追憶の中に居た
「所詮、過去の綺麗な思い出だって、そんなセピア写真みたいな話」
真希さんにそう吐き捨てられてしまったもんだから、妙な説得力に圧されて頷いてしまう。
陽の照り付けるアスファルトを他人事みたいに横目で見て、私はこっそり苦笑いをした。
「あのね、アタシだって誰にも負けないって恋、したけどね…やっぱり幻想だったわよ」
18歳でできちゃった結婚、挙げ句ハタチで離婚した彼女は言う。
「誰よりも幸せになりたいなら、堅実で真面目な男探すしかないんだって」
目線がちょっとおばさんですよ真希さん、なんて言ったが最後、カット中の頭を丸坊主にされかねないから絶対に言わない。
「ん?でも何で今更元カレの話なの?」
心底不思議そうな真希さんと鏡越しに目が合ってしまって、私の顔面の苦笑いに気付かれた。
「んっと…はは、実は今日、そいつと付き合い始めた記念日なんですよねぇ」
「は!?ナリちゃんまだそんなんに囚われてんの!?」
はぁ~無駄無駄!真希さんが呆れた風にハサミを振り回す。
「そいつと別れて何年?」
「えっと…高校卒業して、だから3年ですね」
「ナリちゃん彼氏いるよね、今」
「はい、まぁ…」
「どんなやつ?堅実?カタブツ?」
真希さんは自分の仕事も忘れて私の顔を覗き込む。
「堅実、かは微妙ですけど、真面目だと思いますよ、比較的」
私の答えにふーん、と頷いて、気を取り直したように再びしゃきしゃきとハサミの音を響かせる。
「なんかナリちゃん、恋する女の子って感じの反応じゃないもんなぁ…ツマンナイ」
「え、そうですか?」
「うん、あ前髪流すね」
仕事に再び集中し最後の仕上げにかかる彼女の手さばきを、まるで見惚れるかのように目線が追う。
「タイプ違うの?」
突然の問いかけに、ハサミの行方を追いかけていた目が止まる。
真希さんは鏡越しにそれに気づいた風だったが、動じることもなく続けた。
「今のと前の」
の、の一文字で人間を表すその大胆さが真希さんらしくて、思わず吹き出してしまう。
「あぁ全然、逆ですね」
「ふーん…」
しばらく黙り込んだかと思えば、何事もなかったかのようにハサミを動かし始める。そしてそれきり、何故だか真希さんは特に言葉を発することもなく、ドライもセットも済ませて仕事を終えてしまった。
「じゃあ真希さん、ありがとうございました」
いつものコースで会計を済ませて店を出る間際、ナリちゃん、と後ろから声を掛けられて振り向いた。真希さんがなんだか複雑そうな表情で私を見ている。
「ナリちゃん、あのね。セピア写真は思い出だし、もうカラーにはなんないかもだけどね、」
一際大きく鳴いた蝉が、彼女を少し躊躇わせる。
「…別に無理に忘れることなんてないんだからね」
夏の気配と同化するようにそっと言った言葉は、私の耳に届いてから脳に行くまでに少しの時間を要したらしい。
蝉時雨は盛るように大合唱で、意味を測りたいのにうるさくて集中出来ない。
真剣な真希さんなんてすごく珍しいもんだから、意図を測れないこともあって私はなんだか萎縮してしまった。
「え、えっと…」
「あぁ…っと、まぁつまり、囚われる、と忘れるってのは違うってことよ」
そう言ってくしゃっと笑う顔は優しくて、だけどどこか寂しくて。
泣きそうだ、なんて気付く頃には、私は他人事だったアスファルトの照り返しに身を焦がされていたのだった。
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