連続勤務1854日の暗黒騎士はブラック生活を引退してスキル『食堂』でスローライフを満喫したい

影木とふ@「犬」書籍化

第1話 連続勤務1854日の暗黒騎士、食堂を始める

「うおおおおおおおおお!」


「……ドラゴンブレス、来ます」



 白真珠の結晶洞窟最深部、俺は自慢の黒い鎧に黒い大剣を構え巨大なドラゴンに突進。


 限界まで大口を開けたドラゴンが超高熱ブレスを吐いてきたが、俺はその炎ごと巨大ドラゴンを切り裂く。


「……やった……やったぞ……S級モンスター『白真珠龍クイーンドラゴン』討伐完了だ!」



 白真珠龍クイーンドラゴン。


 10年に一度腹が減るらしく、狂ったように人間の集落を襲い全てを喰らう超巨大ドラゴン。


 過去いくつもの街や村がこいつに飲み込まれたそうだ。


 国が総力をあげクイーンドラゴンを倒そうと名のある騎士や冒険者を送り込んだが、全て失敗。超高熱ブレスを浴び、骨すら残らず蒸発してしまったとか。


 歴史に残っているだけでも1000年。このクイーンドラゴンは多くの人間を喰らってきた。


 来月あたりその動き出す10年目になる。この国の騎士である俺は王から龍討伐の命を受け、いくつもの険しい山を超えここにやってきた。



「炎は吐くわ氷は吐くわ……しまいには酸のブレスときたもんだ。殺人ブレスのオンパレード、さすが悪名名高き白真珠龍クイーンドラゴン。しかしまぁ俺の敵じゃあなかったな。さ、これで俺にもやっと休息の日が……」


「……はいそうですね、暗黒騎士であるあなたの敵ではなかったですね。では次行きますよ暗黒騎士エイリット、楽しいお仕事が山積みです」


 大きな白結晶の裏から女性が出てきて無表情に言う。


 ……あの、あんまり暗黒騎士暗黒騎士言わないで欲しいな。それを名乗った16才当時ならまだしも、俺もう21才だし、恥ずかしいからやめて……。


「暗黒騎士呼びは今後禁止な。ちなみにだが俺の連続勤務って何日になっている?」


「……暗黒騎士エイリットの連続勤務は、今日で1829日、ですね」


 女性がカバンから紙の束を出し眺め、これまた無表情に言う。暗黒呼びは禁止っつったろ?



 そして連続勤務が1829って……聞いたか、おい。


 5年以上休み無しで働き続けているってことだぞ、俺。改めて考えたらブラックもブラック、とんでもねぇところだなここ。


 言っておくが、俺が暗黒騎士だからブラック出勤やってますとかいう体を張った異世界ネタじゃあないぞ。見ての通り命削った割にはあまり笑いが取れないし、正直つまらない。


 もし同僚がこの境遇でそういうネタを言ってきても、俺は失笑すらしないだろう。つか1829日連続出勤て笑えない。


 あーもう笑いは取れないわキツイわ……クソブラック企業め、国に通報して文句言ってやる……とはならないんだよな……だって俺の雇われ先、その『国』だし。



「……いいじゃないですか、高額お給料ガッポガッポ。あーウラヤマシー」


 大きめのキャスケット帽みたいなのをかぶった女性、ユーベルが無表情の超棒読みで言う。こいつ……


「俺は金じゃなくて休息が欲しいんだが。あと命懸けで頑張った俺に心のこもった労いの言葉とかないわけ? クイーンドラゴンを倒したとか歴史的偉業なワケなんだし、ちょっとエローい感じでくねりながら『エイリット様すごいぃぃ』とか赤面しながら……」


「……はぁ……はい、お疲れ様です暗黒騎士エイリット」


 こ、この……棒読み無表情+ため息+暗黒呼びで……!



