何処かで聞いたお伽噺

一銭

美しい姫と醜い男

 あるところに、それはそれは美しい姫がおりました。

 姫は美しい王と美しい后の血を引いて、生まれ落ちたその時より輝くばかりに美しく、周囲に大切に大切に育てられました。

 汚いものも醜いものも悲しいものも憤るものも美しい姫からは遠ざけられて、ただただ、綺麗で柔らかくて美しくて楽しいものに囲まれて育った姫は、とても優しい少女に育ちました。

 ある日のこと。

 姫が美しく整えられた庭を散歩していると、大きな声と小さな声と何かを叩く音が聞こえてきました。音がする方に目をやると、庭師の男が蹲った男を棒で打っていました。大きな声は庭師の怒鳴り声、小さな声は打たれている男が泣きながら謝る声だったのです。


 「あれは何をしているの?」


 美しいものだけに囲まれて育った姫は、怒鳴り声も泣き声も聞いたことがありません。殴るという行為も分かりません。

 側仕えが慌てて庭師を咎め、追いやりました。姫に見せてはいけないものでしたから。殴られていた男は歩くことができず、召使いに引きずられました。


 「お待ちなさい。」


 姫は男に興味を持ちました。頭から血を流し、涙と涎と泥で汚れて呻く姿が不思議でならなかったのです。


 「なぜ、この方はこのような・・・?」


 綺麗なものしか見たことのない姫は、続く言葉さえ持っていません。大事に大事に育てられて、自分の涙さえ見たことがないので泣くという事が分からなかったからです。物語の中の涙は知っていましたが、優しい物語しか読んだことがないので同じものだとは思えませんでした。


 「姫様、あちらへ参りましょう。」

 「このような醜いものを見てはなりません。」

 「ほうら、薔薇が美しく咲いていますよ。」


 綺麗なものしか見たことのない姫には、男の姿はあまりに興味深いものでした。男はとても醜い姿をしていたのです。側仕えが誘っても、召使いが花を摘んで見せても興味が移りません。


 「ねえ、あなた。お話なさって。」

 「姫様、なりません。」

 「まあ。」


 下賤の者に直接声をかける事ははしたないと咎められ、姫は驚きました。今まで怒られた事も咎められた事もなかったのです。姫の驚く顔を見て慌てたのは咎めた側仕えです。姫がしたいと思った事を咎めることを、した事がなかったのです。

 慌てる側仕えを見て姫はこてんと首をかしげて、幼い頃より隣りにいた側仕えの初めてみる姿にも興味を持ちましたが、今はそれよりも男のほうです。

 男を捕まえていた召使いが手を離したので、男はその場に額を擦り付けるように蹲りました。顔を見せることは不敬になります。


 「ねえ、あなた。何があったのか、お話してくださるかしら。」


 今度は誰も咎めませんでした。咎められた事のない姫は、自分を制止する言動に驚きはしたものの、聞かなければならないものだとは感じませんでした。

 男は身分の高い方に自分のような者が直接話してはならないと知っていましたから、姫に話せと言われて困ってしまいました。話すのは恐れ多いが、命を無視するわけにもいかないのです。


 「あの、私は・・・」


 それだけ言って辺りを見渡します。側仕えも召使いも黙っています。話して良いのでしょう。


 「私は、街で花屋の下働きをしております。今日はこちらへ苗を持ってあがりました。普段は私のような者が来ることはありません。旦那様か、こちらへ上がるのに相応しい店のものが参ります。ですがこの度、店の者が皆食中りで寝込んでしまい、納品のお約束を違えるよりはと私が持って参ったのでございますが。」


 そこで男は口を閉ざして姫を盗み見ました。姫はじっと男の言葉に耳を傾けています。こんな自分にも声をかけ、話を聞いてくれる優しい姫様。この方ならば、聞いてくれるだろうか。自分の苦しい想いを。どうにかしてくれるだろうか。

 そう思った男は、顔を上げました。


 「私はこのように醜い姿をしております。庭師に醜い姿で姫の庭に入るなと叱られ殴られました。庭師だけではございません。私は何も悪いことをしなくとも、醜いからと蔑まれ虐められるのです。そうやって今まで生きて参りました。私の両親も醜いがゆえに虐められて苦労して、若くして死んでしまいました。姫様、どうぞお助けください。どうぞ、どうぞ、お願い申し上げます。」

 「あなたは、醜いからいじめられるのですか?」

 「はい。」

 「あなたが醜いのは、なぜですか?」

 「父と母が醜かったので、その血をひいているからだと思います。」

 「おかわいそうに。あなたのような方は他にもいらっしゃるのかしら。」

 「はい。醜い者は虐められます。私だけではありません。」

 「そうなのですね。あなたのように虐められる方が増えないように、私からお父様にお願いをしてみましょう。」

 「ああ、美しいお優しい姫様、ありがとうございます。」


 ◇


 それから暫くして、この国に新しい法律が生まれた。

【醜い者は子を成すことを禁ずる】

 優しくて美しいものしか見たことのない姫は、醜い事を理由に虐められる民がいる事に心を痛め、醜い者が生まれない環境を作ることを王である父に提案したのだった。

 こうして美しくて優しい姫が美しく優しい女王になる頃、彼女が治める国は醜い者がいない美しい民だけが住まう国になったのでした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何処かで聞いたお伽噺 一銭 @tomanyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る