第2話 女性の足を舐めたら相棒が出来ました
「定期報告で王都に帰るたびに一人こそこそと抜け出して何をやっているかと思えば……」
女性が大きくため息を吐き、キョロキョロとまだ何もない店内を測るように見る。
「お、おま……なんでここにいるんだよ……!」
誰も居ないと思っていたのに、急に人影が出てきてお化けでも出たのかと盛大に驚く俺。
……いやほらだって、元いた日本じゃドラゴンとか架空の生き物でいないけど、こっちの異世界には普通にドラゴンいるんだ。
ってことはいないはずのお化けが、こっちでは普通にいるかもしれないじゃないか……え、霊感の問題? 日本とか元の世界にもお化けいるの?
「……なんで? さっきあなたが言ったじゃないですか」
大きなキャスケット帽をかぶった女性が、とても良い姿勢で俺を無表情に睨んでくる。
この常に上から目線の憎まれ口に無表情フェイス……こんなやつは俺の知り合いには一人しかいない……ユーベルリリィ=フレグワール……!
いや待てよ。
俺に見えているこの女性がお化けではないと誰が言えるのか。
確認が必要だ。
「ふふ、ふははは! バカめ、残念だったな偽物お化け! 俺はさっき騎士を辞めたから、仕事の間だけの付き合いだった冷血無表情仮面のユーベルがここに来るわけがねぇんだよ!」
こっちの世界での俺のレベルは100。
しかし俺についてきてくれていた騎士団連中がレベル10~19、異世界での普通よりちょっと強いがこの程度。ユーベルは少し高くレベル23だったか。
こいつが偽物だろうが本物だろうが、圧倒的ステータス保持者の俺が負けるわけがない。ちょっと強引に取り調べさせてもらう……!
「目的はなんだ! 金か? 悪いが俺はアイテムボックス持ちでな、俺以外に中身は取り出せない仕様なんだよ!」
アイテムボックス。ゲームに精通した紳士諸君なら説明は不要だろう。
念じれば画面が開き、中身を自由に出し入れ出来る異次元空間。許容量無制限。
たまにこっちの住人でも許容量有りの下位互換アイテムボックスを持っているやつがいるそうだが、数万人に一人レベルらしい。
「ふははは! 足……はあるな。お化けの線は消えたか」
「……! きゃっ……や、やめなさい! 力ずくとか……そういうのは嫌です……!」
俺は獣がごとき俊敏な動きで近付き女性の足を撫で回し、足の存在を確認。すっげぇ綺麗な足だなぁ。
ここで足が透けていたら、俺は白目剥いて倒れていただろうけど。
「……や、やめなさいエイリット……! やけ酒でも飲んで酔っているのですか? 確かに5年間もあなた一人に無理難題を押し付けたのは私たちです。あなたの精神が限界を迎え、今まで溜まっていたストレスが爆発し欲のままにお酒を飲んだり女を求めたり……そういう行動を起こしてしまうのも理解できます……。その相手として選んだのが私だというのなら……私は……」
モロモロと口では文句言う割に、あんま抵抗してこないなこいつ。
こいつマジでユーベルのそっくりさんか? あいつが俺に体触られて無抵抗とかありえんぞ。
過去、何度か偶然ユーベルの大きめなお胸様に触れてしまったことがあるが、あ、これ異世界転生出来そう……! っていうぐらい激烈なビンタをくらったもんだ。
レベル100のこの俺に微量なれどダメージを食らわせるとか、S級モンスター並。
別に酒なんて飲んでいないけど、お美しい女性のお綺麗な足を舐めることが出来る千載一遇のチャンス。いや俺変態じゃあないよ。つい偶然、綺麗な足がそこにあったからさ。
「べろぉり」
「……!! い、いやあ! いきなり足舐めとか……頭おかしいんじゃないですか!? せめて最初は甘い言葉をかけて雰囲気作りをしてからとか……順番を守りなさいよ!」
あれ、俺髪の毛鷲掴みにされてる。
あれ、この反応。本物のユーベルっぽくね?
あれ、足舐めって頭おかしいの? 俺結構女性の足舐めたい暗黒好青年なんだけど。順番?