「おお、我ら集団でもC級モンスター1匹に苦戦するところ、S級をお一人で……さ、さすがですエイリット様! そのクイーンドラゴンは過去に国が数万規模の討伐隊を編成するも、ブレスの一吹きで全滅させられたという、もはや人間では倒せないクラスのモンスター。それをほぼ一撃で……我ら騎士団、英雄エイリット様の右腕として今後も……!」


 お、やっと追いついてきたか騎士団。そしてこちらは俺の教育が行き届いているせいか、暗黒呼びはしてこない。うむ、すばらしい。


 肩で息をしながら遅れて現れた騎士集団。一応俺の護衛として国から派遣され同行してくれているのだが、野営用の荷物やら食材やらが重いからか移動が遅くてここに来る途中で置いてきたんだよな。


 まぁ正直言うと、動きの遅い数十人規模の集団を守りながらクイーンドラゴンを倒すのは面倒。出来なくはないが、超面倒。彼らに被害を出さないためにも戦闘前に置いてきた。


「暗黒騎士エイリット様、今すぐ美味しい紅茶をご用意いたします!」


 騎士団の男たちが荷物をドカドカと下ろし、持ち運び用黒いテーブルや黒い椅子をテキパキと設置。


 ……うむ、やっぱり俺の教育は行き届いていなかったな。


 そしてこういうのをユーベルにお色気たっぷりでやってもらいたいものだ。


「……美味しい」


 ユーベルが香りを楽しみつつ紅茶を一口含み無表情ながら満足気に一言。


 透明な巨大結晶が光を反射し洞窟内を明るく照らす。純白のドラゴンをバックにお綺麗な女性が紅茶を嗜む。


 うむ、大変絵になっているのだが、それ、騎士団が俺の為に用意してくれた紅茶なんだよね。


 その証拠にほら、カップの色が黒いだろ? それさ、国に頼んで特別に作ってもらった俺専用なの。


 



 俺の名前は白瀬栄人、現在21歳彼女募集中。


 16歳のとき、いわゆる例の異世界転移で日本からこっちの世界に来た。


 転移特典なのか、剣を扱うスキルが全てカンストマックス表記。


 とにかく生き残るために剣を手にし、冒険者登録をして異世界での活動を始めた。


 何も分からない世界でこうもスムーズに動けたのは、こっちで目が覚めたときに全身黒ゴスロリ系ファッションに身を包み、黒い日傘を持った女性が立っていて色々教えてくれたからなんだよな。


 太陽が苦手だから日傘に黒い仮面付けていたりとか、あの人の厨二設定は尊敬に値するぐらいすごかったなぁ。勝手に師匠と思っているが、またお会いしたいものだ。



 師匠は能力のことも詳しく教えてくれ、剣のスキルの他に俺にはユニークスキルなるものがあり、それはレベルアップやスキルアップで手に入れることの出来ない生まれ持った固有の才能らしい。


 俺が持っているユニークスキルは2つ。


 ユニークスキルは持っているだけでも珍しいらしいが、俺は2つも所持している。さすがにこのへんは転移者ってとこか。


 そのうちの1個が剣のスキルと見事に噛み合い、俺はどんな強敵だろうが難なく倒すことが出来た。


 ユニークスキル名『大体なんでも真っ二つ』。このスキルのおかげで、俺は鉄だろうが石だろうが超高熱ブレスだろうが大体なんでも真っ二つにしてモンスターを撃破撃破。


 あっというまに名を成した俺は国の王族に呼び出され、国所属の特別騎士として高額で雇われることになった。



 ただ、当時16才のイキっていた俺は騎士になるとき、とある条件を王に出した。


 もうお分かりだろうか。


 そう、男なら誰しも一度は憧れる『†暗黒騎士†』! どうだこの表記、男心が揺さぶられるだろう? 


