ソラビト〜SORABITO〜

アチャレッド

第1話 「零と壱のはなし〜いつも通り〜」

 始まりはいつだって突然だ。と同時に終わりだって誰も予想できない。

ある日突如として現れた異星人達は言った。

「今日から地球は宇宙皆の物とします。」

その日世界は滅んだ。


       零の一


 見知った空。皮肉にも昔は日本でここまで星は見えなかったそうだ。

地上に人が減り、宇宙の科学力を持った今のこの星は、空に星の浮かぶ綺麗な星になった。

きらびやかに輝いて見える星。

その星々の輝きは地球を変えたというのに。

 スターゲイザー、星を探してる。

「独りぼっちが切ない夜、星を探してる………か。」

 雨霧零は空を眺めて一日を過ごす。

下級人類アンダーである人間は地下で生まれ、地下で暮らし、地下で死ぬ。

わかり易い階級社会になった地球では平等など失われた。

あの日一般人は裏切られたのだ。この星の先住民である同種族に。

 零は崩落した旧東京メトロで住んでいる。

その一角にぽつんと孤立する地下売店。

そこが零の家だ。

「レイ!」

聞き慣れていい加減聞き飽きた声に呼ばれる。

いつものことだ。

「何聴いてるの?」

零はゆっくりと上体を起こし、眼下を見つめる。

「…………スピッツだ。いつも通り。毎日同じコト聞くなよ。マイナ。」

舞菜はニコリと笑った。

 毎日笑うこの笑顔が嫌いだった。

他の大人達と違うホントの笑顔。

 零は小さく舌打ちをした。

「スピッツの何の曲?最近私も聴いてるから割とわかるよ!」

零は少しばかりの沈黙を作ったが、舞菜は零の言葉を待った。

「………スターゲイザー。」

「スターゲイザー!それってあれでしょ?遠くー遠くーってやつ。」

「冒頭じゃねーか。」

別段、仲が悪くはない。

昔はもっと仲良くしてた。

だがーーー…………。

「………ねぇ。レイ……。」

神妙な面持ちの舞菜。この顔も見飽きてしまった。

そしてまたいつも通り零の顔は曇る。

「今日はさ。一緒にご飯を……。」

「………行かねー。」

零はゆらりと立ち上がり、冷たい目で舞菜から視線を外した。

「……お婆ちゃんもあの時はびっくりしちゃっただけなんだよ……!謝りたいって言ってるよ?」

零の体がゆっくりと傾く。

「私も謝るから……だから……!」

「…………お前のせいじゃない。それが大人なんだろ。」

零の体は舞菜の向く方とは反対に向かって落ちていった。


       零のニ


 ポツリポツリと歩き、零は地下道を行く。

この道は零か舞菜以外使わない。

なにせここに住むのは零なみに嫌われる偏屈爺。

誰も会おうとはしない。

だからこそ零には心地良いのかもしれない。

「おう。レイか。」

零はすっと手を上げて挨拶をする。

「挨拶くれぇ口でしろよクソガキが。」

「会いに来るのが俺かマイナしかいねー嫌われ者が説教してんなよ。」

「テメーも同じようなもんだろ。」

これはいつも通りだ。

いつも通り嫌味を言い合う。

だが、零には心地良い。

「ああそうだ。レイ。なんかまたラジオ拾ってこいよ。今使ってる奴がポンコツでよ。最近動かねーんだ。」

「使い方がわりーんだよ。いい加減自分で探してこいよ。」

「嫌だね。テメーがいけい。」

偉そうに踏ん反り返る老人、スウはフンと鼻を鳴らす。

零は苦笑いでスウの前に置かれた未開封の弁当を持って踵を返す。

「………今度気が向いたらな。」

ヒラヒラと手をふる零に背中越しでスウも手をふる。

これがいつも通り。

これでいいのだ。

自分が生まれ持った業は忘れて、この心地良い生活を続ける。

これが零にとっての幸せなのだ。


       零の三


 雨霧零はいつも一人だった。

それは昔からのことで、けれど昔は皆と一緒に暮らしていた。

 零はいつの間にか旧東京メトロ《アンダー街6番地》にいた。

幼いながら何かを隠しているようで、なにかと秘密の多い少年。

最初はそんな印象だった。

だからこそ惹かれていたのかもしれない。

 幼い頃の舞菜はいつも零の後ろにくっついていた。

偏屈で周りから嫌われていたスウも喧嘩しつつも一緒にいた。

なんとなく舞菜につられて皆も二人を受け入れつつある気がした。

 ある日、信頼してくれたのか舞菜とスウだけが旧東京メトロの端に呼ばれた。

