第9話 列車移動で暗黒布教


 朝7時、王都ラムレグルス駅発の魔晶列車に乗り込む。



「列車だ~! 安心して乗れる列車って最高だよねっっ! しかもおやつ付き~」




 以前『魔晶石』という魔法が込められた特殊な石をエネルギーに動く調理家電を説明したと思うが、この異世界にはその『魔晶石』を使って動く列車がある。


 俺が5年前この国に転移してきたときは、この魔晶列車を襲うやっかいな高レベルモンスターがいて国内の路線全てがストップしていたのだが、俺があらかた倒したので、今では普通に運行をしている。


 見た目と言動が猫みたいな雰囲気のリカルテが楽しそうに俺がスキル『食堂』で作ったビスケットを食らう。


 食うの早いな。せめて列車出発してからにしろよ。



「そうだね、エイリットくんが頑張ってくれなかったら、未だに馬車でコソコソと隠れながらの移動だったんだろうなぁ、うん、これ美味しいね」


 盾妹のディアージュも俺があげたビスケットを頬張る。


「さすがっすエイリットさん! 俺らも何度か魔晶列車を襲うモンスターと戦ったのですが、防戦一方、なんとか隙きを見て逃げるしか出来なかったっす……」


 盾兄ホスロウが10枚近く入っているビスケット袋を両手に持ち砕き、口にザラザラと流し込みながら悔しそうに言う。食い方……



 魔晶列車を襲うのはレベル30~39のC級モンスター『ベルヒタートル』という全長25メートルを超える巨大亀。


 普段の動きはノロノロと遅いのだが、甲羅に引っ込んで転がりだすと魔晶列車の速度を超えてくる、甲羅がやたら固くてやっかいなモンスター。


 いや、あの巨大亀相手に防戦で持ちこたえられたのはすごいと思う。そこはさすが有名な『炎狼の二枚盾パーティー』か。



「……ふふ、エイリットはあの巨大亀を100~200匹は倒しましたしね。おかげで陸路の要、魔晶列車の運行が可能となり人の流れと物流が正常化。各地に食料と物資が届けられるようになりました」


 大きめのキャスケット帽をかぶったユーベルが腰に手を当て言うが、やったのは俺であって、なんでユーベルがドヤ顔なんだよ。まぁいいけど。


 


 俺含む合計5人の乗った各駅停車の列車が出発。


 そして5時間後のお昼12時過ぎ、大きな湖が見えてきたところで猫っぽいリカルテが興奮気味に窓にへばりつく。


「うっっわ~~! この景色なっつかし~! 変わっていないな~シルビドの街~、えーとあれが冒険者センターであっちが月の広場、うん、そうそう」


 ここが生まれ故郷らしく、リカルテが目を細め嬉しそうに記憶と現在の街を照らし合わせている。



 南にあるおっきい湖。これだろうか師匠の言っていた湖は。


 確か、闇の力に映し出される光……だから夜だろうか。



「暗黒騎士様じゃ! 暗黒騎士様がおられるぞ!」

「全身真っ黒、暗黒騎士だよ間違いない! ほら雑誌の写真と同じ顔だし!」

「暗黒様~! あなたのおかげで暮らしやすい街になりました~!」


 列車を降り、シルビド駅を出て街中へ。


 目的の大怪鳥とやらの場所はこの街から馬車で2時間ほどかかるとか。では今日は泊まりで、明日早朝出ようと宿を探していたら、どうにも俺の放つ英雄オーラは隠しきれないらしく、駅前に人が集まりちょっとした騒ぎに。


「や、やぁ僕はエイリット、その、もう暗黒騎士は辞めたので個人名で呼んでもらえると……」


「暗黒ー! 遊ぼうよー!」

「うっわ、マジで真っ黒。自己主張はげしー」


 俺が苦笑いで応じるも、暗黒呼びは変わらず。子供の集団が俺に突撃してきて、足に絡みついてくる。


 うーん、これ……俺が放つ英雄オーラではなく見た目の色で俺と判断されているぞ……。


 た、助けてくれユーベル……


「……あなたが騎士を辞めたのはつい最近。でも暗黒騎士として国中の高ランクモンスターを倒し続け活躍した期間は5年間。さぁ国民のエイリットに対するイメージはどちらが大きいでしょう。……というか素性を隠したいのなら、その目印のような分かりやすい全身黒い服をやめたらどうですか」


 助けを求めた先のユーベルが冷静に真実を言い放つ。


 くっ、確かに俺の服装は黒いシャツに黒いズボンに黒い靴下に黒い靴。今汗をぬぐったハンカチも黒、ここではお見せ出来ないが、もちろん下着も黒に決まっている。もちろんさ。


