街角クイズチャンピオン

空木トウマ

第1話

 

 田中洋平が就職のための面接を受けにいった会社を出た時に呼び止めたのは、女性のテレビレポーターだった。

レポーターは年齢20代前半くらいでセミロングのヘアスタイルをしており、丸顔で目がぱっちりと大きい、可愛らしい女性だった。

フリルのついた赤い花柄のワンピースを着ていた。

彼女はマイクを洋平に突き出しながら言った。

「すいません。今、街角クイズチャンピオンという番組を収録しているところなんですが、よかったら出てもらえませんか?」

 女性は歯並びのよいきれいな歯をくっきりと見せながら一点の曇りもない笑顔で言った。

「街角…クイズチャンピオン?」

 洋平は女性レポーターを見た。

 その後ろには番組スタッフだろう、カメラマンや、音声などの姿が見えた。

 女性の少し後ろ、国道に面した歩道には2m程の長さの赤い衝立が置かれ、そこには金色で縁取られた『街角!クイズチャンピオン!!』という文字が大きく書かれていた。

 衝立の前には、回答者席が二つ並んでいた。予算が少ないためだろうか、テレビで見るクイズ番組の回答席とは違い、ぱっと見ただけでも分かる随分と安っぽい作りだった。

 向って右側の席にはチャンピオン、左側の席には挑戦者という文字がやはり金色で書かれていた。

 チャンピオンの席には、汚いパーマ頭に度の厚い眼鏡をかけたおばさんが座っていた。よく見るとチャンピオン席の隣には、麻で織られた買い物かごが置かれていた。そしてそこからにょきっとねぎが1本顔を出していた。

 どう見てもチャンピオンというがらではなかったが、腕を組んで椅子にどっかりと腰を下ろしていたおばさんは、不敵な笑みを浮かべて洋平を挑発するような目つきで見た。

「悪いけど、僕、急いでるんで…」

 洋平は嘘をついてその場を立ち去ろうとした。

 今日の洋平の用事といえば、会社の面接を2社受けるだけだったが、それも今終わったところだった。だが、その内容はあまり芳しいものではなかった。履歴書に目を通した面接官は当たり障りのない質問を2、3繰り返しただけですぐに面接を終わらせてしまったからだ。

いらいらしていた洋平は早く大久保の家に帰って冷たい缶ビールで喉を冷やし、昨日ブックオフで買ったAKB48のアルバムを聞きながらふて寝してしまいたかったのだ。

 だが、立ち去ろうとする洋平の前に、女性レポーターはすばやく立ちふさがった。

「お願いしますよ。チャンピオンになれば商品も出ますよ」

 レポーターは哀願するような目つきで洋平を見た。

「う…」

 可愛い女性にこうまで必死に頼み込まれたので、洋平の心は微妙に揺れた。

 まあいいか…。少しくらい付きあってみようかな。

「じゃあ…少しだけなら」

 レポーターはにっこりと笑った。まるで洋平がそう言う事は分かっていたかのようだった。

「ありがとうございます。それでは挑戦者席の方にどうぞ」

 言われるままに洋平は席に着いた。

 隣のおばさんに対して「どうも」と軽く頭を下げたが、ふん、とふんぞりかえって目を合わせなかった。

(本気だよ…このおばさん)

 レポーターがマイクを握りしめてカメラに向かった。

「さあ、今週も始まりました。街角、クイズチャンピオン!」

 右手の拳を高く突き上げてレポーターは言った。

「現在チャンピオンは9週連続防衛に成功しております。ま・さ・に・最強のチャンピオンといっても過言ではないでしょう」

 レポーターにそう紹介されて、おばさんの鼻息は膨らんだ。

「そんな最強チャンピオンが、今日防衛に成功すれば、番組より記念として、リッツカールトンホテル一泊無料宿泊ご招待、最新式冷蔵庫、横浜中華街10万円分お食事券のいずれかが進呈されます!」