零は初めて抱え続けてきた秘密を明かしてくれた。

その秘密は確かに驚いたけど、それ以上に嬉しかった。舞菜とスウにのみ明かしてくれた。その事実が。

 だが翌日朝起きると、大人達は零を囲んでいた。

零を化け物と呼んでーーーーー…………。

 「舞菜。」

よく知る声に振り向く。

「佑。どうしたの?」

彼は佑。零とは別の幼馴染。

「またあいつの所へ行ってたのか。」

睨みつけるように佑は言う。

みんなそうだ。零の本質を知らず、忌み嫌う。

「そーだよ。私にとっては大事な友達だもん。」

舞菜は踵を返した。

「その話だけなら帰るね。」

「婆ちゃんに言うぞ。」

「好きにすれば?」

スタスタと歩いていく舞菜。

それをじっと見つめる佑。

小さく舌打ちをした。


       零の四


 今日も零は空を眺める。

風の吹く午後のひととき。

 冷たい頬。風に吹かれた君の冷たい頬に。

「………触れてみた、小さな午後。」

少し詩風に曲を聴く。

これが何より心地良いのだ。

 【それは良い。私も今度試してみよう。】

「!?」

勢いよく起き上がる。

だが付近に人の気配はない。

 そもそも聞いたことのない声だ。

何よりこの声は……。

【頭に直接語りかけてくる………かい?】

「!?」

零は喉を鳴らす。

「お前は………誰だ?」

【私はガーオ・ヒノ。君と同じタイプの人間。】

「同じ………?」

零はイヤホンに流れる音楽を止めた。

【まぁその中でも君は特別なようだから明確に同じとは言い難いがね。】

「………要件はなんだ?」

【話が早くて助かるよ。雨霧零くん。】

 名前も知られているのか。

【要件は簡単だ。私達に協力してほしい。】

私達………?複数人いるのか。

「お前は今どこにいるんだ。」

【私は今南アメリカ大陸の山奥にいる。足が悪いんだ。そこから君に語りかけている。】

 嘘くさい話だが頭に流れる会話が現実味を帯びさせてくる。

「それで……?協力とは何をするんだ?」

【興味を持ってくれたかい?】

「暇だしな。聞くだけだ。」

ガーオは笑った気がした。

【……君はこの星ついてどう思う?】

質問とは違う回答に一瞬驚く。

しかし零はこの質問に答えを持っていた。

「クソだな。異星人も。地球人も。」

【そうか。私もそう思う。そこまで汚い言葉は使わないがね。】

「それで……?なにが言いたい?」

ガーオは一幕おいた。

【私と一緒にヒーローになってみないか?】

言葉を失った。というより馬鹿だと思った、のほうが的確だろう。

ヒーローなどコミックの世界の話。現実には存在しない。

【だから私達でなるんだよ。】

勝手に会話を繋げてくる。

【どうかな?君の力は人を救うことのできる。素晴らしい力なんだ。】

ガーオは優しく話す。

だが零は一笑に付した。

「宗教なら他でやれ。俺は確かにこの星が大嫌いだし何より異星人は特に嫌いだ。開拓前は知らない世代だがその方が良かったってのはわかる。」

零は続ける。

「だがヒーローなんぞになる気はない。それってつまりあれだろ?地球人の為に頑張りましょうって事だろ?クソくらえだ。さっきも言ったが俺は地球人も嫌いなんだ。どいつもこいつも自分本位。同じ立場の人間の中に自分より下を見つけたがる。助ける価値などまるで見当たらない。」

零はなおも続ける。

「なにより俺はこの力が大嫌いなんだ。出来る事なら誰の目にも止めずに俺は密かに死にたいんだよ。」

 顔は見えない。だがガーオは哀しい顔をした気がした。

【………では、君は何があっても戦ってはくれないのか?】

「生憎俺にはあんたと違ってわざわざ異星人と戦わなきゃいけない理由もないんでな。」

【……………そうか。だが、気が変わったら私の名前を呼んでくれ。いつでも歓迎している。】

「明日には忘れてるよ。」

何かが途切れた気がして、ガーオの声は聞こえなくなった。


       零の五


 あれから三日程経った。

ガーオは恐らく名前を呼ばない限り反応しないだろう。

だがそれでいい。零がそう望んだ。

零は今のままで幸せなのだ。

舞菜がいて、スウがいる。

たった二人でも零にとってはかけがえのない家族だ。

今が一番幸せなのだから。

これでいいのだ。

 ボゴン!

