22 これがいわゆる日常パート

 その日の勉強会は、ワイワイガヤガヤと騒がしく進んでいった。絵麻の友人たちのパワフルさといったら、どこからそんな元気が溢れてくるんだろうと不思議に思う。

 とはいえ、口を挟みつつも勉強はちゃんとやっているようで、問題集もそれなりに進んでいるようだった。


 放課後の教室に机を6つ引っ付けて、真ん中に英美里、右側に美波、その前に絵麻、残りが絵麻の友達が3人だ。

 美波は絵麻の友達に絡まれないよう、いつも以上に勉強に集中していた。「話しかけるな」というオーラを出しながら、背景の一部に溶け込むよう努力している。

 だが、そんなことお構いなしに話しかけてくるのが陽キャという人たちだ。


「月島って成績いいの?」


 英美里の目の前の──山崎花蓮が話しかける。

 美波は一度フリーズしてから、目線を上げずに「ふ、普通……」と答えた。

 花蓮は背が高くて目つきが悪いが、絵麻の友達なので悪い人ではないだろう。ということを理解しつつも、怖がってしまうのが月島美波である。


「ふーん」

「英美里が教えてるもんね」

「なるほど。確かに北野って教え上手よな。わかりやすい」

「それはどうも」


 絵麻が入ってきて話の輪が広がる。広がると美波はスッと抜けていくが、今日のメンバーは逃してくれない。


「絵麻と月島って、同じチームで大会出てんでしょ?月島ってよく喋んの?」

「ゲーム中はね。リアルで会うと目を合わせてくれないけど」


 絵麻が美波の顔を覗き込もうと顔を下げるが、美波の視線はノートに釘付けのままだ。

 ゲームのVCは目を合わせなくていいから気楽だが、面と向かうとどうしていいかわからなくなる。


「美波ちゃーん聞こえてますかー?」

「う、うん」

「面白いな」


 困った美波は英美里の方に顔を少し向けるの。どうやら助け舟を出せと言いたいらしい。


「絵麻は見た目が派手だからね。眩しいんじゃない?」

「あーわかる。絵麻、また髪明るくしたでしょ?」

「だって全国では配信のカメラ入るじゃん?可愛くしとかないと。ほら、関東大会の優勝インタビューさ、部屋が暗かったせいでなんか綺麗に映んなくて」

「いいじゃん。コメント欄盛り上がってたよ?ゲームの上手いギャルが実在したのかって」

「あたしは満足してないの。もいっかい美容院いかなきゃ。美波はどこで切ってるの?」


 せっかく話がそれたと思ったら再び返ってくる。


「え……?」

「美波は美容院が駄目だから、私が切ってるの」

「うそ!?北野切れるんだ」

「ちょっと揃えるだけよ。本当は行かせたいんだけど、ガチで逃げるから」

「あぁ……逃げそう……」


 絵麻が察したように呟く。

 実際、布団を被って頑として動こうとしなくなる。2時間ほど粘ってみたこともあるが駄目だった。


「いい方法ないかな?」

「うーん。美波は美容院の何が嫌なの?」

「……雰囲気」

「美容院の?」

「場所も、人も」


 美容院は本当にお洒落な所ばかりだ。店のデザインから椅子、装飾品、ちょっとした小物に至るまでとにかく気を使って設計されている。

 英美里ですら気が引ける場合があるので、当然美波が近寄れるはずがなく、入店した日には美容院の陽と美波の陰が混ざりあって対消滅するのではないだろうか。


「うーん。でも月島は髪切って化粧したら可愛くなると思うけど」

「あ、わかるーウチも思ってた!」


 今まで会話に参加してこなかった岡山真凛が割り込んでくる。もうひとりの宮林華も頷いている。これで全員が美波に注目している形になった。


「美波って素材は良いよね」

「こないだ月島が窓の外見てたけどさ、顔面偏差値高いなって思ったよ」

「地味に男子人気あるよね」


 全員が色々と話しながら美波に視線が集まる。美波に対処ができるはずがなく、顔を真っ赤にして視線を彷徨わせている。

 多分、からかわれていると思っているのだろうが、そんなことはない。みんな素直に褒めてくれているのだが、美波はどうしても穿った物の見方をしてしまう。


「美波。別にみんな意地悪してるわけじゃないからね?」

「……そうなの?」

「世の中にはね。額面通りに受け取っていい言葉がたくさんあるの」

「そう……かな?」

「そう。だから自信持って受け止めておけばいいの」

「それは、どうも……ありがとうございます」


 美波は小さく会釈しながら言う。こうやってコミュ力を少しずつ鍛えていけば、いずれ元気で明るい月島美波が見られるのだろうか。


「どういたしまして」


 絵麻がそう返したところで、教室のドアが開かれた。

 入ってきたのは男子2人。野球部の投手の西川と、バッテリーを組んでいる田野島だ。今年の夏、2年生ながらエースとして虹巻高校初のベスト4入りを果たし、甲子園まであと2勝まで迫った。


「みんな何してんの?」

「勉強だよ!偉いっしょ?」

「あんたらも勉強してる?テスト期間だよ」

「帰ったらやってるよ。うちの監督、赤点に厳しいから」


 2人は忘れものを取りに来たようで、ロッカーを漁っている。


「あ、絵麻んとこ全国っしょ?アーカイブ見たよ」

「おう!横浜コミュニティアリ-ナ!」

「いいなぁ全国。すげえじゃん」

「美波のおかげだけどね。強いんだこの子が」

「そうなん?」


 ふたりは意外そうな顔で美波を見つめる。

 この小柄で大人しい女の子がFPSで強いと言われても、イメージしにくいのだろう。


「ま、当日の配信見てなよ」

「ウチらは現地にいくけどねー」

「そーそー。旗作っていくよ」


 絵麻の友達3人組は現地参加するらしい。応援団がいるという事実は勇気をもらえるだろう。こういうのは意外と差が出ることもある。


「まぁ、頑張れよ。見てるからさ」

「まっかせな!」

「月島も」

「お……あ、はい」



◇◆◇



 その日の帰り、英美里と美波はいつものように並んで歩いていた。


「今日はたくさんの人と喋ったねー」

「うん。つかれた」


 いつもよりずっと疲れた表情をしている。1日中ゲームをしていてもここまで疲れた顔は見せない。


「でも、たまにはああやって話すのも良くない?みんな良い人だったでしょ?」


 世の中には良い人がたくさんいる。誰もかれもが片山瑠美衣ルビーみたいな人間ばかりではない。

 そうやって、すこしずつ世の中に慣れていってくれればいいと、英美里は思う。


「まぁ……たまになら」

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