第40話 逃走劇

「で、出口どっち?」

「さあ?」


 刃のおかげで無事牢から脱出できた私たちは、早く逃げようとしたんだけど、出口が分からず未だに出られずにいた。つまるところ迷子である。

 途中箱に入れられたまま移動したせいで、ここまで来た道順が分からないのは致命的だった。


 見つからないように隠れながら探しているせいで余計に出口を見つけるのに時間がかかってしまっている。

 仕方がないか。見つかったらまた牢に逆戻りだろうし、今度こそ見張りが厳しくなって逃げ出すのが難しくなるだろう。今は慎重すぎるくらいでちょうどいい。


「あっ!また人来た!」


 私たち2人は慌てて、無造作に置かれた荷物に紛れて息を殺してやり過ごす。

 そのまま通り過ぎていったのを確認し、もう何度目か分からない安堵の息をついた。この時ばかりは体の小さい子供で良かったと思う。煩雑に放置されている荷物が多いおかげで隠れる場所が多くて助かっているのが不幸中の幸いだった。


「とは言え、いつまでもこのままじゃあ…」


 あれからしばらく経つし、私の引き渡しがいつかも分からないけど、いずれは私たちが逃げ出したことにも気づくだろう。捜索が始まってしまえば、見つかるのも時間の問題だ。

 早く脱出したいのは山々だけど、大きな組織なのか予想以上に建物内が広い。これだけ歩き回っても出口らしきものが見つからないのは予想外だった。


「この建物も木じゃなくて土壁っぽいし。この国ではあまり見ない建築様式…、ん?」


 私は壁に手を当て考え、そして何かが思考の隅に引っかかった。それはここに連れてこられてからずっとどこかにあった違和感。ここは一体どこなのかということ。

 表沙汰にはできない組織の割にはあまりにも広すぎる建物。この国では一般的な木造建築ではないこの壁。普通に考えれば目立つことがないように周りに合わせて一般的な建物を拠点にしそうなものだけど、ここはそうじゃない。時間から移動距離を考えても、帝都の外を出ているとは考えにくいし。

 そして窓ひとつ見かけない代わりに等間隔に置かれた灯り。最初は中を覗かれることがないように設計されたのだと思っていたけど、そもそも窓を作ることができないのだとしたら…


「ねえ、刃。どこかに階段は見かけた?」

「ん?ああ見かけたぞ。なんでか上の様子は見えなかったけど。」

「ビンゴ!」

「び、びんご?」


 私は自分の予想が当たっている可能性が高いと感じて指を鳴らした。


「どうりで出口が見つからないわけだよ!おそらくここは地下なんだ!」

「地下?それって地面の下に家を造ったってことか?そんな建物があるのか?」

「多分そう!」


 水資源が豊富で水脈が国中に張り巡らされているこの国ではあまり一般的ではない地下室だけど、地上にカモフラージュとなる倉庫でも置いておけば早々見つかることはない。悪党たちには使い勝手のいい広い拠点を目立つことなく手に入れることができるというわけだ。

 ここまで言っておいて違ったら恥ずかしいけど、この狭苦しい空間の雰囲気からしておそらく間違いないと思う。


「だから出口は階段を登った先にある!…と思う。」


 最後は自信なさげに口ごもってしまったけど、刃はそれを聞いて迷うことなく強くうなづいた。


「分かった!行こう!」

「…うん!」


 地下室なんて知らないだろうに、疑うことなく私の直感を信じて行こうと言ってくれた刃に私は胸が熱くなる。まだ会ったばかりであるにも関わらず、私たちの間には困難を共に乗り越えようとする仲間のような絆が生まれたように感じた。


 …そんな物語のようなこの状況に私は酔っていたのだろう。

 自分たちが物語の主人公であるように錯覚し、出口が目前であると予感して私たちは迷うことなく階段を駆け登っていく。


「…このガキ共、どこから迷い込んだ?」


「あ…、」


 少し考えれば、隠された拠点である地下室の入り口に見張りがいることなんていつもの私ならば簡単に予測できたはずなのに。

 蓋のされた階段の先、ようやくここから逃げ出せると気持ちが逸り周囲の確認を怠ったその代償を私たちは払うことになる。


「見つかった…!」


 二人の見張りに、愚かにも無防備に階段から頭を出した私二人は首根っこを掴まれ、その軽い身体が易々と宙に浮く。


「や、やめろ!離せ!」

「んー?お前、どっから逃げ出した?そっちの娘っ子は浮浪児っぽくないな。商品じゃねえのか?」

「おい。あれじゃないか?自分から迷い込んだっていう馬鹿なガキがいただろ。」

「あー、あれか。確かそんな馬鹿もいたなあ。んじゃあ、やっぱりこいつら逃げ出してきたのか?」

「さっきから馬鹿馬鹿五月蝿いんですけど!?」


 悪態をつきつつもその手から逃れようとジタバタ暴れるけど、所詮子供の私では荒事の世界で生きる大人に敵うはずもなく、まるで水中に落ちてもがく虫のように無力でしかなかった。

 だけどようやくあと一歩のところまで来たのだ。こんなところで捕まるわけにはいかない。


 私はなにか突破口はないかと周囲を観察した。

 幸いにもここにいるのはこの見張り二人のみのようだった。体格はいいが、身のこなしを見るに私の知る武人たちのように武芸に優れた強者というわけでもなさそうだ。なんなら兄貴のおじちゃんの方が強そう。

 逃げ出した私たちを見ても呑気に構えておりあまり慌てている様子もない。


 もしかしてだけど、この二人、私が買い手がついていることをまだ知らないんじゃない?

