第20話:通過儀礼


「おい、麗奈……、大丈夫か? どうした?」


 尋常ならぬ様子を見て、あわてたキラが声をかけた。


「あはは。指輪物語の真似しただけよ。この冗談一回言ってみたかったの。でも、この世界で言ったら、本当だと思われちゃうわよね。ごめんなさい、でも、こんなに上手くいくなんて思わなかったから、おかしくて。あはは」


 そう言って、麗奈が大笑いする。

 ひとテンポ遅れ、意味を解したキラと敬吾も笑った。

 取り残されたように、ジュードだけがきょとんとしている。


「なんだ、びびったじゃねーか。でも、それなら安心したよ」

「でも、ほんと綺麗な指輪ね。大事にするわ、キラ。ありがとう!」


 こうして、再会の夜は更けていった。



「こっちの方、持ってちょうだい。いい? せーの!」


 朝から騒々しい物音で、キラが目を覚ました。

 音の方向に目をやると、麗奈が敬吾や獣人たち数人と、食事を入れるバットを掃除している。

 眠い目をこすり、キラがふらふらと麗奈たちの元へむかう。


「おはよう、何やってんだ? ふぁ……」

 あくびをしながら、声をかける。


「あら、やっと起きたのね。食事をするところが、あまりに汚いから、みんなにお願いして掃除を手伝ってもらってるのよ」

 麗奈は、作業を続けながら返答した。


 患者は医者に対して、心を許しやすいという。

 それにしても、いつの間に獣人たちと打ち解けたのか。

 しかも、作業をしながら皆楽しそうである。

 彼女には、獣人達を惹き付けるチャーム(魅力)が備わっているのだろうか。


「なら、俺も手伝うよ」

 頭を掻きながら、キラが申し訳なさそうにそう言った。


「いえ、もう終わりなのでアリマスよ」

 見慣れぬ緑色の小鬼が、親しげに話しかけてきた。

 その小鬼は、ジュードよりも背が低い。深い緑色の肌に、毛のない頭。尖った耳に牙があり、まるで――


「うぁ、ゴブリン!? なんでお前が……」

 キラがその姿を見て、慌てふためく。


「ほっほっほ。こやつは、ゴブリンではなく、コボルトじゃよ」

 ジュードはそういうと、小鬼の背中をポンと叩いた。


「はじめましてデス。ワタクシ、コボルトのナーべクロッサーといいます。ナーベとお呼びくださいマシ」

 独特なしゃべり方で、無表情なコボルトがキラに挨拶をする。


「おぉ……、俺はキラだ。よろしくな……」

 ゴブリンに似た姿に抵抗があるのか、ぎこちない挨拶を返した。


「コボルトは、見た目がゴブリンに似ておるが、戦いを好むゴブリンと違って、家事などを手伝うおとなしい小鬼なのじゃよ。特に、ナーベは性格が優しいので、仲良くしてやってくれ」

「そうなのでアリマス。見た目が小鬼なので、普段は姿を隠して家事を手伝っているのデス。でも麗奈さんは、ワタクシのことを、可愛らしいと言ってくれたのでアリマスにょろ」


「そ、そうなのか……。俺も見た目で判断しないように、気を付けるよ……」

 まだ抵抗が残るふうだが、キラの誤解は解けたようである。



 一方、掃除を済ませた麗奈が、敬吾と話し合っている。何かを紙に書き記しているようだ。


「じゃあ、先ず掃除道具からね。タワシみたいなものと、洗剤があったらいいわね。あと、カトラリーがほしいわ。それに清潔なシーツも」

 昨夜敬吾が言っていた、看守長への改善書を作っているのであろう。


「へぇ! あんた、字が書けるの? それじゃあ、俺の代わりに手紙を書いてくれないか?」

 物珍しげに寄ってきた半魚人が、麗奈に手紙の代筆を頼む。


「これが終わったら、書いてあげるわ。それまで待っててもらえるかしら?」

 麗奈は、そう言って快くひきうけた。


 それを聞いた獣人達が、お互い目を合わせ、部屋中からぞろぞろと集まってくる。


「俺も手紙を頼みたい」

「俺は、この手紙を読み聞かせてくれないか?」

「故郷の恋人に、何年も返事できてないんだ」

「俺が先だ! 書いてくれたら、銀貨10枚やる!」


 集まった獣人たちが、口々に麗奈に頼み込み、ちょっとした騒動になった。


 この大陸で文字の読み書きができる者は、一部の特権階級と教育者だけに限られている。

 しかし、電話もないこの世界では、遠くにいる相手への通信手段は手紙だけであった。

 一般の者たちは、教師や政府の仕事に関わった退職者を頼って、手紙の代筆や読み上げを依頼していたのである。

 もちろん、それには代筆料としての謝礼が必要であった。


「みんな、静かにして! 作業ができないじゃないの! あとで全員のを書いてあげるから、今は帰ってちょうだい!」

 麗奈が大声を張り上げると、獣人達が静かになる。


「ほら、ほら、全員解散、解散!」

 追い打ちをかけるように、手を叩き、麗奈が解散をうながした。

 そう言われ、獣人達はしぶしぶ元の場所へと帰って行く。


「へー、この世界の文字も書けるようになったのか? いつそんなの勉強したんだ?」

 興味深げにキラも寄ってきた。


「前も言ったように、この世界の言葉はわからないけど、会話できるじゃない? 同じように、文字も知らないんだけど、書いたらそれが勝手に字になるのよ。ほら、キラも読めるでしょ?」

