第二十一話 緊急事態につき...

 俺たちは殺戮蜘蛛キラースパイダーを無事討伐し、街へと戻ってきていた。辺りはどこかそわそわとした感じであまり落ち着いた雰囲気とは言えなかった。とはいえ、街がそわそわしているのはそこまで珍しいことでもなかったので、あまり気にも止めなかった。


「あぁぁ、髪が少しじめっとしてる気がする」


 リルが自分の前髪をちょこっと摘んでから苦虫を噛んだような表情をする。俺はそんなリルを華麗にスルーし、シルヴァに目を向ける。


「そういやシルヴァはなんともなさそうだな」


 シルヴァはコクリと頷く。


「ん、普段から氷魔法を使ってるから少し湿っぽくなる程度気にしない」


「あぁ、確かに洞窟でもそんなこと言ってたな」


 俺とシルヴァが話していると、俺の袖がクイクイッと引かれた。


「ねぇ、なんで私を無視するのよ」


 袖を引かれた方を見てみると、寂しそうな瞳でこちらを見上げているリルがいた。まるで飼い主に見捨てられた子猫のようだ。


「どうした?腹でも減ったのか?どっかの店にでも入るか?」


「あんた話聞いてた?私のことスルーするから私にも構ってっていってるのよ!」


「ん、リルは構ってちゃん」


「うっさいわね、構ってちゃんで結構。だから私も話の輪に入れなさいよ!」


 リルは俺の隣から俺とシルヴァの間に体を無理やり割って入ってくる。


「これで私を無視することはできないわ!」


「んー、別に無視するつもりはなかったんだが。なぁ、シルヴァ」


「ん、ただリルが話に入ってこなかっただけ」


「あくまで私が話に参加しなかったのが悪いってことにしたいのね。いいわよ、別に。それで報酬の分配について話し合いましょう」


 リルはピンっと指を立てて提案する。


「そうだな、俺とリルはまあパーティーな訳だしリルが持ってればいいか」


「当たり前でしょ、あんたが持ってたら一日でお金が消える気がするわ」


 リルはペシっと俺の袖辺りを叩く。シルヴァはそんな光景をボケーっと見てから口を開く。


「私の報酬は2人にあげる。これで私が食べた分は全部チャラね」


「何ちゃっかり全部払ったことにしようとしてるのよ。あなたが食べた金額はこの3倍以上よ!」


 リルは俺の隣にいるリルを睨む。


「細かいこと気にしすぎじゃね?そんなんだと白髪しらがが増えるぞ?」


「あんたは少しくらいこっちの味方しなさいよ!お金なくて困ってるのは私たちなのよ!?お金なくなったらあんただけ野宿だから。拒否権はないわ」


「げっ、それは嫌だな。そんじゃ、もうちょいシルヴァには付き合ってもらうとするか。」


 シルヴァは一瞬悩ましげな表情をしてからコクリと頷いた。


 それから俺たちは依頼完了をギルドに告げるため、3人でギルドへと足を踏み入れた。


「ん?なんか様子がおかしくないか?」


 俺は辺りを見回してから思ったことを口にする。


「確かにそうかもしれないわね。なんか人が多い気がするし」


 リルは俺の言葉に同意する。シルヴァは周囲を無表情でキョロキョロと見ている。相変わらず何を考えているのかわからない。


 俺たちはとりあえず依頼の完了を報告するために受付へと向かう。


 こんだけ混んでいるのにも関わらず、受付に並んでいる人はいなかった。


「依頼の完了を報告しに来たんだが、今大丈夫か?」


 俺が忙しなく動き回っている受付嬢に声をかける。受付嬢はハッとしてからこちらに駆けてきた。


「も、申し訳ありません!今現在依頼の受付や依頼の報告は受け付けていないんです」


「え、それじゃあ報酬は...」


 リルは顔を真っ青にしている。


「その、申し訳ありません。現在緊急事態につきまして、受付を閉めさせていただいていますので、依頼完了の報告でしたら、また明日以降に聞きますので、どうかご了承お願いします」


 受付嬢はぺこりと頭を下げてから再び作業を開始した。


「なぁ、どうするよ、これ」


 俺は困って2人を見るが、リルは頭を抱えて長いため息を吐いてるし、シルヴァはシルヴァでボーッとしている。


「ほんっと、これどうすりゃいいんだよ」


 俺もリル同様、頭を抱えてため息を吐いた。





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ここまで読んでいただきありがとうございます。次回の更新は7月9日、日曜日になります。よろしくお願いします。


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『炎帝』を継いだ者 〜師匠の特訓によって常識が異常へと塗り替えられてしまったけど、え?これって普通だよね?〜 熊月 たま @Imousagi

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