67作品目

Rinora

01話.[いつもごめんね]

「おい未羽みゆ

「んー……?」


 上半身を起こして目を擦る。

 何気に腹筋の力があるなということと、椅子の上で寝ると痛くなるということが分かった。


「教室で寝るなよ」

「あれ……もう終わったの?」

「いや、終わってないぞ」


 椅子をちゃんと戻してから再度話しかけてきた人間を見た。

 いやあ、まさか親戚のおじさんが教師として働いている高校に通うことになるとはね。

 見るたびにそういう風に思っているからいつだって新鮮さを味わえるのはいいかな……?


「おじさん」

「おじさんじゃないぞ、俺はまだ三十八だ」

隆介りゅうすけ君は大変そうだね」

「ん? ああ、まあ自分が選んだ仕事だからな」


 でも、弱音を吐いたりしないところが尊敬できるところだった。

 私なんかはすぐに表に出してしまうから真似したいところではあるけど難しい。


「未羽、もう暗くなるからさっさと帰れ」

「はーい」

「気をつけろよ?」

「隆介君もね」


 学校にこういう人がいてくれると凄く助かる。

 利用したいとかではなくて心細くならなくて済むわけだし。

 残念ながら友達と呼べる人がいないからまだまだ頼らなければならないのだ。


「ほえー」


 家に帰れても寝ることが大好きな自分としてはなにもしようがない。

 家事なんかやろうとも思わないから母が帰ってこない限りはどうしようもないし。

 なので、リビングで電気も点けずにずっと寝転んでいた。

 今日は丁度満月の日だったからそれでも光量が足りないということはなかった。


「あれ……」


 連打されるとさすがに怖いからその前に出てしまうことに。


「あ、いたのか」

「うん、寄り道とかしないよ?」

「上がるぞ」


 なんだなんだと構えていたらご飯を作り出して不思議な感じだった。

 実はこの人がお母さんなのかもしれないなんてとぼけてみせた。


「相変わらず自分じゃなにもしない人間だな」

「家事とかできないから……」

「できるだろ、しようとしないだけだろ未羽は」

「へへ、そうかも」

「笑ってる場合じゃないぞ」


 実は母が隆介君に頼んでしまっているからこういうことになる。

 帰宅時間が安定しているわけではないかららしいけど、隆介君だって教師としてお仕事をしているんだから考えてあげてほしい。

 空腹感とかだって遅くまで我慢できるわけなんだから放っておいてくれればいいんだ。

 最悪、夜ご飯を食べなくてもお昼ご飯を食べていれば生きられるからね。

 私だって積極的に迷惑をかけたいわけではなかった。


「できたぞー」

「いつもごめんね」

「ごめんと思うなら自分で作ってくれ」

「それがなにもできなくて……」

「いやだからできるだろ、この前カレーを作ってくれただろ?」


 それは隆介君の誕生日だったからだ。

 いつもお世話になっているお礼として頑張る必要があった。

 誕生日にカレー? となるかもしれないものの、あれだったら誰が作っても最低限の品質を保てるからいいと思ったのだ。

 何度も言うけど積極的に迷惑をかけたいとは思っていないし、誰かのために動きたいと考えるときもあるのだと知ってほしかった。


「ほら、食べろよ」

「うん、ありがとう」

「俺はもう帰るぞ、シャワーを浴びたいんだ」

「こっちで入っていけばいいのに」

「着替えがないだろ、それじゃあまた明日な」


 隆介君が帰った瞬間にかなり寂しくなってしまった。

 寝ることが好き、ひとりでいることが好き。

 そうだとしても信用できる相手といられなくなったら寂しくなるのが人間だろう。

 先程までいてくれたってことと、美味しいご飯を作ってくれたということでよりダメージを負っているというか……。


「なんだよ?」

「……寂しい」

「そう言われてもなあ、あんまり生徒の家に出入りするべきじゃないからな」

「でも、親戚だよ?」

「仮にそうでもだ、ただ、約束があるからご飯とかは作るけどな」


 そこを律儀に守ってくれるからこそ余計に寂しくなるんだ。

 あと、いくら迷惑をかけたくないとは考えていてもやっぱりこういう風になってしまう。


