『炎帝』を継いだ者 〜師匠の特訓によって常識が異常へと塗り替えられてしまったけど、え?これって普通だよね?〜
熊月 たま
第一章 炎帝を継ぐもの
第一話 弟子入り
あ、俺、死ぬんだ。
目の前には巨大な竜が今にも俺を食べようとしていた。口からは涎をダラダラと垂らし、それと同時に少しだけ口から炎が漏れていた。
本当はこんなはずじゃなかった。だって仕方ないじゃないか。こんなド田舎に竜が現れるなんて思いもしなかった。そもそもここの村周辺では魔物も滅多に見ない。
でも、今考えてみればこの竜がいたことによって魔物の出現を防いでいたのかもしれない。魔物というものは本能で生きている生き物だ。自分よりも数段強い魔物がいるならば、そこの土地には絶対に寄り付かない。だから竜がいるこの土地には魔物がいなかったのかもしれない。
俺は逃げようと必死に足や手を動かそうとするが、俺の意思に従って動くことはなかった。それはまるで糸の切れた操り人形のようだった。
あぁ、俺、まだ14歳なんだけどな。短い人生だった。って、諦められるわけねぇーだろ!
俺は自分の足に鞭打って、なんとか体を動かそうとする。だが、やはり体は俺の言うことを聞いてくれなかった。
クッソ!なんでなんだよ、なんでっ...!?
今も段々と迫り来る竜の顔を見つめながら俺は悔しさのあまり下唇を強く噛む。じんわりと口腔内に鉄の味が広がる。
「ほっほっほ、よくやったのじゃ少年!」
「え?」
俺を今にも食べようとしていた竜が数メートル先まで急に吹き飛んだ。竜が元いた場所には赤いローブを羽織ったご老人が柔和な笑みを浮かべて立っていた。
「は?どゆこと?」
俺は今起きた出来事に頭がついていかず、混乱していた。だってそうだろう。これから俺は食べられるんだと思っていたら、急にその竜は吹き飛び、空から爺さんが降ってきたのだから。そしてただ食べられるのを待っていたのに、なにがよくやったのだろうか?
「少年よ、よくぞ生きることを諦めなかったな。矮小な存在であるこのトカゲに気持ちで屈することはなかった。もし、お主が諦めていればワシはお主を助けることはなかった。だが、お主は強大な敵を相手に見事立ち向かって見せた。だからワシはお主のことを気に入った。ここでお主を失うにはちと惜しいのじゃよ」
そう言って爺さんは竜へと向き直った。
「見ておれ。これがお主の目指すべき背中じゃ」
そう言って爺さんは竜へと駆け出していった。
そこからは戦いなんて呼べるものじゃなかった。爺さんが一方的に竜を蹂躙するというなんとも奇妙な光景を延々と見せられた。竜が炎を吐けば、それよりも大きな炎を爺さんが手から出して竜に押し勝つ。竜が鋭い爪を振り下ろせば、炎を纏った爺さんの腕が竜の腕を切り落とす。竜が大きな顎門で爺さんを噛み砕こうものなら、強烈な蹴りをその頭に叩き落とす。人が竜を圧倒している。そのことにただただ俺は見入っていた。それはまるで演劇に見入る子供のように瞳をキラキラとさせながら。
「す、すげぇ...」
自然とそんな言葉が口から漏れ出していた。爺さんの背中に憧れた。こうなりたいと思った。俺も人を救えるような力が欲しい。この戦いを見ていて俺はさまざまな気持ちが水底から浮かび上がるかのようにどんどんと浮上してきた。
「さて、そろそろ終いじゃ」
それだけ言うと、爺さんは竜へと先ほどよりも早く接近していく。そして、爺さんは竜から約二メートルくらいの距離まで近づくと、右手を竜の額へと
「『黒炎展開』」
爺さんが一言そう言うと、右手から黒く禍々しい炎が放出される。それは竜に触れた瞬間、ブワッと燃え広がった。
グギャァァァァァ!
竜は炎を消そうと必死に転がりまわるが、先ほどから炎は全く消えていなかった。むしろどんどん激しさを増すばかり。
「その炎を消すのは無理じゃ。黒の炎は破滅の炎。あらゆるものを消す炎じゃからな」
爺さんはもう終わったとばかりに、竜に背を向けて此方に歩み寄ってくる。
「ほっほっほ、どうじゃった?ワシの戦いは」
爺さんは未だに腰を抜かす俺に対し、中腰になりながら問いかけてくる。
「すごかった。俺もあんな風に戦えたら、あんな風に人を救えたら、そう思った。俺も強くなりたい!爺さんみたいに人を救えるだけの力が欲しい!」
俺の言葉を聞いた爺さんは、大きな声で笑い始めた。
「そうか、そうか。わかった。それならばお主をワシの弟子にしてやろう。お主にはなかなかの才能がある。このド田舎の村で腐らせるにはちと惜しいからな」
俺にとっては願ってもない話だった。
「是非、俺を弟子にしてくれ!」
俺は精一杯頭を下げた。
「あい、わかった。それで、お主の名はなんじゃ?それを聞いてなかったわい」
俺は迷いなく自信を持って答える。
「俺の名前はリアム・ラストリア!世界一強くなる男だ!」
こうして俺は爺さんの弟子となった。だが、俺の中での常識が全く通用しないとは、この時の俺は全く知らなかった。そして、俺の中の常識が異常へと塗り替えられていくのも、この時の俺は知る由もなかった。
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