…やたら豪華な賞品だ。 

 洋平はちらりと横目でおばさんを見た。拳を握り締めている。そして冷蔵庫冷蔵庫と小さく…もない声でぶつぶつ言ってるのが聞こえた。

「問題はいつもの通り早押しで、5問先取した方が勝ちとなります」

 レポーターは振り返って2人の顔を見た。

「さあ、2人ともココロの準備の方はよろしいでしょうか?」

「いつでも」

おばさんは自身満々だ。

「はあ…。まあ…」

洋平は曖昧に答えた。

「それでは第一問」

 スタッフから渡された問題カードをめくりながらレポーターが言った。

「TBOとは何の略でしょうか」

 あ、それくらいなら知っている。

 洋平がボタンに手を伸ばそうとした。

 だがそれよりも早く、おばさんの手がボタンに伸びた。

「敵対的買収」

「正解です」

 おばさんはシャーと右手を突き上げた。

「さあ、早くもチャンピオンのシャーが出ました。チャレンジャー、ピンチですよ」

 …意味が分からん。なんでおばさんが奇声を上げただけで、俺がピンチにならなきゃいけないんだ。しかも一問目だぞ。早すぎるだろ。

 洋平の思惑とは関係なくクイズは進行していった。

「第二問」とレポーターが言った。

「現在の内閣総理大臣は?」

 洋平がポンとボタンを押した。

「チャレンジャー、回答をどうぞ」

「鳩山由紀夫」

「正解です!」

 洋平に1ポイント追加された。

 ふう、と一息ついて洋平はネクタイを緩めた。

 …わりと簡単な問題ばかりだな。まあ主婦向けのお昼の情報番組だ。高度な問題を出しても仕方ないか…。 

「第三問」とレポーターが言った。

「次回のオリンピックの開催地は何処でしょう?」

 洋平の手が動く前に、素早くおばさんがボタンを押した。

「チャンピオン、回答をどうぞ」

「リオデジャネイロ」

「正解です!」

 おばさんはまたしてもシャーと拳を突き上げた。

 …妙に悔しい。

 こんな感じで一進一退の攻防を繰り広げ、点数は4対4の同点になっていた。ここにきて、洋平のココロに熱いものがこみ上げてきた。最初は冷めていたが、気がつけば必死になっている自分がいた。就職がうまく決まらないなら、せめてこれくらいは勝ちたい…。負けっぱなしはごめんだ…!

「さあ…最後の問題です」

 …ごくり。

 洋平は唾を飲み込んだ。

「問題」

 その時、アナウンサーが口にしたのは全く予想もしていない事だった。

「あなたが今、一番欲しいものは?」

 …え?

 洋平の頭の中は固まった。

 …なんだそれ?

 クイズでもなんでもないじゃないか。

 間違いか…?

 だがレポーターもスタッフも皆真剣な目をしている。

 横を見ると、おばちゃんは腕を組んで苦悶の表情を浮かべている。

 欲しいもの…。

 簡単だ。

 それはチャンピオンに勝つこと。勝利だ!

 洋平はボタンに手を押しかけた。

 だがそこでためらった。

…いや、待てよ。…そもそもなんで俺はここにいるんだ。

そうだ。就職だよ、就職。俺は会社の面接に来たんだ。勢いで熱くなってたけど、俺が欲しいのは会社の内定だ。

 おばさんはまだ悩んでいる。

 そんなに欲しいものがあるのかよ!それなら俺がさきに…。

 洋平がボタンを押した。

「チャレンジャー、答えをどうぞっ!」

「か…会社の内定…」

 瞬間、場がシーンと静まり返った。

「あ…あれ…?」

 何故か正解のチャイムも、不正解のブザーも鳴らなかった。

 や…やっちゃったかな…?!

 俺は空気を読めなかったのだろうか。

 やっぱり、チャンピオンに勝つ事と答えるべきだったのだろうか。それとも女性のレポーターに向って、「君の愛」とか笑いを取りにいくべきだったのだろうか。

狼狽する洋平に、それまでじっと考えていたおばさんが急に口を開いた。

「あんた」

「な…なんです?」

「そんなに内定欲しいのかい?」

「え…ええ」

「どうしてもかい?」

 いきなりなんなのだ?

「ど、どうしてもですよ。僕も必死ですよ。生活出来なくなりますからね。でもそれは僕の問題で、あなたには関係ないことですよ」

 ふうーとおばさんは一回大きく息を吐いた。

「…関係あるよ」

「え」

 意味が分からない。

「あの…いくら“最強”のクイズチャンピオンでもそんな事は無理じゃないですか?」

おばさんは首を振った。

「まだ気づかないのかい?」

「…一体何のことです?」

 続いておばさんんが言ったことに洋平は衝撃を受けた。

「これも面接だったのさ」

「え」

 おばさんはすっと立ち上がると、胸のポケットから一枚の名刺を取り出して、洋平に差し出した。そこには『大日本物産 代表取締役社長 佐藤孝子』と書かれていた。その会社は今まさに洋平が面接を受けてきた会社だった。

「あ…あなたが社長…!」

 洋平は金魚のように口をパクパクさせた。

「堅苦しい面接だけじゃ当人の“素”の部分が分からないからね。いたずらで、今年はこうやってみたんだ。より深く本人を知るためにね」

 ハハハ、とチャンピオン…もとい佐藤社長が豪快に笑った。洋平はちっとも笑えなかった。

「皆もお疲れ様」

 佐藤社長がテレビスタッフに声をかける。女性レポーターを始め、皆、佐藤社長にお辞儀をした。テレビスタッフも、会社の人間だったという事か。

 洋平は佐藤社長の前で、姿勢を正した。

「そ…それで社長。面接の結果は…?」

 佐藤社長はポン、と洋平の肩を叩いた。

「あんたはよく頑張ったよ。この突然のハプニングにも、慌てることなく落ち着いて対応できたからね。見事だったよ」

「そ…それじゃあ…!」

 洋平の顔が期待でぱあっと笑顔になった。

「ただ…」

 佐藤社長の顔が曇った。

「最後の答えは駄目だったね。あそこは、レポーターの女の子に「君の愛」とか言って笑いを取ってほしかったよ。固いだけの人間じゃあこれから通用しないと思うからね」

「え…」

「だから今回は残念ながら不採用とさせてもらうよ。悪いね」

「ええ…」

 立ちすくむ洋平をよそに、佐藤社長達はさっさと引き上げていった。

「あっちが正解だったんだ…」

 社会の厳しさを痛感した洋平は、また次の会社の面接頑張ろうと思いながら、取りあえずブックオフへ向ったのだった。


 

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