「もう食べ終えたんだろ? だったら風呂も溜めてあるから入って寝ろ」

「……意地悪」

「仕方がないだろ、下手をしたら俺がクビになるんだぞ」

「……今日もありがとね、それじゃ」


 寂しいし色々と冷えるからお風呂に入って寝ることにした。

 先程も言ったように、母の帰宅時間はランダムだから仕方がない。

 待っていても日付が変わってしまうだけかもしれないからね。


「ふぅ」


 学校も隆介君がいてくれているおかげでなんとかやれているだけだ。

 現時点で迷惑をかけすぎてしまっていることははっきりとしている。


「あれ」


 スマホを確認してみたら『開けろ』というメッセージがきていた。

 二十分前のだから先程のそれだと思って無視していたんだけど、


「やっとかよ」


 開けてみたら腕を組んだ状態で玄関前に立っていたという……。

 あ、ちなみに、隆介君のお家は数軒先のアパートだからこその早さだった。


「寝るまで側にいてやる、だから安心して寝ろ」

「せっかく来てくれたのなら隆介君といっぱいお喋りしたいんだけど」

「駄目だ、学生だったらさっさと寝るべきだ」


 言うことを聞いてくれなさそうだったから部屋に戻ってベッドに寝転ぶことに。

 ご飯作りを任せるために合鍵を母が渡してあるけど有効活用はしていないようだ。

 

「なんで合鍵を使わないの?」

「……なんか気になるだろ?」

「そう? 寒い中で待ち続けるよりもいいと思うけど」

「いいから寝ろ、ちゃんと鍵を閉めて帰るから」


 なんかあれだから手を握っておいてもらうことにした。

 意外にも言うことを聞いてくれて普通に手を握ってくれた。


「学校では相変わらずひとりなのか?」

「うん」

「誰かいないのか?」

「いないよ、部活とかにも入ってないし」


 多分だけど拒絶オーラというのがあるんだと思う。

 挨拶をしたのも入学してすぐの頃だけだ。

 隆介君以外と上手く話せる自信はないし、そういう不安というのが外に出ているのかも。


「俺は全然違う担当だからな」

「それは仕方がないよ、親戚だと知っていれば避けるでしょ」

「だな。ただ、避けていても俺に甘えてばかりなのも問題だけどな」

「だって隆介君といないと不安になるんだもん」

「まあ頼ってもらえるのは普通に嬉しいけどさ」


 意外と付き合ってくれるみたいだったからその後は結構お喋りを楽しんだ。

 二十二時が近づいた頃に「早く寝ろっ」と怒られてしまったけど。

 だけどそういうのもあって朝までぐっすり寝られたのだった。




「朝か……」


 朝ご飯はいつも焼かない食パンを食べて家を出る。

 お風呂掃除とかは母がしてくれているからそこまで気にする必要もない。

 ただ、ここまでぐうたら生活なのも問題だから変えていかなければならなさそうだ。


「行ってきます」


 こんな挨拶をしても意味がないことは分かっている。

 けど、ずっと続けてきたことだから続けているという状態だった。


「あぁ」


 最近は本当に寒さが酷くて困る。

 それでも寝ることの欲求が高すぎて放課後の教室で椅子を犠牲にし寝ることは多かった。

 寝ていればごちゃごちゃ考えなくていいのも影響しているのかなと。


「未――橘」

「おはよー」

「ああ、結構早いな」

「うん、あんまり普段と違う感じはしないけど」


 学校で話せるのは朝ぐらいしかない。

 それ以外の時間は担任の先生とかではないから全く会えない。

 昨日のあれも私がたまたまああやって寝ていたからだ。

 ああして見回りとか休憩をすることがあるから偶然出会っただけで。


「今日も寒いけど頑張れよ」

「うん、隆介君もね」

「朝とかは新井先生と呼べ」

「はーい、新井先生も頑張って」

「おう、今日も頑張るわ」


 こっちは今日もとにかく静かに過ごすだけだ。

 そうすれば無駄に敵視される可能性は下がる。


「橘さ――」

「うぇっ!?」


 ……話しかけられることが少ないからこういうことになる。

 こうして恥を晒し続けて何年経ったかな……と真剣にヘコんだ。


「あ、な、なん……ですか?」

「あ、さっき新井先生と話しているところを見て気になったんだけどさ」


 これはあれだろうか?

