第2話 異世界のメイド服は露出が激しくどうしてエッチなのか
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「うわぁ……冷酷って言葉がよく似合うクールなイケメン」
自身の部屋すら知らない倫理改めカルトヘルツィヒは、近くに居た魔族にカルトヘルツィの部屋を案内してもらい、姿見で己の姿を見ているところであった。(とても訝しまれたが)
漆黒の髪に琥珀色の瞳。細く、切れ長の釣り上がった目は冷たい短剣のように鋭く、
身長は高く、日本人の平均であった倫理を優に越している。見た目は二十代前半といったところか。
無駄のない引き締まった体を包むのは黒の軍服。
袖を通さず、羽織るだけの黒いコートがより威圧的な印象を与えている。
正に冷酷非道な美麗なる軍人といった容姿だ。
中肉中背、顔面偏差値は中の上――と本人は願っている――であった、普通を絵に描いたような倫理とはかけ離れた美丈夫であった。
「……けど、容姿の差異より、そもそも人間に生えちゃいけないものが生えてるのよね」
頭上に煌めく黒く艶やかな角。
そして、体を包めるほどに大きな蝙蝠の翼が、カルトヘルツィヒの意志に伴ってバサリ、バサリと音を立てて動く。
カルトヘルツィヒが目を覚まし初めて出会った男たち同様、悪魔と酷似した姿はどう言い繕っても人間ではなかった。
これが夢だとするならば、カルトヘルツィヒももっと肩の力を抜いて気楽にいられた。
けれども、自身の体に触れる感触。鼻孔をくすぐる嗅ぎ慣れぬ匂い。
視界に映る西洋の屋敷を想起させる内装は、清水倫理が家族と一緒に暮らしていた日本のマンションとはかけ離れていながら、確かな現実感を持って存在していた。
カルトヘルツィヒは姿見から離れ、少し傷ついていながら高級感を感じさせるアンティーク調な椅子に、力尽きたように腰かける。
目の前が真っ暗になるような現実であるが、認めないわけにはいかない。
「ってことは、本当に僕はどこの誰とも知れない魔王の幹部になっちゃったの?」
自身の名前は清水倫理。彼はそう認識している。
けれど、現状周囲から呼ばれている名前は魔王軍幹部のカルトヘルツィヒ。
姿も違えば、周囲の環境も全く異なる、正しく異世界に迷い込んだような感覚。
受け止めるにはあまりに大きな事態。
(ひと眠りすれば、元の世界に戻るなんてことはないかな?)
現実逃避であったが、異世界だ転生だなどと漫画やアニメのような状況を素直に受け止められるほど、カルトヘルツィヒは大人ではなかったし、子供にもなりきれなかった。
天蓋付きのやたら豪奢なベッドにボフリと倒れ込む。
「……ふかふかかよぉ」
現実では体感したことのない体を包み込むように沈んでいくベッドに、一層現実味が帯びていく。
まさか、ベッド一つにさえ『ここは異世界なんだ』と突き付けられるとは思っておらず、カルトヘルツィヒは不貞腐れるように花の香がする枕に顔を埋めた。
(もうなにも考えたくない)
瞼を閉じ、思考停止して意識をシャットダウンしようとしたが、やたら丁寧なノック音によってその眠りは妨げられる。
(誰? …………ほんとに誰だろうっ!?)
想定すらしていなかった来客に、バケツ一杯の水をかけられたように覚醒したカルトヘルツィヒはあたふたと慌てふためく。
返答を待っていたのか、二度目のノックが倫理を急かす。
「は、入っていいですよ!」
これ以上待たせるわけにはいかないという申し訳なさから出た入室許可であったが、この咄嗟の行動をカルトヘルツィヒは直ぐに後悔した。
(体調悪いって言って帰せばよかったっ!)
