婚約解消にいいきっかけだと思いました。謝罪を要求されたので、きっぱりはっきりやっていない事に謝罪するつもりはないと言いました」


「良くやった。それで、何故諫めなかった?」

「以前は諫めましたが、交遊関係にまで口を出さないでくれ、学院にいる間くらい自由にさせてくれ、告げ口するなと言われました。いかがでしょう?」


「悪くないな。……婚約を解消したら、王子妃には誰を推す?」

「ルイーゼ様が良いのではないでしょうか。お二人は信頼関係があるようです。噂とルイーゼ様の話を信じていたようですから、ちょうど良いのではないですか。側妃と争いになっても陰険な方法でやり返すと思いますが、側妃を娶らなければ平和かと」


「口が悪いのは、隠し通せたか?」

 我慢してストレスが溜まっていたのが、父の発言で爆発したので、父のボディでストレス発散した。


「ぐぅ、重い」

「エルちゃん、もっとやってもいいけれど、城に行ける体力は残してね」

「勿論です、お母様」

 笑顔で言ってくれる母はさすが。私も最高の笑顔で返した。


 その後は、私も冷静になって両親と話をした。私が殿下に謹慎処分と言われて家に戻って来るだろうと連絡して来たのは学院長だと聞いた。

 学院長は元々中立派で、私が色々言われながらも努力しているのを分かってくれていた。

 あまりにも殿下がアホな事を言うので、このまま放置してそれを理由に婚約解消すればいいと思って下さったそうだ。


 それなら事前に知らせてくれていればとも思ったのだが、証拠も無く学院長に私の虐めと処分を訴え、直後に私を呼び出していたから無理だったとか。その代わりに両親に知らせを出してくれていた。

 普通は謹慎処分になると、理由と共に学院の掲示板に張り出されたりするのだが、今回は無し。手続きやら話し合いが終わるまで私は体調不良と言う事で学院を休むことになる。

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