 厨二病全盛期だった俺は剣と魔法が存在する異世界に来れてテンションがMAXになり、しかも騎士になれると聞いてそれはもう暴走したさ。


 ゲームで選ぶのは必ず黒の鎧に黒い剣。画面越しの自身の分身を眺めては脳汁を出し、オリジナル設定の必殺技名を妄想しノートに書き出し、威力に消費MP、有利不利属性、有効範囲に連続使用不可時間を決め、うっとりしていたものだ。


 俺は迷いのない真っ直ぐな目で王に言った。特別騎士ではなく暗黒騎士を名乗らせてくれ、と。


 この国に暗黒騎士なんてクラスはなく、王も困った感じで『まぁ名乗るだけなら……』と特別に暗黒騎士という役職を作り、俺に与えてくれた。


 特注で黒い鎧に黒い剣を作ってもらい、靴も手袋も服もパンツも黒、食器もナイフもフォークも黒で統一。


 16才の俺はそれはもう至福の顔で黒装備に身を包まれ、これで白い制服を着た剣士の彼女でも出来たら最高だな、とオリジナル短編小説を書き出し語彙力不足でそっ閉じしたものだ。


 まぁ結局彼女は出来なかったけど、それはさすがに遠慮して『二刀流スタイル』を導入しなかったせいだろう。



 ──そして5年後、21才俺。


 すっかり厨二病思考からも脱却し落ち着いた大人に成長……しかし残る負の遺産『暗黒騎士エイリット』。


 20才超えて『暗黒騎士』呼びされるとか、なんの拷問で俺が前世で何をしたというのか。いや、やったのは前世とかではなく近年の、5年前の俺なんだけども。


 あー超恥ずかしい……よし、もう1回転移転生出来たら絶対に暗黒騎士なんて名乗らないぞ。


 次は『白騎士』を名乗って……


 


 こっちでの名前エイリットは本名をもじったもので、ゲームでよく使っていたものをそのまま名乗っている。



 つかあの黒い女性って何者だったのかな。


 俺が異世界から来たとか知っていたし、能力とか教えてくれたし、なんかフワフワ浮いていたし……うーん、あれかな女神様的な人……はは、ありえねぇ、俺はもう厨二らない大人なんだ。


 師匠は師匠、他の何者でもない。


 俺がこうして文句言いつつもモンスターを倒し国内を巡っているのは、またお会い出来ないものかという下心もある。


 成長した姿を見てもらって、お礼が言いたいんだ。





「うおおおおおおおお!」


──5日後、連続勤務1834日目、黒泥毒湿地。



「A級モンスター『黒毒炎トード』……529体倒したトードォ!!」


「……はい、すごいですね暗黒騎士。次は3000メートル級山脈の頂上です。高山対策をして行きましょう」


 俺のちょっと面白を混ぜ込んだ魂の雄叫びを聞き流し、ユーベルが無表情に言う。


「お、おい簡単に次とか言うな。暗黒呼びもやめて……。って、ここに来るのだって大変だったし、巨大カエル529体倒すのだってこっちは毒を避けたり炎を切り裂いたり命懸けでやったんだぞ。もっとこう、超頑張った俺に対して心尽くしの言葉とか、ちょっとおパンツ様を見せてくれる癒やしのチラリズムとか……」


「…………はぁ……そうですね、いちいち『うおおおお』とかうるさいワンパターンな叫び、やめてもらっていいですか。一緒に居て恥ずかしいですし、飽きましたそのセリフ。ああ、お疲れ様です暗黒」


 こ、この……無表情ため息で苦情のついでに後付けでお疲れ様とか……! あと暗黒とか略しやがったな!



「遅れて申し訳……おお、さすがです暗黒エイリット様! 我等では一体倒すのも不可能に近いところをお一人でこれだけの数を……! ささ、お疲れでしょう、今すぐ美味しい紅茶をご用意いたします!」