大きな音が聞こえて零は振り向く。

「………?」

零は歩きだしていった。


       零の六

 大きな音を立てて壁が破壊された。

「……え?」

壁に空いた大穴からはゾロゾロと四、五人のエルフ星人が現れた。

「……ここか?〈ソラビト〉らしき地球人がいるというのは。」

エルフ星人の一人の発言に佑の祖母が駆け寄る。

「そーだよ。ここにいるんだよあの化け物は。」

舞菜は言葉を失なった。

だが絞り出すようになんとか言葉を出した。

「お婆ちゃん………?どういうこと………?」

答えたのは人混みの中の佑だった。

「俺が言ったんだ。」

「佑………?」

弱々しく舞菜は振り向く。

「お前おかしいよ。あんな化け物と仲良くしてよ。昔のほうがずっと普通だった。お前あいつに心を喰われたんだ。あいつは化け物だぜ?」

首を振る力も残ってない。

「違うよ…………。変わったのはみんなだよ。昔はあんなに優しかったのに………レイだけに厳しくなった。」

舞菜は力強く叫んだ。

「レイは人間だよ!どんな力を持っていても、私の大好きな人間なんだよ!」

だがしかし、言葉は届かない。幾人もの人間の住むこの地下には最早人などいないのか。舞菜は心からそう思った。

「場所を教えな舞菜。そしたらあんたはたすけてやるよ。」

得意気にエルフ星人の横に立つ老婆は化け物のように見えた。

「………その娘は何も知らんよ。異星人。」

全員の視線が一つの方を向く。

「……スウ爺ちゃん………?」

スウは優しく笑い何も言わず舞菜の頭を撫でた。

「レイの居場所知ってるのはワシだけだ。まぁ、教えんがな。」

エルフ星人の一人が一歩前に出る。

「ほぉ……?なにゆえ?」

スウは悟ったような顔で立っている。

「なにゆえ……だと?答えなんて決まってる。」

スウは力強くエルフ星人を見た。

「あいつは俺の家族なんだよ。文句あるか異星人。」

力強い眼。あれは確かな意志と覚悟を感じる。

だがその覚悟の正体が舞菜にはわかってしまった気がした。

「スウ爺ちゃん……駄目だよ……。」

「家族を売る馬鹿なんざいねーんだよ。」

スウは覚悟を決めてエルフ星人の前に立ち、舞菜の方は見なかった。

 エルフ星人達はクスクスと笑う。

下等の虫を見るように。

「おいジジィ。貴様自分が何言ってるかわかってるのか?我らは現宇宙連合の中心核とも言えるエルフ星人だぞ?」

「耳尖ってるだけだろ?」

エルフ星人の顔色が変わった。

「………ジジィ。そんなに死にたいなら殺してやるよ。」

エルフ星人は銃の撃鉄を鳴らしてスウの額に当てる。

「………まぁ……長生きしたよ。」

「スウ爺ちゃん!!ダメェ!」

 この日人生で一番嫌な音が地下に鳴り響いた。

一足遅れてきた零の目の前で。

その日は世界で一番嫌いな日になった。零は幸せだったのに。


       零の七


 「…………ジジィ……?」

いつも通りの嫌味は聞こえない。

ただそこにはスウだった物が横たわっていた。

「……え………?は?」

零はゆっくりとスウに歩み寄る。

だがスウは答えない。

「……………なんでこんな事になった…………?」

誰も零には応えず、舞菜はただスウを抱きかかえ泣き続ける。

空気を読まず佑の祖母がエルフ星人に話しかけた。

「どうでもいいが奴は見つかったんだ。約束の金は貰うよ。」

エルフ星人はニヤリと笑い、引き金を引いた。

「我らが地球人と取り引きすると思うか?」

地下には悲鳴が鳴り響く。

だが零と舞菜には何も聞こえない。

舞菜は泣き続け、零はーーーー…………。

「…………その銃……。」

「あぁ?」

エルフ星人は振り向く。

 ほんの少し、舞菜はチラリと零の顔を見た。