 見張りのどうするか戸惑っている様子を見てそんな考えが浮かんだ。


 兄貴のおじちゃんの話からすると、本来なら浮浪児じゃない子供は商品にはならないと言っていた。おじちゃんたちだって最初は私のことをそのうち解放されるだろうと言っていたくらいだ。

 私の場合は特殊な状況だといえる。恐らく私の正体をなんらかの方法で知った取引先の他国の人間がこれ幸いとばかりに私の身柄を確保しようと普段ならしないような無茶をした。

 まだそのことが周知されていないのか、それとも浮浪児ではない私の取り引きを秘密裏に行いたいのか。

 いずれにせよ、私の姿を見て慌てていない様子から見ても、なんとしてでも逃さないという気迫を彼らからは感じない。今はまだ、私のことをいずれ解放される迷い込んだだけの馬鹿な子供だとそう考えていても不思議ではなかった。そして突破口はそこにある。

 だけど問題は、その糸口をどうやって掴むかということなんだけど…


「仕方ねえ。上に判断を仰ぐか。」

「そうだな。」

「え!?」


 そんなことをされたら私たちは間違いなく牢屋に逆戻りだ。それどころか二度と逃げ出せないように厳重な監視下に置かれるだろう。

 そうなったら今度こそ完全に逃げるチャンスを失ってしまう。

 もう脱出のチャンスはここしかないのに…!


「あー。お嬢さん、ここにいやしたか。随分探しやしたぜ。」


 絶体絶命の中、トドメを刺すかのように聞き覚えのある口調と声が聞こえ、私は身体が凍りついた。


「…し、下っ端のおじちゃん。」


 視線を上げるとそこには、あの気絶していて刃から鍵をすられた間抜けな下っ端のおじちゃんがいた。

 …ああ。完全に終わったわ。


 鍵がなくなったことがバレたのだろうか。恐らくあの後、私たちが逃げ出したことに気づいて追いかけてきたのだろう。

 はぁはぁと息を荒げて走りよる下っ端のおじちゃんの姿に私はここまでかと項垂れた。


「はあ…。すいやせんねえ、御二方。このお嬢さん、案内しているうちにはぐれちまいやして。危うく兄貴に大目玉を喰らうところでしたよ。」

「ああ、お前か。そのお嬢さんってこいつのことか?」


 見張りは私を顔の位置まで持ち上げると興味深そうに覗き込む。目が合ったので睨み返してやった。


「へえ、左様で。なんでもお得意様のお嬢さんが付き人の子供と紛れ込んじまったようでしてね。バレる前に秘密裏に保護しろと兄貴に言われやして。…あ、これ内密に願いますよ御二方。」


 コソコソと小声で見張りの一人の耳元に顔を寄せた下っ端のおじちゃんの視線がちらりとこちらに向けられる。

 問答無用に牢屋に連れて行かれると思っていた私は、話の内容についていけず刃と顔を見合わせ首を傾げた。

 困惑している私たちに、下っ端のおじちゃんは見張りに見えないように辛うじてウインクをしているのだろうと思われる顔で両目を閉じ顔をクシャッと歪ませる。…うん。ウインクでいいんだよね?


 そんな下っ端のおじちゃんの真意を図りかねていると、私を持ち上げていた見張りから「うげっ…」と嫌そうな声がしてポーンと放り出された。


「そんな厄ネタこっちに漏らすんじゃねえよ。関わりたくもねぇ。下手すりゃこっちの首が飛んじまう。さっさとそのガキ共連れて行け。俺たちゃなんも聞いてねえし、なんも見なかった。」


 見張りは心底嫌そうな顔をして犬を追い払うようにシッシと手をふった。

 し、失礼なやつめ。私は犬か!


「へえ。そんじゃあ、失礼しまあ。」


 へこへこ頭を下げながら、下っ端のおじちゃんは私たちを引きずって小屋の外へと連れて行く。


 やっぱりさっきの会話から考えるに、私のことはあまり大勢には伝えないように極秘に動いてるのかもしれない。

 そしてそれは私にとって都合の良い状況だといえる。監視の目が少ないならば、逃げるチャンスはそれだけ増えるはず。

 あとはこの下っ端のおじちゃんだけでもどうにかできれば……


 私は近くに落ちていた角材をそっと手に持った。


「はあ、危ねえところだった…。逃してやろうにも鍵はねえし、嬢ちゃんたちはいつの間にかいなくなってるし、もう頭が売っぱらったんじゃねえかって心配したんだぜ?」

「…え?」


 私は角材を頭上に振り上げたまま、疲れた様子で振り返った下っ端のおじちゃんと目が合った。おじちゃんの目がパチリと瞬いた。


「あ、いや。逃げるにもなにか武器は必要かなって。」


 なんだか気まずくなって目線を逸らしながら、ソロ〜っと振り上げた手を下ろした。

 キョトンとして私を見ていた下っ端のおじちゃんが納得したようにうなづく。


「なるほどなあ。追手も来るかもしれねえし確かにそうだ。二人とも小せえのに度胸があるなあ。」

「…二人?」


 隣を見ると刃もまた角材を手に持っていて気まずい表情をしていた。…なるほど。考えることは同じか。


 うん。危うく善良なおじちゃんが刃にやられるところだったね。危ない、危ない。

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