35 勝負の……

 翌朝。

 スマホのアラームが鳴り、英美里の目が開く。いつもと違う天井いつもと違うベッド。

 身体を起こしてカーテンを開けると、高さ7階からの景色が遠くまで広がっている。

 美波は隣のベッドで寝ている。当然、起きる気配はない。

 もしかしたら起きたかもしれないが、それでも英美里が起こしにくるまで二度寝できると考えてるに違いない。


 英美里は寝起きが良い方なので、さっさとベッドから降りて洗面所へ行く。

 備え付けの歯ブラシで歯を磨く。洗顔料をしっかりと泡立てて優しく顔を洗う。化粧水、乳液を塗って部屋に戻るが、もちろん美波は未だぐっすりである。起きているわけがない。


 顔を近づけて寝顔を見てみる。よく美波の家に泊まるので見慣れた寝顔だけど、ホテルの部屋で寝ている姿は、なんだか特別な出来事のような気がしてしまう。

 起きているときはオドオドしていたり俯いていたりするが、寝顔はリラックスして自然体だ。


「顔はいいんだよなぁ。顔は」


 柔らかい頬を指で押す。10代というだけあって(英美里もだけど)すべすべだ。


「…………んぁ?」

「お、起きたか?」


 美波の瞼が半分くらい開く。

 寝起きでぼーっとしていたが、目の前に英美里がいる事に気がつくと、顔を赤くして布団を被る。


「こらこら逃げるな。起きる時間だぞ」

「うー……びっくりした」

「それはすまんね。はい、起きなさい」

「……はい」


 布団の上からポンポンと叩くと、美波はモゾモゾと動き出し、覚束ない足取りで洗面所へ向かった。


 英美里はベッドに腰を掛けてiPadを取り出す。ツイランドを開くと、またフォロワーが増えていた。今の時点で60万人だ。Chu-Tube の登録者は80万人。

 大会の配信で顔を見せたということで一気に増えている。顔につられやがってと思ったが、よく見てみると思ったよりも女性比率が高い。

 やはり、FPS界隈も女子プレイヤーは増えてきておるのだろうか。minazuki games にとっては良い傾向だと思う。


 私服に着替えて、ホテルのレストランで全員で集まって朝食をとる。

 絵麻は少し眠そうだが、一年生ふたりは朝から元気だ。慣れない環境での寝泊まりでも苦にはならないのか、肌もツヤツヤしている気がする。


 全員残すことなく朝食を平らげて、荷物を手に会場へと向かう。

 会場の更衣室は男女別になっているが、女子プレイヤーは少ないので全員同じ会議室で着替える。


 着替えていると、何かに気づいた美波が青ざめた表情で英美里の後ろに隠れる。何かと思って視線の先へ目をやると、肩から肘にかけて刺青の入った金髪の人がいた。

 確か、Kick Rob の選手だ。登録名はFENRiRフェンリル

 高校生であれだけの刺青を入れているなんて、個性的な大阪の中でも更に個性的な人なんだろう。

 FENRiRが長袖のシャツを着ると刺青は隠れて見えなくなるが、それでも鮮やかな金髪が目立つ。

 目つきも鋭く、お世辞にも人相が良いとは見られないだろうが、英美里の直感ではそれほど悪い人には感じない。


 あんまりジロジロ見るのもよくないので視線をそらす。

 こういうのをヤンキー用語でガンを飛ばすと言うはずだ。喧嘩を売っていると思われても良くない。関西ならメンチを切るか?


「美波、あんまりジロジロ見ないの」


 2人がそんな話をしているとき、当のFENRiRこと高山一夏たかやまいちかは、minazukiに話しかけたくてはうずうずしていた。


(試合前に話しかけたら迷惑かな?でも大会後だと会えるか分からんし……)


 何度か視線を送ってみるものの、目が合うことはない。というよりも、時間を追うごとに友達の後ろに隠れていっている気がする。


(小さいなぁ。あんな小さい手でどうやってマウス握ってるんやろうか?くそぅ、話聞きたいなぁ。こっち向いてくれへんかなぁ)


 その想いは届くことなく、美波は逃げるように去っていった。


 ちなみに、大会後にも美波と話す機会がなかったが、絵麻とは連絡先を交換できた高山一夏だった。



◇◆◇



 初日に頭一つ抜けたポイントを取ったRainbow squad、Hunters、Kick Rob の3チームは、2日目も勢いを失うことなく躍進を続けた。


 強豪ひしめく大会であっても、実力差には少なからず開きはあるものだ。

 更に大会ともなると、攻撃的なチームが慎重になってしまって調子を崩したり、無理にポイントを取りにいこうとして不利な状況に突っ込んでしまったりと、いつも通りのプレイができないチームがでてくる。


 一方でHunters やKick Rob といった結果を残しているチームは、いつも通りの実力を発揮できていた。

 実力からくる自信や、メンタルの強さが要因である。


 Rainbow squad の場合は、minazukiという諸々の要因を吹き飛ばす強さのプレイヤーがいるという点が大きかった。

 minazukiの場合、緊張によるデバフが少々入っていたとしても、それでも周りのプレイヤーよりは強かった。結果さえ出せば


 8試合目まで終了してRainbow squad が95 pt。Hunters が84 pt。Kick Rob が80 pt。

 残りは2試合。Rainbow squad が少し抜け出しているようにも見えるが、他の2チームにもまだまだ逆転の芽が残されている状況だ。


 そんな中で始まった9試合目……。

 この試合の結果では優勝がほぼ確定してしまう、大事な戦いが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る