痛恨のミス。
けれども、今更撤回するのはそれはそれで相手に悪い。
うがーっ! と頭を抱えたい衝動を覚えながらも、枕をぎゅうっと抱えてこれから入ってくるであろう何某に備えた。
音もなく、ゆっくりと扉を開けて入室してきたのは、銀食器のように美しく輝く銀髪を清流のように太腿付近まで伸ばした美しいメイドであった。
彼女は後ろ手で扉を閉める、なんて無作法な真似はせず、開けた時同様扉の軋む音すら立てずに静かに閉める。
「失礼致します」
無駄のない、洗練された所作でお辞儀をする角の翼もない見た目は普通のメイドに、我知らず倫理は魅入ってしまう。
日本人離れした明暗のハッキリとした整った顔立ち。
ややキツイ印象を抱かせる吊り上がった目を飾るのは、明るいマリンブルーの瞳だ。
肉感的な女性とは対照的に、無駄を一切そぎ落とされた美神の彫刻かのような造形。
肩から二の腕、胸元にかけて露出したメイド服から、慎ましやかながらも色っぽさを感じさせる白い谷間が顔を見せている。
――綺麗な人……。
これまで見た誰よりも美しい女性に、先ほどまで焦っていたのも忘れてカルトヘルツィヒは目も心も奪われてしまう。
放心して魅入ってしまったのがいけなかったか、彼の前に立つメイドは端正な顔を困ったように歪ませる。
「いかが致しましたか? カルトヘルツィヒ様」
「あ……ごめんなさい。不躾でした。その、見たことないぐらい綺麗だったから、つい」
「……カルトヘルツィヒ様にしては珍しい冗句でございますね」
彼女に声をかけられ、魅了状態から解き放たれたカルトヘルツィヒは素直に気持ちを吐露した。
彼の本心であったが、メイドにはお世辞として受け止められてしまったようだ。
常ならぬカルトヘルツィヒの態度に困惑しているのか、眉尻が下がっている。
(カルトヘルツィヒさんは、褒めない人だったのかな?)
容姿を売りにするモデルやアイドルですら、泣いて逃げ出す美しい女性だ。
面と向かって女性を褒めるのが苦手なカルトヘルツィヒですら、つい言葉に出てしまったほどだ。
そんな彼女の容姿を褒める言葉の一つも口にしないとは、前のカルトヘルツィヒとは女性に興味のない男性だったのかもしれない。
そうやってカルトヘルツィヒの人物像を結論付けていると、メイドが口を開く。
「それで、いかが致しましょうか?」
「……? いかが、とは?」
「……カルトヘルツィヒ様。体調が優れないなら後日に致しますが」
「へ? 全然、大丈夫です、はい」
「左様でございますか?」
とても怪しまれている。
困惑げだった瞳を細めるメイドの態度は、見るからに
捕虜であろう他国の姫を凌辱したり拷問するのが、部下の暴走ではなく国の重鎮である幹部が率先して行う国だ。
(もし、カルトヘルツィヒの中身が僕だって知られたら……ひぃいっ)
ギロチンで首を落とされる光景を想像してしまい、カルトヘルツィヒはぶるりと身震いする。
これまでのカルトヘルツィヒがどういった人物であるのかわからない以上、演技のしようもなく、そもそも今のカルトヘルツィヒに人を騙すほどの演技力はない。幼稚園のお遊戯会での役職が毎回『木』だったのは伊達ではないのだ。
どれだけ疑われようが、体はカルトヘルツィヒであることに間違いはない。
下手を打ったところで早々にバレるわけもなく、問題ないとこくこくと何度も頷き、ついーっと視線を逸らして誤魔化すのみである。
当然、疑わしさ満点のカルトヘルツィヒの態度にメイドは胡乱な眼差しを向けたが、これ以上の追及は失礼だと感じたらしい。表面上は怪しむのを止めた。
「カルトヘルツィヒ様が捕えた人族の王女、シャルロット・ブークリエ様についてでございます」
「シャルロット……? あぁ、あの可愛い子ですか」
「……はい。その、可愛らしい姫君であるシャルロット様の処遇をいかがしますか?」
「いかがもなにも、解放して家に帰せばいいだけでは?」
(突然だったからあまり考えなかったけど、あの子はあの子で可愛かったなぁ)
牢に囚われていたためか、少々薄汚れてはいたが、彼女の美しさはなに一つ損なわれてはいなかった。
ほけーっと、能天気にシャルロットのことを思い出していると、鳴りを潜めていたメイドの懐疑的な表情が戻ってくる。
「カルトヘルツィヒ様が策略を巡らし、内通するシャルロット様の兄君を動かしてまで捕えた姫君をただで解放すると……?」
「へ……?」
メイドの言葉を聞いたカルトヘルツィヒは、意味を理解して間抜けな声を上げる。
