そう、ほくそ笑んでいた


コシモド公爵家のその後をお話しいたしましょう。

神前裁判の最中のことです。

公爵家の地下牢に入れられていた愛妾は、神官長から内密の指示で動いた兵士によって皇城の貴族牢に移送された。

愛妾は不当な扱いを受けた自分を皇城で保護された。

皇族の血をひく公爵家の次期当主マーソンも、皇帝陛下の匙のもと無罪放免で解放されるだろう。

そう、ほくそ笑んでいた。

しかし、皇城の一室とはいえ使用人が誰もおらず呼び鈴も置かれていないことから、この部屋が貴賓室でも客室でもないと気付いたらしい。

さらに扉も固く閉じられていたことから保護されたのではないとようやく理解できたようだった。

理解はできても納得はできない。

愛妾は声の限りに騒いで解放を求めた。

神前裁判終了後に貴族牢から愛妾の声は止み、扉が開けられるとその姿はどこにも見当たらなかった。


正妻と第二子の合同葬儀はひっそりと行われた。

正妻の食事に少しずつ毒を混入していたメイドは、愛妾が捕まって皇城に連行されていく姿を目の当たりにして公爵家から逃げ出した。

たとえ逃げ出しても罪から逃れられるはずはない。

翌日には事件が大きく知らされると、自分の罪の重さに耐えられずに首を括った。

遺された告発文には、自分以外にも毒を用意した者などがおり、その名と役割を詳しく書かれていた。

さらに隣国に留学した第二子には侍従以外に見張りが2人同行しており、侍従が裏切ろうとすれば口封じのために殺す役割を担っていたとも記載されていたことで事件はさらに大きくなった。

名前のあがった使用人たちはもれなく捕まり、正妻と次期当主を殺害したとして重罪に問われて絞首刑に処された。



第二子殺害の実行犯となった5人の侍従たちは、愛妾による毒殺事件に巻き込まれたという立場になっていた。

神からも罪を問われなかったが、彼らは間違いなく人ひとりを死なせてしまった。

五家の当主は彼らを領地に戻し、一農民に落として生涯を贖罪にあてさせる決定を下した。

5人の少年も自らの罪を悔いており、一生をかけて償うと宣言した。

しかし、神殿に入り神に一生仕えるのは神に保護されるのと同じ。

飢えも寒さもなく、神殿の中でに過ごせるのだ。

そのため労働という厳しい環境に身を置いて罪を償う道が選ばれた。


神前裁判中に、前公爵の遺産からデイジーたちの分を正式に譲渡する手続きがなされた。

デイジーの希望は現金だった。

母子の保護にその後の生活費をゾローネ家より借りていたこと。

乳母の職は私が5歳になったと同時に辞し、その後も使用人棟を間借りさせてもらってきたこと。

その返済やお礼、さらにリルンとマレンダの兄妹が犯した罪による贖罪に支払うためらしい。

そして残ったのは、これまでも質素倹約の生活をしてきたデイジーがひとりで生きていけるだけの金額だけだった。

そんなデイジーに、公爵家が手を出さなくても没落した実家が擦り寄ろうとしたが、デイジーの人柄から父の推薦で皇城の住み込みの使用人として雇われていたため成功しなかった。


最後に公爵自身の話を。

コシモド公爵……ルコット・コシモドは愛妾の行った更なる罪を暴かれた。

前公爵の殺害が愛妾による毒殺だったのだ。

正妻を殺すための実験による心臓麻痺、それが前公爵であるルコットの父の死の真相だった。

三世代が心臓麻痺では不審に思われると思った愛妾は、正妻には風邪による体力の低下による衰弱死。

高山にある国に留学した正妻の子には高山病による昏睡に見せかけた麻痺による心臓停止に見せかけた。

基本、神は人の死に関与しない。

しかし今回は神前裁判のため、愛妾の罪も暴かれたのだった。


ルコットにとって父は尊敬すべき相手だった。

たとえ女性に対して節操がなかったとしても、公爵領は国で一番豊かな領地だったのだ。

今は領地経営を代行する前公爵の執事による辣腕が領地繁栄に活かされている。


「公爵家は後継者不在により取り潰し皇領地とする。なお、公爵領であった頃と変わらぬ領地経営に励むように」


後日、皇帝陛下がそう宣言した場にルコットはすでにいなかった。

妻子の葬儀後にデイジーへ母子3人に対して遺産と慰謝料を支払ったのちに貴族牢に入れられ……愛妾と同じく誰にも気付かれない内に神に封印されて神殿の底深くに安置された。

神前裁判から四日後のことだった。

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