「あ、ほんとだー! 意味だけ分かるぜ! どうなってんだ?」


「例えば、リンゴを見ると『りんご』って言葉で理解するんじゃなくて、その姿を見て認識するじゃない? それと似た感覚だと思わないかしら?」

「あ、ほんとその感覚だ! 説明ぴったりじゃん! でも、それが書けるってのが、不思議だよなー」


「私も、それは驚いてるんだけど、深くは考えないようにしてるの」

「まあ、伝わりゃ、なんでもいいよなー」


 キラが鼻頭をかきながら返答する。

 その時、闘技場の窓から、大きな声が聞こえてきた。


「ん? どうしたんだろ?」

 キラは小走りで小窓の方へ近寄る。


「――ほら、早く歩かんか、クソども!」


 見ると、怒鳴り声を上げて、看守達が鎖につながれた獣人達を並ばせていた。

 猪の頭を持ったオーク、小型のゴブリン、真っ黒な馬の獣人ティクバランなど。背格好もさまざまで、五十人はいるであろう。


「ほう、今日もたくさん新入りを連れてきおったわい」

 後からやってきたジュードがそうつぶやいた。


「あいつらが、新しい闘技者かぁ。これから何しよーってのかね、おやっさん?」

「新人を手なずける儀式じゃよ。昨日わしの言ったダガーを使うじゃろうから、よう見ておれ」


「いいか? この闘技場でお前たちは殺し合うんだ! 逆らった者がどうなるか? 見せてやるから、その身でよーく覚えておけ!」


 そう怒鳴りつけると、看守長が腰の短剣をひき抜いた。

 刃先は紫色に輝き、その周りは蜃気楼のように空間が歪んでいる。

 そして、先頭のオークにそれを近づけると、放電したようにスパークが飛び交った。


 オークは声も出せずに、その場に倒れこみ、身体を硬直させて痙攣する。まるで感電しているような反応だ。


「あの刃先はな、宮廷のワーロックたちが鍛造した魔道具よ。触れなくとも、近くにいるだけで体が麻痺するという恐ろしい武器じゃ。看守は、毎朝あれを新しいダガーと交換し、外したダガーは特殊な石棺の中で、一日力を蓄えるそうじゃ」


「ちょうど、家畜に使うスタンガンみたいなものかしらね……」


 いつの間にか、麗奈が窓まで来ていた。

 敬吾もその隣で、腕組みしながら様子をながめている。


「じゃあ、そのスタンガンを石おけの中で、毎日充電してんのかよ! マキタの電動工具じゃねーっての!」

 大笑いしながら、キラが茶化す。


「笑っておられるのは、あの衝撃を経験しておらんからじゃ。実際うけてみれば、笑いなど出んほど恐ろしいわい」

 そう言って、ジュードがキラを諫めた。


「じゃあ、次は貴様だ!」


 看守長がそう言うと、隣の者へも同じように放電を浴びせる。

 鎖につながれた獣人たちは次々に感電し、その場で倒れ痙攣をおこした。

 近くにいる者たちは青ざめ、表情が固まっている。


 何人かの獣人を感電させると、付き添いの看守が、看守長に新しいダガーを交換させた。

 ダガーが交換されると、ふたたび残りの者たちにその刃先を向ける。

 そうして、全員が感電したところで、看守長が大声で怒鳴った。


「いいか? 俺たちを怒らせるとどうなるか、一生その目に焼き付けておけ!」


 言い終わるやいなや、ダガーをベルトの鞘にしまい、今度は柄の長い戦斧に持ち替える。

 そして突然目を見開くと、痙攣して身動きがとれないゴブリンめがけて、斧を振りかざした。


「この、虫ケラがぁぁぁ!」


 その瞬間、戦斧は風を切り、分厚い刃先がゴブリンの首を切断する。

 勢いよく飛ばされた首が、他の獣人にぶつかって跳ね返り、看守長の足元へころがった。

 それを見た他の者たちは怯え、失禁さえする者もいる。

 その頭を片足で踏みつけ、勝ち誇った顔で看守長が叫んだ。


「奴隷の命など、ここではゴミ以下の価値しかない! こいつはさっき、汚い足で俺の靴を踏んだ。お前たちも、こうなりたくなかったら、せいぜい気をつけておけ!」


 様子を見ていたキラ達は、髪を震わせて沈黙する。

 その沈黙は、今までのような『恐怖』からではなかった。

 静かだが、明確に看守達へ向けた『憎悪』からである。


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あまりの残虐さに怒りを覚えた3人。

このまま看守達と対決するのか?

次号、敬吾らが看守長に乗り込む!?


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