 敬語を使えてないのは常識がないとか怒られるパターンだろうか?

 ありえそうで困るからこういう想像だけはしてはいけない気がした。

 悪い方の想像ってどうしても当たる可能性が上がるからだ。


「へ、変な関係とかじゃありませんよっ? あの真面目な新井先生がそんなことをするとは思えないですし……」


 そもそもこんなのが恋愛対象になるわけがない。

 証拠は同級生から見向きもされてこなかった自分だ。

 というかね、一日で一回も会話しないときの方が多いのにそんなこと――って、勝手に私が考えているだけかと片付ける。


「違うよ、仲いいんだなって思って」

「……それは新井先生が優しいだけです」


 よし、今日からご飯とかを頑張って作ろうと決めた。

 そうすればお昼ご飯も嫌いな食べ物と対面しなくて済むから。

 お昼ご飯を食べておけば最悪夜ご飯はなくてもいい的なことを考えた自分ではあるものの、そのお昼ご飯を食べていなかったというオチだった。

 だって自分のためだけにご飯を作るなんてやる気が出ないから。

 でも、甘えすぎてしまうとあのいい人まで巻き込んでしまうから今日の放課後からは頑張ってみようとしているわけだ。

 あ、今日は最後ということで甘えるのもいいかもしれないとすぐに意見を変える。


「もしかして前々から一緒にいたりするの?」

「……一応親戚なので」

「そうなんだっ? へえ、それだと心強いね」

「はい……」


 頼むからもうどこかに行ってほしい。

 ……自然と敬語になるなんて思っていなかった。

 そう考えると親戚で前々から関わりがあるとはいえ、その相手にタメ口でいることの異常さにいまさら気づいたという……。


「あ、あの、と、トイレに……」

「うん、教えてくれてありがとう」

「い、いえ……」


 トイレに着いたら鏡を見つめる。

 私にいきなり隆介君離れなんてできるのだろうか?

 ただ、これはやらなければならないことだとは分かっている。

 高校生にもなって甘えすぎてしまっていては駄目だろう。

 卒業したら違う環境で頑張らなければならなくなるんだから余計にそうだ。

 とはいえ、まだ一年生だからそこまで焦る必要はないとも分かっていた。


「橘!」

「ひゃあ!?」


 まさかさっきの子がと身構えていたらそうではなかった。

 ちゃんと女の子で安心――もできなかったけども。


「あんた新井先生の親戚なんだってっ?」

「は、はい」

「じゃあ仲良くしたいから協力して」

「え」

「は? もしかしてさっきは嘘ついたの?」


 慌てて首を振ったら「じゃあよろしくね」と口にしてトイレから出ていった。

 なにをしたというわけではないけど手を洗ってから教室に戻ることにする。

 一応最小限の動きで確認してみたものの、同じクラスではないみたいだった。

 それだけで少しだけほっとできたので一安心、とはならず。

 これから確実に面倒くさいことに繋がることは先程のあれが証明していた。

 やはりひとりでいるのが正義だったということにも気づいたのだった。




 とりあえず今日いきなりではないらしく安心していた自分。


「未羽、もう帰るのか?」

「は、はい」

「ん? どうした?」

「な、なんでもありません、それでは……」


 直接もうご飯を作ったりしなくていいと言った場合の反応が怖かったからやめた。

 スマホがあるんだからそれで送ればいい。

 これまでありがとうってちゃんと気持ちを込めれば許してくれるはずだ。


「ちょっと待て」

「……なっ、んですか?」

「少し空き教室で話そう」


 力では敵わないから掴まれてしまった時点で終わりだと言える。

 まあこれまで絶対に敬語を使ってこなかった人間だから露骨すぎたか。

 これではなにかがありましたよと言外に伝えているようなものだ。


「で? なにがあったんだ?」

「なっ、んにもありませんよ?」

「未羽が敬語を使うとかありえないだろ」

「……本当になんにもありませんから」


 常識のなさに気づけただけだ。

 もう出会ってから十年以上も経過しているのにやばすぎる。


「まあ……ひとつ言っておくと年上の人にタメ口でいることがおかしいと気づいただけです」

「なるほど、それはもっともだな」

「はい。あと、甘えすぎてしまったのでこれからはひとりで頑張ろうと思いまして」

「ん? つまりご飯を作ったりとか掃除とか自分でやるってことか?」

「はい」


 これで数軒先とはいえ家に来なくて済むし、そこを見られて変なことにもならない。

 お買い物とかも行かなくて済むし、疲れた体をさらに疲れさせることにもならない。


「そうやって頑張ろうとするのはいいけど、約束だから俺は行くぞ」

「な、なんでですか? 自分でやるべきだって言ってたじゃないですか」

「だから約束だからだよ」

「もうお母さんにも大丈夫だって言っておきますので……」


 延々と続いても困るからそういうことでとこの場を離れることにした。

 大人ならそうかと認めてほしかった。

 いきなり上手く、効率よくはできないけど努力をしようとしているんだから。


「ふーん、あんたご飯を作ってもらってたんだ」

「……お母さんが頼んでいたので」

「なるほどねえ」


 彼女はこちらの腕を掴んで「一緒に帰ろ」と誘ってきた。

 逆らうと平和な生活が終わるから頷いて歩きだす。


「で、あんたは自分で作れんの?」

「か、カレーぐらいなら……ですけど」


 それにご飯を炊くことはできるから最悪ふりかけをかけておけばなんとかなる。

 というか、せっかく隆介君がいたのによかったのだろうか?

 先程頼んできた彼女と別人ということはないし……。


「え、それだけじゃ困るでしょ」

「あ、目玉焼きぐらいなら焼けます」

「そりゃあね? さすがにそれを焼けなかったらやばいわよ」


 悪い人ではないのかな……?

 いやいや、まだまだ油断するのは早いか。

 変に信用してしまうと困ることになるかもしれないから気をつけないと。


「で、あんた本当は付き合っていたとかそういうのはないの?」

「ないですよ、……大人らしい女の人が好みって昔言ってましたから」

「なるほどねえ、じゃあ私じゃ無理ねえ……」


 私なんか話にならない。

 なので無駄に警戒する必要はなかった。

 それに今日から隆介君禁をするわけなんだし。


「まあいいわ、それよりあんたがご飯を作れるように特訓するわよ」

「え」

「聞いたからには放っておけないのよ、うざいかもしれないけど付き合いなさい」

「わ、分かりました」


 食材は隆介君が買ってくれた物があるからそれを使用することにする。

 最後に甘えるということができなくなってしまったけど、まあでも変に甘えるといつまでもだらだらと甘えてしまいそうだからこれでよかったんだと片付けた。


「まずはあんたの本当のところを見ないと分からないから自由に作ってみて」

「わ、分かりました」


 卵焼きだって作れるんだぞというところを見せたかった。

 が、なんかぐちゃぐちゃなやつができあがったという結果に終わる。


「あんた……」

「で、できますよっ」


 が、挑んでも挑んでも駄目だった。

 その度に名字も名前も知らない彼女に微妙な顔をされるだけだった。


「あれ、誰か来たわよ?」

「もしかして……」


 扉を開けてみたら隆介君が立っていた。

 なんでぇ……と困惑している私を気にした様子もなく「ご飯は食べたのか?」と。


「い、いま作ってます、協力してくれる人がいるので」

「同性か?」

「はい、なんか心配になったみたいで」

「なるほど、それなら大丈夫か」


 これでいいんだ。

 今日で終わらせるって決めたんだから間違いなくお互いにとっていい選択をした。


「あんたよかったの?」

「うん、もう甘えないって決めたから」

「そうなのね、じゃあもう言わないわ」


 もちろん不安ばかりでいまから震えているぐらいだった。

 それでも、依存しないためにも、こうしなければならないんだ。

 ご飯作りとかを頑張っていれば寂しさもなんとかなるだろうとプラス方向に考えるだけで精一杯だった。

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