それは………初めて見た本物の怒り。

「お前が………ジジィを殺したのか?」

舞菜にはわかった。 

今から零はこのエルフ星人をーーーー………。

殺すのだろう。


       零の八


 涙で濡れた瞳は真っ黒に染まっていた。

この笑顔はきっと喜びや嬉しさなんかではない。

感情の壊れた表情だ。

 舞菜はこの顔を知っている。

あの時と同じ、数年前大人達に裏切られた時と同じ顔。

「レイ………。」

零は右手をエルフ星人に向ける。

「あぁ?一体なにをしてるんだ?地球じーーーー。」

ぐしゃり。

生物の潰れる音が鈍い音を立てて鳴る。

「………ハ?」

続けて零は右手を横に降った。

二人のエルフ星人が横向きの重力で押し潰される。

 いつの間にか悲鳴は治まり、眼の前で無情に流れる血を見ていた。

人は本当の恐怖を感じた時、ただ見続けることしかできないのだろう。

 「ちょ……ちょっと待てよ……!重力を操れるのは……〈ゼウス星人〉だけだぞ……?〈ソラビト事件〉で〈ゼウス星人〉が地球人に殺された話なんて聞いてない……!」

零は右手をかざした。

「お前……何者だ!」

零の涙は乾いて瞼にこびれつく。

「化け物だとよ。」

エルフ星人は瞬きする間もなく跡形もなしに潰れた。

 悲鳴すらないその地下には悪魔とも化け物とも呼べる男がただ立つのみ。

人にとっての最大の恐怖がただそこに立っている。

「………お前らが俺を売ったんだろ……?」

明確な殺意を当てられる。

これほどの恐怖はそうない。

 だがすぐに零は視線を外した。

「………マイナ。俺はここを出る。やる事が出来たんだ。」

恐怖の対象となった零。だが舞菜の目はいつも通り変わらない目だった。

「マイナはどうする?」

シンプルな質問。だが舞菜の答えは決まっていた。

「ここにはいたくない。私も連れて行って。」

零はスウの亡骸を浮かして舞菜の手を引いた。

ゆっくりと歩いて行く二人を、地下の人々はただ見ていた。

恐怖で竦んだ足と、罪悪感を胸に。


       零の九


 零は一人で歩いていた。

 二人はあの後東京メトロの6番街を出てすぐに近くにある8番街へと入った。

8番街の人々はボロボロの二人をすぐさま介抱、受け入れ、寝床もくれた。

怒涛の一日の疲れで舞菜はすぐに寝てしまったようだ。

その後零はひとしきり8番街の人間と喋り、決意する。

 舞菜は連れていけない。

零がこれから歩もうとしている道はあまりにも険しく、血みどろだ。

 この8番街には前と違い同年代の人間も多い。

舞菜の性格ならここでもすぐに溶け込めるだろう。

 零は一人で8番街を出た。

大丈夫。あてならある。

「ガーオ。聞こえてるんだろ?」

ガーオはすぐさま反応した。

【まぁ聞こえてはいるがね。常に見張ってる訳じゃない。プライベートは尊重しているよ。】

「そんなことは聞いてない。それよりこないだの話だ。俺は何をすればいい。」

【そうか。待っていたよ。雨霧零。何があったかは敢えて聞くまい。】

零は次の言葉を待った。

【早速だが君に会ってほしい人物がいるんだ。我々と同じ、〈ソラビト〉と呼ばれる者だ。】

「………わかったどこに行けばいい?」

【やはり君は話が早くて助かるよ。イタリアとドイツ。ここに二人の〈ソラビト〉がいる。雨霧零。改めてよろしく頼むよ。】

「ああ。宜しく。ガーオ。」

 独りぼっちの切ない夜。零は一人で歩いていた。


       壱の一


 時は少し進み、イタリア、ローマの郊外。

芸術の街は宇宙にも通用したらしくこの街は今も綺麗なまま残っている。

 そこを駆け抜ける一つの風。

地球人の出せる限界を遥かに超える速度。