 暗黒騎士になった16才のときにこの『黒シリーズ』を大量に作ってもらったんだよね。


 王族発注のせいか、やたら丈夫な素材で作ってくれ、まぁ長持ちすること。まだ壊れてないし、他の色とか興味ないからずっと着ていたが、それがアダになったか。


 暗黒騎士時代はこれにさらに黒い鎧を着ていたが今はつけていないので、当時よりは目立たない感じのライト仕様になったはずなんだがなぁ。



「ほ、ほーら子供たち、暗黒ビスケットあげるから向こうに行ってようね」


 面倒なので物で釣ろう作戦だ、ユニークスキル『食堂』発動。スキル画面に素材をブッ込み、瞬時に黒い包みに入ったビスケットを大量生産。


 まとわりつく子供たちにどっさりバラ撒く。


「うわぁーすっげぇ甘いお菓子だー! 暗黒すげぇ!」

「ありがとう暗黒~! おかあさーん、甘いのもらった~!」

「なんかジャムとかついてる! 暗黒ジャムだー!」


 黒い包みを持った子供が蜘蛛の子散らすように走っていく。


「……自分で暗黒とか言って布教しているうちは、当分そのイメージは消えないでしょうね……」


 ユーベルがため息まじりに言う。


 あ、しまったつい言ってしまった……くそ、俺の体は暗黒成分で相当蝕まれているようだ。




「す、すごい、本当に暗黒騎士様ではないですか!」

「あれ、ユーベル! 久しぶりー!」


 集まった大人たちにも暗黒ビスケット、こちらは甘さ控えめで作った物を配っていたら、騒ぎに気付き街の警備をしている騎士団が話しかけてきた。



「……パーム、お久しぶりです」


 騎士団長っぽい男性の後ろにいた女性騎士がパッと明るい顔になり、ユーベルに抱きつく。


 知り合いかね。




「トーレスさん騎士団の皆さん、ご迷惑をおかけいたしました」


「い、いえいえ! まさか暗黒騎士様御一行に来ていただけるとか、街の自慢でしかないです。しかしやはり噂は本当だったのですね、暗黒騎士エイリット様が強者を集めているとか。今日はシルビドの冒険者センターにスカウトに来られたのでしょう?」


 騎士団が集まった街の人をおさめ、街で一番大きな宿を案内してくれた。


 俺が頭を下げ騎士団長にお礼を言う……が、スカウト? なんだそれ。


「おお、後ろにおられるのは王都の女傑と名高い騎士ユーベル様に『炎狼の二枚盾』のお二人、巨大ギルドシェルウォークⅠのエース、リカルテさん。これはすごいメンバーを集めていらっしゃる……憧れの暗黒騎士エイリット様の立ち上げたギルドですか、私も妻子がいなければ立候補したのですが、はは」


 このシルビドを守る騎士団の責任者で騎士団長のトーレスさんが俺の後ろのメンバーを見て驚く。年齢は30代だろうか。


 別にこのメンバーは集めたんじゃなくて、騎士辞めて食堂を開業したらユーベルがくっついてきて、よく分からんが盾の二人とリカルテが食堂に入り浸り、超最高級ベッドの材料を取りに行こうとしたらこんなメンバーに……って説明が超面倒。




「いやぁさすが英雄エイリットさんっす! どこ行っても注目の的っすね! これもう国内でエイリットさんのこと知らない人いないんじゃないすかね!」


「兄さんそれは間違い、エイリットくんの名前は世界で通じるの。だから国外の勢力も今回の噂聞きつけて動き出したっていうし、エイリットくんのギルド幹部である私たちがしっかりしないと」


 盾兄妹が荷物を部屋に置き、宿のロビーに降りてくる。


 よし、鎧は付けていないな。重鎧サンドの心配は無し、と。


 何度も言うが俺はギルドなんか作っていないし、お前らが存在もしないギルドの幹部って話はどっから出てきたんだよ。


「ええ~? ねぇエイリット、私は~? 私は幹部とかじゃないの? 今回道案内で役に立っていると思うんだけど~?」


 こちらも荷物を部屋に置きラフな格好、猫耳付きパーカーに短パンというリカルテが頬を膨らませながら降りてきた。


 なんとなく猫っぽい言動のリカルテだが、ご本人自ら猫耳パーカー着てご登場されたらイメージが『猫』で確定なんですが。


 今回のことで唯一誘ったのがリカルテだから感謝はしているが、幹部とかの話は無い。なにせ俺はギルドなんて設立していないからな。



 つかお前らの旅費全部なぜか俺が出しているんだから、文句言うなよな。


 まぁ食堂開いたらなぜか冒険者が殺到しお金を置いていった貯蓄、からの出費なのだがね。



 つまり、君等が出したお金。


 うむ、多分俺が文句言っちゃいけないほうの立場だな、うん。









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