 湿地の泥地帯の移動に手間取っていた騎士団が到着。


 うーん、超お美人様であるユーベルに塩対応された直後に優しくされると、筋肉むきむきマンズにだってホロっといっちゃいそうになるぞ。


 あと毒漂う沼にテーブルと椅子を設置するのはやめてくれ。光景がシュールだし、紅茶の香りが一切楽しめない。


 健康被害が出る前にさっさと撤退しようぜ。



 そして俺、暗黒エイリットとかもう別の存在になっていないか。







──8日後、連続勤務1842日目、雷雲滝山脈。


「ほぁぁぁああああ!」


「…………暗黒うるさ……声裏返っているし、もうただの奇声」


「さすがです暗黒エイリット様! 命を落とした冒険者は数しれず、あの雷の化身と言われたA級モンスター雷鳴鹿ディアトールを一撃とは……! では紅茶を……」




──3日後、連続勤務1845日目、アルムローバ海峡。


「そおぉぉおいい!」


「……少しは黙って剣振れないんですか? 暗黒」


「おお、さすが暗黒エイリット様ぁ! 屈強な海賊たちですら逃げ出すという渦海峡の悪魔、B級モンスター深淵のレインボーイカを真っ二つとは……! ささ、新鮮なうちにイカ素麺など……」




──6日後、連続勤務1851日目、放浪の草原。


「うおおおおおおお……! 何連勤させる気だ、やってられっか……もう辞めてやる……暗黒辞めてやるぅぅ!」


「……うるさいです。なんですかその暗黒辞めるって謎の言葉。えーとB級モンスター、一角凶牛イドシューティアを首ちょんぱ、と」


「知っていますか暗黒様! 一角凶牛のお肉はとても柔らかく、塩ふって焼くだけでそれはもう肉汁したたる幻の最高級ステーキになるそうです!」





──3日後、連続勤務1854日目、王都ラムレグルス。



「さーて、なぐり書きした辞表も王様に投げつけてきたし、やっっっと自由の身だ!」


 俺についてきてくれていた騎士団連中や国のお偉いさんに王様とかが必死にとめてきたが、俺の意思はもう揺らがない。


 連続勤務1854日目、この日俺は騎士を……暗黒騎士を辞めた。


「太陽が眩しいぜ……」


 ふふ、長らく俺をしばっていた『暗黒騎士』という重責から解放された、明日からの身軽な俺の厨二らない大人な未来を示しているようだな。




 お城の門から歩いて5分ほどのところにある2階建ての空き店舗。


 俺は深呼吸をし、ポケットから鍵を取り出し丁寧にドアを開ける。


 何もない、ガランとした店内。1階だけでもかなりの広さの面積があるのだが、吹き抜けの2階にもスペースがあり、ここにも席を設けることができそう。


 2階の半分は居住スペースになっていて、今日からここが俺の住居となる。



 何をするのかって? そう、俺のユニークスキルは2つあってな。1個目が『大体なんでも真っ二つ』。


 そしてもう一つのユニークスキル、それは『食堂』。


 こちらもだいたい全てのスキルがカンストで、念じたら現れるスキル画面を操作するだけで食堂に関することがワンタッチで完結できてしまうという優れもの。



 異世界に来て冒険者になって名を挙げて国所属の騎士になってドラゴンだのなんだの、実に異世界っぽいモンスターは5年間無休で飽きるぐらい倒した。暗黒騎士を名乗ったり、そっちの異世界感はもう満足。


 この国の直近の驚異になりそうな危険な奴らは昨日までで大体倒した。


 俺の活躍で国にも活気が戻ってきたし、戦力だってだいぶ育った。もう俺がいなくてもあの騎士団は大丈夫。


 黒ゴスロリ日傘師匠から授かった闇の戒律『この大地の天秤が傾きつつある、汝の闇の力をもって人族に仇なす獣を討伐し均衡を保て』は果たせただろうし……つかもう無休でモンスター退治はご勘弁。


 人生なんて有限なんだ。いい加減、異世界での俺の自由な生活を始めたっていいだろう、と。



 まだ何もない店舗の床に手を付け、俺は静かに呟く。


「……明日からよろしく頼むぜ、相棒」


「……はい、分かりました。まぁあなたは大雑把無知無謀彼女なしと、私がいないと何も出来ない人ですしね」


 独り言に言葉が返ってきて、お化けでも出たのかと驚き盛大に尻もちをつく。くそ、事故物件ってやつだったのか?



「……なんですか、その変な顔は。いつも変な顔ですが、今までで一番キモいです」


 何もない店舗入口に荷物がドカンと置かれ、大きなキャスケット帽をかぶった女性が姿勢良く立っていた。





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