いや、きっと異星人でもここまで速く走れる者は少ないだろう。

事実、その速度は追い回すゴム星人を置き去りにして走り続ける。

 超速で走る地球人の男。その名はウノ・トラファール。

元地球軍の准将までたどり着いた男だ。

そんな男の罪は重い。

だがしかし、罪を犯さなければならなかった。

今走っているのは罰からの逃走ではない。

今抱いているのは後悔ではない。

あるのはただ、怒りのみ。


       壱のニ


 今より少し前のこと。ウノの前には重苦しい勲章と地球軍のマークを身に着けた老人達が座っていた。

その中心にウノはいる。

 一人の老人が賞状を持ってウノの前に立った。

「ここより、ウノ・トラファール大佐を数々の功績を称え、ウノ・トラファール准将へと昇格することを認める。いつもありがとう。ウノ准将。」

「ハッ!」

ピシリと敬礼をしてウノは新たな階級証を胸につけた。


 「やったな!ウノ!」

「ありがとうございます。ノーヴェ准将。」

ノーヴェははにかんで笑った。

「今はお前も准将だよ。ったく、どんどこ昇進していきやがってよ。気付いたら並びやがった。」

「いえ、今のオレがあるのはノーヴェ准将のおかげです。階級は同じでもオレにとってノーヴェ准将はずっと尊敬する上司ですよ。」

少し照れながらノーヴェはウノの背中を叩いた。

「ハハハハ!嬉しいこと言うなよ!仕方ねえ今日は奢ってやる!」

190を超える背丈のウノに少し背伸びして肩を組む。

しかし申し訳無さそうにウノは首を横に振った。

「すみません。今日は妹がお祝いしてくれるようで。」

真面目な顔で真っ直ぐと言うウノにノーヴェは優しく笑う。

「ドゥーエちゃんだっけか。お前らはいーね。兄妹仲良くて。」

何かを思い出したのかフルフルと首を横に振るノーヴェ。

「………准将も奥さんに何かした方がいいですよ。」

「うるせい!まず結婚してから言ってこいや!」

二人は冗談交じりに笑い合う。

 数々の死線を共にくぐり抜けた。

ノーヴェとウノは上司と部下であり、相棒のような関係だった。

父親のいないウノにとっては父親代わりのような存在でもあった。

そして子供のいないノーヴェにとってもそれは同じなのだ。

 「まぁ……俺も久々に家族サービスするわ。お前も妹と仲良く気を付けて過ごせよ。最近オウガ星人が夜中出回ってるらしくて物騒だしな。」

ウノは深々と頷き、頭を上げる。

「はい。折角なので今度奢って下さいね。」

「アホ!俺の財布は長持ちしねーんだよ。」

ヒラヒラと手を振りノーヴェはその場を後にする。

ウノも直ぐに家路についた。


       壱の三


 「ただいま。」

ウノがドアを開けると小気味いい火薬音で祝福された。

「兄さん!昇進おめでとう!」

綺麗な金髪にスラっとしたジーンズ。

スカートを履かないのは兄に対するリスペクトか。

 ドゥーエは満面の笑みでウノに飛びつく。

「おめでとうございます。ウノ様。」

「ありがとう。皆さん。」

ドゥーエに続くようにゾロゾロと使用人達が奥から出てきた。

「ちょっと兄さん!私には感謝しないの?可愛い妹が飛びついてお祝いしてるんだよ?」

プクリと頬を膨らます妹にウノはフッと笑って頭を撫でる。

「感謝してるよ。色々と準備してくれたんだろ?」

小動物のような顔で頭を撫でられるドゥーエは心から安らいでいる。

「もちろん!ほら!こっち来てよ!」

ドゥーエはぐいっとウノの腕を引く。

「ハハハ。オレは逃げないよ。」

腕を引かれてウノもゆっくりドゥーエに続いてく。

 親はいない。だが、背中を任せられる相棒がいる。愛する妹がいる。信頼する使用人達がいる。

これを幸せと言わずなんと言う?