「お前がお化けじゃないことを確認するやり方の順番なんぞ知らん。でもこの強気な反応、やっぱお前ユーベルか。安心したぜ」
「…………人の足を舐めてやっぱりお前ユーベルかとか……どういう確認方法なんですか! 前から思っていましたが、やっぱりあなた頭どうかしていますよ!」
なんでそんな怒っているのか知らないが、いやぁ良かったな、お前は本物のユーベルだ。
「えーと、そのなんだ……これで許してくれユーベル」
どうしてか分からないが気まずい空気が流れたので、俺はユニークスキル『食堂』を発動。ここは贈り物作戦だ。
浮かび上がってきた画面の選択肢から紅茶をタッチ。
必要材料欄に『水、容器、茶葉』と出てきたので、まずは『水』の下の空欄にどこかの山で手に入れた湧水をアイテムボックスのイベントリから引っ張ってくる。
水を空欄に入れると『熱湯』の選択肢が出てきた。無視すれば冷たい紅茶が、そして『熱湯』を選べば熱い紅茶が出来上がる。今回は熱いのだな。
『容器』のところにはティーカップセット、『茶葉』には紅茶の葉をイベントリから引っ張ってくる。最後に『決定』をキーボードのエンターを格好良く押す大げさな仕草でタッチ。出てきた紅茶をユーベルに差し出す。
「……え、紅茶……」
何もない状態からいきなり湧き出てきた紅茶にユーベルがちょっと驚いた顔をしているが、そういやユニークスキル『食堂』を人前で使ったのはこれが初めてか。
まぁ強敵モンスターを倒すのに『食堂』のスキルは役に立たないしな。
「……美味しい」
ユーベルがカップに鼻を近付けまずは香りを楽しみ、それからゆっくりと紅茶を口に含む。味わって飲み込んだあと、ほぅっと息を吐いたユーベルが無表情ながらも満足気に一言。
「……正直、騎士団の方が出してくれる紅茶より数倍美味しいです。エイリットのことは大雑把無知無謀だと思っていましたが、考えを改めねばならないようです」
これは俺が手作業で作ったものではなく、ユニークスキル『食堂』でオートで作ったもの。
セットした食材の質には左右されるが、一番美味い、と思われる調理をオートで瞬時に行ってくれるからな。
俺が手作業でやると……まぁ大雑把なものが出来上がると思う。そこはその通りかと。
しかしユーベルが言う無知無謀というのは、多分俺が日本からこっちの異世界に来て、こっちのルールがあまり分かっていなかったときの行動を指してそう言っているのだと思う。
だってなぁ、こっちの狼は火を吐くとか、カタツムリが爆発するとか知らなかったし。
「それで、何しに来たんだって……いやもう分かってはいる。俺を連れ戻しに来たんだろ」
俺も紅茶を出し一口。うん、美味い。騎士団の連中が作ってくれた紅茶だって美味かったし好きだったぞ。
ユーベルは国所属の騎士団長より上の地位を持つ騎士。俺がいなくなると戦力が一時的だろうが一気に下がるからな。それを危惧しここに来たのだろう。
「…………」
無言で俺を見てくる。表情は……ユーベルは基本無表情だから読み取れない。
「……騎士を辞めてあなたはどうするのですか。こんな大きな建物を借りて、お店でもやろうっていうのですか」
建物内部をジロジロ見てユーベルが言う。
「お、さすが俺の元相棒ユーベルだ、勘がいい。俺ちょっと疲れちゃったからさ、明日からはのんびりスローライフ……食堂でも始めようと思ってな」
「……なるほど、先程の紅茶が突然現れたのが関係しているわけですか。……ユニークスキルというやつでしょうか」
おっと、こいつマジで頭の回転早いな。
しかしさっきから俺を国所属の騎士に戻らせようという行動も取らないし、その、後ろにドカっと置かれた大量の荷物は何。あとこいつ、私服だな。
「……分かりました。あなたは明日からここでお店、食堂を開くと。すでに店舗も確保済み、料理の手段もユニークスキルで完了出来る。食材の仕入れも、そういえばあなたは各地でモンスターを狩っているとき、食材になりそうな水とか野菜にお肉、果物等をアイテムボックスに放り込んでいましたね」
ユーベルがなにやらメモ帳を取り出し、お店の広さや設備を確認し書き込んでいる。
「……場所は人が常に行き交う大通り、お城からも歩いて5分ほど。立地も申し分ないです。今まで溜め込んだ高額お給料を使い得た、面積が広く設備の整った2階建ての店舗。……エイリットにしては色々と頭を使いましたね。これなら問題はないでしょう」
2階に上がり全ての部屋を確認したユーベルが満足気に頷く。
なんだ? こいつマジで何しに来たんだ。
「……では私も明日からここで働きます。……正直私も少し疲れていましたからね……」
ユーベルが珍しく弱気な顔を見せてくる。
俺はこっちの異世界に来て、冒険者として名を挙げて国所属の騎士にスカウトされた。そしてそこから始まる地獄の5年間休み無しのぶっ続けモンスター退治の日々。
はっきり言ってキツかった。
そしてそれ全部に同行していたのがこいつ、ユーベルなんだよな。騎士団の方はたまにメンバー入れ替えがあったが、ユーベルは本当に最初から最後までずっと俺のそばにいた。
「そうか、それはいいが……騎士のお仕事はどうするんだ。まさか掛け持ちか? それ余計に疲れるんじゃ……」
「……辞めてきました、騎士。頼る人もいないので、あなたに責任を取ってもらおうかと」
…………は?
お仕事一筋ユーベルが騎士、辞めた……?
え、そしてそれ俺の責任なの? 後ろにある大量の荷物は、騎士辞めてお城に置いていた私物を回収してきたってこと?
「……さっきエイリットは言いましたよね、私が相棒だって。その言葉、信じていますよ」
ユーベルが俺を見て優しく微笑む。
おいおい……普段無表情なのに、こういうところで微笑むのはずるいだろ……。
いや俺が言った相棒ってのは、このお店を指して言ったんだが……まぁ……いいか。正直一人じゃつまらないだろうし、文句言い合いながらも一緒にいてくれる相棒がいるってのは悪くない。
「……あとさっき私のこと冷血無表情仮面とかお化け呼ばわりしたのは大減点です。今度ご飯おごってください」
お、おう……さすがに記憶力いいっすね……こりゃあ頼りになる相棒だ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます