13 楽しい懇親会②

 ボウリングは雫の圧勝で幕を閉じた。次いで絵麻、英美里と続き、後半の追い上げも叶わずすみれが4位で美波が最下位。最下位にも関わらず、確かな手応えを感じた美波は少し満足気だった。


 ボウリングを終えた一行は、次に某大型ショッピング施設へやってきた。

 先程のボウリングで距離感が近づいた美波と雫だが、今2人はベンチに腰を掛けてのんびりと休んでいる。飲み切ったスターバックスのコーヒーを手に、遠く友人たちの様子を伺っている。


「月島先輩。なんであの人達は、服を見るだけであんなに仲良くなれるんですかね?」

「さあ……?わかんない」


 視線の先では、英美里と絵麻とすみれがたくさんの服の間を行ったり来たりしている。特に買うわけでもないのに真剣に話し合ったり試着したりして、この1時間でもう4軒目である。

 美波を撮影するための自撮り棒は、何故が今は美波の手に収まっている。どうやら今は撮影の時間ではないらしい。


「あれが女子なんですね……」

「そうか、あれが女子か……」


 時折3人でこちらを見つめて、やはり何やら言葉をかわす。自分の服も買っていないのに、美波と雫の服でも選んでいるのだろうか。

 英美里とすみれも、さっきのバチバチ感はどこへ行ったのやら、どの色が良いか、どの形が良いかで真剣な議論を交わしている。「別に買わないんでしょ?」と思う美波と雫だったが、とてもじゃないが声をかける気にはならない。その一言は、ダイナマイトに火を付けるに等しい行為と理解している。

 これは嵐のようなもので、みんなの気が収まるまで身を潜めて待つしかないのだ。



◇◆◇



 3人の気が収まるまで3時間かかりました。


「さて、もうすぐ夕飯の時間だけど、なにか食べたいものはある?」


 唯一買い物袋を持った絵麻が全員に向かって意見を求める。こういう時は意見は出ないと決まっているのだが、今日は違うらしく、すみれがちょこっと手を挙げる。


「あの、良かったらうちに来ませんか?」

「いきなり行って大丈夫なの?」

「うち、スーパーでお肉と野菜を買っていけば、庭でバーベキューが出来ます」

「え、すみれの家ってそんなに広いの?」


 驚きの声を上げるのは英美里だ。何となくお金を持ってそうな雰囲気のすみれだが、バーベキューが出来る拾い庭を持っているとなると相当に広い家だ。


「うちの親、社長なんで」

「行って大丈夫なら、お邪魔しちゃおうか」



◇◆◇



 すみれの家は、大きな庭の付いた2階建ての家だった。家自体もかなり大きく、車が2台入るガレージがあり、聞くところに寄ると地下にホームシアターがあるらしい。

 玄関も広々としていて、旅館の入口と見間違うほどの豪華な造りになっている。


「あらまぁ皆さんいらっしゃい。はじめまして、すみれの母です」

「お邪魔します。急にすいません」

「いえいえ、雫ちゃん以外にお友達を連れてくるなんて珍しいから、ゆっくりいていってね」


 姉妹といっても通用しそうなほどに若い母親だ。すみれが16歳だから30代後半から40くらいのはずだが、20代といっても通用しそうな外見をしている。


「庭はこっちですよー。雫はグリル持ってきて」


 玄関で挨拶を済ませた後、一度外へ出て庭へと向かう。

 やはり庭は広く、キャッチボールができそうな程の広さがある。


「ところで先輩方、お料理は得意ですか?」

「あたしは全然」

「私は簡単な物なら作れるくらいかな。ちなみに、美波はお察しの通りよ」

「なら私がお教えいたしましょう。山田家のバーベキューというものを!」


 不敵な笑みを浮かべるすみれだったが、火をつけるのは雫の役目らしい。慣れた手付きで手際よく炭を並べると、先の長いライターで火をつける。


「炭の密度が違うでしょう?ここが強火、ここが中火で、ここは焼けたものを置いておく弱火ゾーンです」


 すみれが得意気に説明をしていくが、並べたのも火をつけたのも雫である。


「炭の状態が良くなるまでに肉の準備をしましょう」


 山田家の庭には大きな木製のテーブルがあった。そこに食材を広げて、肉には塩コショウを振る。野菜は切るものと串に刺すものに分かれる。


「動画なら私が撮ってあげますから、北野先輩もやりましょう」

「そうね。美波は包丁……を触らないでおきましょうね。ここにある野菜を串に刺して」


 美波が包丁を手にプルプル震えていたので取り上げる。が、串にプチトマトを刺していく姿も、見ているだけで不安になってくるくらい真剣な目をしていた。

 一方で絵麻は綺麗に野菜をカットしていく。


「田所先輩は何やってもそつなくこなしますね」

「器用でしょ?」

「はい。ここでハート型に切ろうとしないところが堅実で素晴らしいです」

「ギャルにどういうイメージを持ってるのよ……」

「ピンク色とキティちゃんとハート型に人生をかけているイメージですね」

「そんなわけないでしょ!」


 すみれを主導に、和気あいあいと準備が進んでいく。


「さて、では焼きましょうか!」

「待ってました!」


 じゅーじゅーと美味しそうな音を立てて肉が焼かれてく。カットされたトウモロコシや椎茸、串に刺さったプチトマトなども

 雫が真剣な目で肉の焼き加減を確認している。


「雫はね。うちのパパから焼き加減マスターの称号を与えられているのよ」


 そんな称号があるのかと皆が思ったが、それよりも、雫はすみれの父親に認められるほど一緒にバーベキューをしているという事実に驚く。想像以上に家族ぐるみのお付き合いらしい。

 良い焼け具合になったモノから弱火ゾーンへ移されていく。


「では、いただきます」


 そこそこの数の肉が焼けたタイミングで、遂に食べる時間がやってきた。


「美味しー!」

「やっぱ牛肉最高だわ」


 スーパーで買ってきた普通のお肉なのに、外で焼きて食べるだけで一段と美味しく感じる。もちろん野菜も同様だ。焼きたてほやほやで美味しくないモノがこの世にあるだろうか?いや、無い。

 お肉のエネルギーが全身に行き渡り、活力が溢れてくるのを感じる。更に追加で焼ける肉の音が、新たなる幸せをもたらしてくれる。


「満足だ。いつ死んでも悔いはない」


 とろけるような顔の絵麻が呟く。


「死なれたら困るけど、否定しきれない自分がいるわ」


 昇天しそうなほど幸せな時間だ。


「月島先輩、食べてますか?お野菜も食べないと次の肉あげませんよ」

「う……」

「何というか、予想通りの舌ですよね……はい、椎茸」

「待って!他の……コーンとかで」

「ダメです!」

「英美里ちゃん……」

「食べなさい」

「うぅ……」


 若干一名、唸りながら野菜を口に入れる人がいたものの、みんなでお腹いっぱいお肉を食べた。最後に締めのアイスを別腹に流し込み、大満足のバーベキューでになった。



◇◆◇



 今日の懇親会は成功したと言って良い。

 この一日で心の距離が近づき、問題点だったコミュニケーションが円滑に交わせるようになるだろう。

 修正してほしいことも言いやすくなるし、出来ないことは出来ないと言える。ミスがあっても必要以上に責任を感じずに済む。時に軽口を叩いてリラックスも出来れば、緊張せずにプレイが出来て持っている力を十分に引き出せる。そして、FPS歴の浅い後輩からもアイデアが出せる。


 事実、虹巻高校パソコン部、チーム名「rainbow squad」は、次の日から生まれ変わったように強いチームへと変貌を遂げた。

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