それってその程度の想いなのかな?
「自分にとりえがなくてもさ、付き合ってもいいと思う? 自分が見合っていない相手と付き合うことについてどう思う?」
夏と僕のことを言っているのだろうか。もしかして凪さんは、『何の取り柄もない僕が、夏と釣り合っていないから、告白をためらっている』そう思ったのか?
何の取り柄もない、と思われているのは、泣きたくなるくらい悲しい。でもだとしたら、さっきのやらかしは取り返せる。ここで、夏のことが好きである、と凪さんに信じ込ませる。そうすれば、凪さんを可愛いとは思っていても、夏に気持ちが向いている、と誤解してくれるだろう。
ただ嘘は簡単にバレる。だから恋人として付き合うことについては話せない。僕は幼馴染みとして付き合うという観点からものを言うことにする。
「僕は見合っていようがなかろうが、一緒にいたいと思うよ」
「いたい……のはそうだけど、実際に居ようとするのは難しいと思わない?」
「いるのは難しいよ」
実体験だ。夏と一緒にいるのは難しい。夏のことが好きな人に、僕は何度よび出されたか、何度痛い目にあわされたかわからない。
「だよね」
「うん、まあ正直ね」
僕は「でもさ」と付け加える。
「いて欲しいって思われたら、他のことなんてどうでもよくなって、一緒にいようと思うよ」
朝、夏に言われるまでもなく、僕は夏にとって貴重な存在である、という自負があった。単に幼なじみで、夏に引目を今更感じないだけであるが、案外、抱え込むタイプの夏にとってはかけがえない存在だと思う。
夏は、一歩引かれることを気にしてるくせに気にしない素振りで、友達やらなんやらと付き合っている。そんな生き方は疲れるだろうから、ガス抜きになりたいし、望まれる限りはなってあげたい。
頼る相手も今のところ僕以外いないだろうし、唯一気楽に接せる人間を欠いて落ち込む夏を思うと、他のことなんてどうでもよくなって一緒にいようと思う。
まあでも、そう自然に思っているということは、僕もまあ幼馴染みとして大切には思っているのだろう。ごたごたとした理由なんてなしに、いたい理由はそれだけなのかもしれない。
「あはは……どうでもよくなる、かあ」
凪さんを見て、なんとなく、いたましい、と思う。
また不味いことを言ってしまったかもしれない、そう思った時、凪さんに尋ねられた。
「もし、さ。他のことがどうでもよくならなかったらさぁ、それってその程度の想いなのかな?」
「その程度の想い?」
「うん。たかだか知れてる。それは偽物の感情だ、的なね? ってわからないよね」
「いや、なんとなくはわかったよ」
他のことがどうでもよくならないのなら、一緒にいたいという気持ちは小さいのではないか、それはたかだか知れてる想いなのではないか、偽物の感情ではないだろうか。そういうことだろう。
凪さんは何故そんなことを聞いてきたのかわからないが、声が真に迫っていたので、まじめに答えることにする。
でも、実際どうなんだろう? たしかに凪さんの言うとおり、一緒にいようという想いが強くなければ、他のことが気になるのかも知れない。でも、それとは別な気もする。一緒にいたい、という気持ちの強さ以外に、他のことを気にする気持ちの大きさも関係するのだ。だから、一概に『一緒にいようという想いが強くなければ、他のことが気になる』とは言えず、人それぞれ、というのが正解だと思う。
でも、凪さんが聞いているのは僕だ。僕の立場ならこう答える。
「他のことが気になるってことは気持ちが小さいんだと思うよ」
これが僕の言葉だった。夏のことが好きな人に、何度よび出されたか、何度痛い目にあわされたかわからない僕が一緒にいようと思えるのは、助けになりたい気持ちと一緒にいて楽しい気持ちが強いからだ。
「あー、そっ……か」
凪さんはそう言って、上を向いた。
今の凪さんから、月を映した夜のプールみたいな雰囲気を感じる。暗く切なく憂いているようで寂しい。
凪さんは目を擦って、また問いかけてきた。
「あのさ。まだ、諦めることで前に進める、って思ってる?」
水が染むように心の深いところへ入り込んでくる声。それでいて切れかけのギター線みたいな危うさを孕んでいる声。
唾を呑み込む。
何となく、この答えで何かを失ってしまう、そう感じて、急に息苦しくなった。
「ねえ、どうかな?」
何と言えばいいのかわからない。だから僕は、自分の言葉を吐く。
「小説に書いた通りで、僕は諦めることで前に進めると思う」
凪さんは頷いたあと、憑物が落ちたように笑った。
「ありがと、答えてくれて!」
笑顔の凪さんは、変に綺麗で可愛くて、それでいて物悲しかった。
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