(えぇ……シャルロットていうお姫様捕まえたの
メイドが怪訝な顔をするのも仕方がない。
自身で綿密な作戦を考えて捕虜にした他国の王女を、特別な意味もなく解放するだなんて。
自身で丁寧に掘った穴を、粗雑に埋めるようなとち狂った行動だ。
カルトヘルツィヒとて逆の立場であれば、精神科をオススメする。
不審極まりない言動であったが、だからといって撤回するわけにもいかない。
それこそ、精神が不安定な狂人の言動であるし、なにより、シャルロットをあの薄暗くかび臭い牢屋の中にいつまでも閉じ込めておくのはあまりにも忍びなかった。
「ええっと、もしかして、駄目、かな?」
「……駄目、とは申しませんが」
悪いことをした子供が母親の機嫌を伺うように、恐る恐るメイドの反応を確かめる。
なにやら言い淀み、メイドはどう言ったものかと悩む素振りを見せる。
(怪しまれてるのかなぁ)
カルトヘルツィヒが正体がバレないかとドキドキしていると、突然メイドが頭を下げてぎょっと目を剥く。
「いえ、カルトヘルツィヒ様であればお考えあってのことでしょう。深淵のごとき智謀に、メイドたる私が口を挟むべきことではございませんでした。どうか、知恵なきディーナをお許しくださいませ」
「あぁっ、そんな! ディ、ディーナさん! 頭を下げなくって大丈夫ですよ!」
メイドさんの名前はディーナというらしい。
不審に思われる前に名前を知れてほっとしつつも、深く頭を下げるディーナをどうすればいいのかわからず慌てふためいてしまう。
カルトヘルツィヒの言葉受け、顔を上げたディーナはそれはもう良い笑顔を浮かべていた。
喜色満面。手を組んで祈りそうな勢いで、
「主のお心遣いに感謝致します」
「そ、そんな恐縮されることでは」
「ただ、ご主人様のお考えは私には理解しかねますが、このままでは魔王様の命に背いたとして、罰を受けることになるやもしれません」
「ば、罰?」
「はい」
照れ照れと、美人なメイドさんの感謝の言葉に嬉しさと気恥ずかしさを覚えて頭の後ろをかいていた中で告げられた罰という言葉に、カルトヘルツィヒの顔はわかりやすく青褪めてしまう。
「あの……罰、あるの?」
「魔王様の命に背き、敵国の、それも王族を逃がすのであれば必然そうなるかと。当然、聡明なカルトヘルツィヒ様であれば、お気付きであるとは思いますが」
「ば、罰って、どんな?」
当然お気付きではないカルトヘルツィヒは、恐々と罰の内容を聞いてみる。
(拳骨とか、お昼抜きとか、そういうのではないよ、ね?)
子供の悪戯を叱る親ではあるまいし、そんなわけはないとは思いつつも、その程度の罰であることをカルトヘルツィヒは期待してしまう。
けれども、現実は残酷であり、ディーナはさも恐ろしげに身を震わせながら、感情をこめて罰の内容を語る。
「そうですね……体を斬る、焼く、煮るなどといったごく一般的な拷問は勿論のこと」
「い、一般的?」
「魔王様のご機嫌にもよりますが……最悪、」
開いた手を首に添え、すっと首を切る動作にカルトヘルツィヒはひっと小さく悲鳴を上げる。
「首と胴が、離れるでしょうね」
「しょ、処刑」
考えないようにしていた最悪の事態に、カルトヘルツィヒはよろよろとベッドに倒れ込んでしまう。
(ど、どど、どうしよう!?)
内心の焦りはピークに達している。頭の中はぐるぐる混乱し、熱を出しそうなほどに考えを巡らせる。
(勝手に逃がしたら処刑! うぅ、でも見捨てるわけにもいかないしぃ)
見捨てたとしても咎められるわけではない。けれど、助けられるのに助けなかったという悔恨はカルトヘルツィヒの中に残り続ける。
いずれ必ずその重圧に負けて心が折れてしまう。カルトヘルツィヒは誰よりも己のことを理解していた。
枕で冷たい美貌を覆い隠し、ごろごろごろごろと転がって苦悩する。
そんな
考える余裕すらない滑稽な
「……(頭は)大丈夫でございますか? ご主人様」
なにやら不本意な主語が隠されていそうなディーナの言葉。
カルトヘルツィヒが投げた枕を見事に受け止めた彼女を尻目に、彼は方策を決める。
「いよし! 魔王様に許可を取ろう!」
なにごとも報告、連絡、相談が大切である。
言ったら怒られるかもしれないからと勝手に判断し動いてしまう前に、上司に確認を取っておくのは必須である。リスクヘッジであり、責任の分散とも言う。
……ところで、魔王様の名前ってなんていうの?
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