 ウノは幸せを胸に噛みしめる。

これが永遠に続くのだと信じて。


       壱の四


 その日はいつも通りに家を出た。

「いってらっしゃ~い。」

学校のない日はいつも眠そうに見送ってくれる。

「ああ、行ってくるよ。」

 思いもしなかった。

これが妹と交わした最後の会話になるなんてことは。


 一日の業務が終わり、家路につく。

妙に暗い、どんよりとした天候はあまり気分を良くしない。

帰る途中、オウガ星人の男とすれ違った。

 オウガ星人は気性が荒く何より力が強い。

基本的に関わらないのが普通だ。

 この日もいつも通り無視をした。

だから気にも止めなかった。

妙に恍惚としたその表情に。

 「ただいま。」

いつもの声は聞こえない。

「?ただいま。」

顔を上げると気まずそうに、かつ哀しそうな顔をした使用人達が立っていた。

ウノの顔を見るやいなやバツが悪そうに目を逸らす。

「…………何かあったんですか?」

使用人達の目には悔し涙が浮かんでいるように見て取れた。

ウノはその内の一人の肩をガッと掴んだ。

「何があったんですか!!」

使用人は少し涙ぐんでポツポツと口を開く。

「ゆ、夕方頃に、私達はいつもしてるようにドゥーエちゃんと家の掃除をしてました。今日もいつも通り滞りなく進み、掃除が終わろうとしてました。」

別の使用人が涙を我慢して続ける。

「そしたら突然大きな音が玄関で響いて………何かと思い全員で確かめると、そこには大柄のオウガ星人が立ってました。」

「酒に酔っていたように見えましたが、オウガ星人は気性が荒く力が強い。何より現政府で権力も強いので……どうしようかと思案していたら突然オウガ星人の男がドゥーエちゃんをじっと見つめ始めましたっ………!」

男の使用人は泣き出した女性の使用人の肩をポンと叩き代わりに話を続ける。

「奴は言いました。『地球人の女は好きだ!力弱ぇからな!』奴はそう言ってドゥーエさんの腕を掴んで引っ張りました。」

「………ドゥーエを………?」

ウノの感情は負の状態に包まれていた。

続きを聞きたくなかった。

「私達も、ドゥーエさんも抵抗しました。しかし相手はオウガ星人。どれだけの人間でかかっても………指一本動かせません。そして…………奴は嫌がっているドゥーエさんを……部屋に連れていき………………。」

言葉に詰まる使用人の続きは聞かなくてもわかった。

「なんで……そんなことが……。」

感情が追いつかない。追いつくはずもない。

混乱したままウノは絞り出すように聞く。

「今………ドゥーエは………?」

「………部屋に………。」

ガタン

使用人の一人が答えたとき二階から音が聞こえた。

一瞬思考が止まった。

だが直ぐにその音がなんの音か考えてしまった。

 ウノは駆け上がるように二階へ向かう。

何度も歩いた部屋が別の家のように感じた。

 ドゥーエの部屋を力一杯開ける。

「…………………あ………………。」

遅れてきた使用人が悲鳴を上げた。

ぶら下がったまま動かない妹を前にウノは止まった。

進むだけで止まってくれない、戻ってくれない時間を憎んで。

響き渡る悲鳴が現実を叩きつけてしまう。

最悪で最も嫌いな日。ウノは幸せだったのに。


       壱の五


 「なぜですか!なぜ裁くことができないのです!」

ノーヴェは悔しそうに目を逸らす。

「……お前も知ってる通り、オウガ星人はこの地球で上級人類アッパーに分類される。俺たち中級人類ミドルの軍人がどれだけ騒いでも裁く力は……………。」

わかってはいた。それが今の地球。

いや、相手が異星人なだけで昔からこうなのかもしれない。

平等など欠片もない社会。

これがこの地球のいつも通りなのだ。

「ウノ………今日ちょっと付き合え。」

ノーヴェはウノの肩を叩いて歩いていった。


       壱の六


 「………怒りはわかるよ。お前がどれだけ妹を大切にしてたかは俺が一番よく知ってる。」

だが俺たちは軍人。そう続けた。

ウノは満パンに入るビールに口をつけず話す。

「怒れと………怒れと言ってるんです。頭で誰かが。愛する妹を殺されて……そのままにするなと、怒りに任せろと。」

ノーヴェは黙って聞いた。

「だけど、俺は………軍人です。今の地球を守る為の人間です。感情を制御せねばならない。なにより………ドゥーエが憧れてくれた俺は………正義を掲げてきた………わからんのです。何も…………。」

