第3話

「さて、私が何を話に来たかわかるな?」


 応接室でやることもなくのんびりと回想にふけっていた私の思考は、来客を告げる衛兵の言葉で現実へと戻された。

 そして、その来客であるエリックが言い放った第一声がこれだ。

 ……いや、わかるわけないでしょうよ。


「いいえ。

 申し訳ありませんが、殿下が何の話をされたいのか私にはわかりません」


 まあ、婚約破棄の話か精霊の巫女の話かの2択ではあるのだろうけれど。


「ふんっ、本当にお前は察しが悪いな。

 精霊の巫女の話に決まっているだろう」


 いや、決まってはいないだろう。

 候補としては婚約破棄の件もあるだろうし、もしかしたら実家の伯爵家の話の可能性だってなくはないだろうに。

 まあ、そっちの場合はエリックではなく我が家の伯爵様がやってくるだろうけれど。


「……それで精霊の巫女の話とは?

 先ほどの殿下の話では、クローディア様が新たな精霊の巫女としてお役目を継がれるとのことでしたが」


「そう、その精霊の巫女としてのお役目についてだ。

 お役目については引き続きお前が行え」


「はあ?」


 いやっ、えっ、はあ?

 何を考えているのだろうか、この男は。

 お役目を果たさない精霊の巫女なんてただのお飾りだろうに。

 というか、私のことをお役目を果たしていないからと言って解任したのだから、後任の巫女様にはしっかりとお役目をやらせろよ。


「そもそも、私の行う神事に問題があったから私を精霊の巫女から降ろしたのではないのですか?」


 とりあえず、目の前の男は曲がりなりにも第2王子というそれなりの立場なので、バカにしたような気の抜けた返事だけではだめだろうと言葉を足してみる。

 というか、この男は神事とお役目の果たす役割をきちんと理解しているのだろうか?


「そうだ。

 お前の神事に対する姿勢が目に余るために精霊の巫女から解任するのだ。

 だが、この8年間曲がりなりにも精霊の巫女としてやってきたお前を放り出すのはもったいないだろう?

 だから、クローディアの代わりにお役目を果たす役割をお前に与えてやろうというわけだ」


「……」


 こいつはバカなんだろうか?

 いや、バカだからこそこんなふざけた提案ができるのだろうけれど。

 要は、お役目という目立たない影の役割は要らない奴に押し付けて、精霊の巫女として表舞台に立つ神事やパーティー、式典は新たな精霊の巫女であるクローディアが担当すると。

 いや、何故そんな地味な作業だけを肩代わりする影武者のような提案を、いかにも俺って優しいみたいな顔で提案できるのか。

 ……ああ、バカだからか。


「……皆の前で行う神事を果たすためには巫女としてのお役目もこなす必要があるのですが」


「ふんっ、お前の気の抜けた神事でもどうにかなっていたのだ。

 ならば、クローディアが行う見事な神事であれば、お役目を直接果たしていなくとも問題はあるまいっ!!」


 私が呆れたように口にしたことが気に食わなかったのか、エリックはイラついたようにそう言い残して部屋を去っていった。

 いや、それじゃあ無理だからこそ忠告しているのだが。




「ミリアリア様、帰りの馬車ができたとの連絡がありました。

 ひとまずは巫女の家へと戻るようにとのことです」


 バカなことを言い残して去っていったエリックを見送ったまま呆然としていると、入れ違いで入ってきた巫女付きのエリーからそう声をかけられた。

 ずいぶんと間抜けな顔をさらしていた気がしないでもないけれど、今更だから気にしないことにする。


「わかりました。

 そういえば、エリーとアリーの処遇についての話はありましたか?」


「いえ、殿下からは何も」


 今度はアリーからそう返事が返ってきた。

 エリーとアリーは私が精霊の巫女になった当初から私についてくれている侍女のような存在だ。

 所属としては神殿になるので、神殿から私に付けられた侍女になるのだろうか。

 たぶん、向こうとしては当時の私の年齢を考慮して子守り役として付けたのだと思うけれど。


「はあ、これからどうしようかしら……」


 2人と共に帰りの馬車へと向かいながら、そんなことをこぼした。




 ―――




「それで、ミリアリア様はどうなさるおつもりなのですか?」


 走り出した馬車の中、対面に座るアリーが問いかけてくる。

 もう1人のエリーは馬車の御者をしているので車内にはいない。

 というか、侍女扱いのはずの2人が馭者までやっているという事実に、神殿内での精霊の巫女の扱いのほどがわかる気がする。

 侍女も馭者も、なんなら護衛としての役割すらこなす2人が多才だという話ではあるけれど、どう考えても国の重要な役目を担う精霊の巫女に対する扱いではない。

 今日の一件にしても、おそらく上層部には話が通っているのだろうが、彼らは理解しているのだろうか?

 精霊の加護に頼り切ったこの国が、その精霊との懸け橋である精霊の巫女をないがしろにするということの意味を。

 そんなことを考えながら、アリーの問いに対して答えを返す。


「とりあえずは精霊王様たちに相談してみるつもりよ。

 で、可能であればあちらに住まわせてもらえないか頼んでみようかな、なんて思っているわ。

 アリーたちも一緒にどう?」


「それはいいですね。

 ぜひご一緒させてください」


「私もお願いします」


 アリーの返答に続いて、御者台へとつながる小窓からエリーの答えも聞こえてきた。

 どうやら2人も精霊の国への亡命についてきてくれるらしい。


「ありがとう、2人とも。

 2人が一緒なら心強いわ」


 残念ながら私には2人ほどの生活力はない。

 一応、精霊の巫女として活動している合間に色々と教わってはいたけれど、ほとんどのものがどうにかこなせるというレベルまでしか上達できなかった。

 2人からはまだこれからも上達すると励ましてもらっているし、実際、よほど才能がないもの以外は時間をかければ上達するとは思う。

 けれど、今の状況で必要なのはすぐに使うことができる技術なのだ。

 そう考えると、侍女としてのスキルだけでなく馭者や護衛、果ては鍛冶や調合の技術まで持つ万能超人の2人はこれ以上なく心強い味方になる。


 そもそも精霊王たちが住まう場所は人が住んでいる場所ではない。

 一応、精霊の巫女が滞在する場所として“巫女の家”が用意されているので住む場所は確保されている。

 けれど、食料をはじめとした身の回りの品は神殿から持ち込んだ物に頼っているので、国との関係を絶つと容易に入手することが難しくなるだろう。

 そうなると、私1人だと精霊たちに頼りっぱなしになって彼らに愛想を尽かされるような未来が容易に想像できてしまう。

 なので、生活力のある2人が共に来てくれるというのは本当に心強いのだ。

 まあ、だからといって2人に頼りっぱなしだと今度は2人に愛想を尽かされるかもしれないのだけれど。


「とにかく、精霊王様たちに相談してみましょう」


 そう言った私の言葉にうなづくアリーを見て、気づかぬうちに不安になっていた心が軽くなったように感じる。


 先に要らないと言ってきたのは向こうなのだ。

 精霊の巫女として8年間は真面目に務めたのだから、国や神殿、実家の伯爵家への義理は果たしただろう。

 これからはエリーとアリー、そして精霊たちと気ままに暮らさせてもらうことにしよう。

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