ノーヴェはウノの肩をポンと叩く。

「そうだな。わかるわけないな。正義なんて不確かな物。だがな、お前は止まったんだ。強いじゃねーか。」

ウノは泣いた。小さく、妹に会いたいと呟き。

こうしてウノはこの怒りを正義に変えて地球人を代表する軍人にーーー…………。

なるべきだった。

 呑み始めて暫くして、ウノはふと近くの席を見渡した。

いつも通りなら他の客など気にしない。ましてや話し声など聞こえてくることもない。いつも通りなら。

「ギャハッハッハッ!まじかよ!お前悪どいな!」

三人組の一人が大声で笑う。

かなり酔ってるようだ。

「当然だろ!?オレぁオウガ星人様だぜ?」

「!」

ウノの手は止まる。

「地球人なんざオレたちのよぉ。食いもんみてぇーなもんだろぉ!?」

「ギャハハ!だからってお前、相手はガキなんだろ?」

「あのぐれーが一番ちょーどいーんだよぉ。誰の手もついてねーしよ。何より地球人てのは女だけは宇宙レベルだしなぁ!」

少し違えばウノは正義の軍人だった。

だが、運命は怒りを選んだ。

「兄さん!兄さん!ってよぉ!ギャハハ!泣き喚いてくれたぜぇ!ギャハハ!」

怒れ。怒れ。消えゆく光に怒れ。

「イタリアはいーいなぁ!愛の街ぃ!ギャハハ!」

怒れ。怒れ。穏やかな夜に身を任せるな。

「………ウノ?落ち着くんだ。」

怒れ。怒れ。老いても怒りを燃やせ。

 立ち上がるウノの腕を掴もうとノーヴェは腕を伸ばす。

「ウノ!やめるんだ!」

怒れ。怒れ。終わりゆく日に。

 オウガ星人の男に影がかかる。

「……あぁ?」

怒れ。

 ディラン・トマスの詩「Do not go gentle into that good night」より一文


       壱の七


 数日経ったイタリアは罪人を追うゴム星人で溢れていた。

罪人の名は地球人ウノ・トラファール。

罪状は殺人。イタリアのローマの飲み屋でオウガ星人三名を撲殺。武器の所持は確認されているものの使った痕跡はなし。拳のみでオウガ星人を三名も撲殺したと思われる。

危険度はS。主な理由はオウガ星人を殺害した際に得たとされるオウガ星人に劣らないパワー及び身体能力を所有しているとされる。

見つけ次第、射殺許可。

 ウノは足を止めた。

眼の前には大きな壁。

後ろには数名のゴム星人。

(ここまでか…………。)

怒りに身を任せたことに後悔はない。

後悔があるとすれば、この腐ってしまった地球に正義という一石を投じることができたかどうか。

「オレも後を追うよ。ドゥーエ。」

鳴り響く銃声と共に、ウノは目を閉じた。


       零と壱


 銃声は確かに鳴り響いた。

だがまだ息がある。

ウノは目を開けた。

「…………なんだ?これは?」

目の前では不思議なことが起きていた。

無数に打ち込まれた銃弾。それが宙に浮いているのだ。

静止した状態で。

ウノを追いかけていたゴム星人も身体を動かせないでいるようだ。

「一体なにが………?」

「あんたがウノ・トラファール?」

 ウノは声の主の方へ勢いよく振り向く。

そこには黒いコートを着た黒髪の、日本人の少年が立っていた。

少年は右手を銃弾に、左手をゴム星人に向けている。

「俺は雨霧零。ある男の依頼であんたに選択肢を持ってきた。」

「選択肢………?」

零が右手をひねると銃弾はゆっくりとウノとは反対の向きに変わっていく。

「ここでコイツラに殺されるか…………俺と共に来て、このクソッタレの世界に大きな変化を与えるか。」

ウノは息を呑んだ。

「どうする?ウノ・トラファール。」

零は静かにウノを見る。少年とは思えない座った眼で。

ウノはなぜかーーーーー…………。

心躍っていた。


 二人は出会う。



     ♯1 「零と壱のはなし 〜いつも通り〜」完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る