第2話

 さて、連行というからには王城内の牢にでも連れていかれるのかと思っていたら、着いたのは何の変哲もない応接室だった。

 『ここでおとなしくしていろ』という言葉を残して衛兵たちは退室していったので、部屋の中には私だけ。

 おそらく扉の前には監視を兼ねて衛兵が立っているのだろうが、王城内の応接室であれば防音はしっかりしているだろう。

 いや、ランクの低い応接室みたいだから、もしかしたら室外から盗み聞きできるようになっているかもしれないけれど。


「まっ、どっちでもいいか」


 そう小さくこぼして伸びをする。

 正直、質素なものとはいえ慣れないドレスは疲れるのですぐにでも着替えたい。

 けれど、まだ何かしらがあるらしいし、そもそも着替えがないので諦めてこの窮屈さを我慢するしかない。


「しっかし、今更何を考えているのかしらね」


 やることもないので先ほどの件について考えてみる。

 といっても元婚約者であるエリックの考えは特に複雑なものではないだろう。

 おそらくは気に食わない婚約者を排して、新たな婚約者を迎えたかったという単純なもの。

 お相手のクローディアの方は何を考えているのかわからないけれど、先ほどの蔑むような表情を見る限り、碌なことは考えていなさそう。


「というか、彼女は精霊たちに認められるのかしらね」


 記憶が確かであれば、彼女も精霊の祝福を受けた精霊の巫女候補の1人だったとは思うけれど。




 私が精霊の巫女としての役割を引き継いだのは8年前。

 先代が急死したというのが交代の理由だったため、引継ぎなどが行われることはなかった。

 この急死というのも、どうやらかなりきな臭いものだったらしく、周囲では暗殺されたと思われている。

 そんな状況だったので、精霊の巫女選びは難航したらしい。

 本来は名誉なお役目であるはずの精霊の巫女の座を押し付けあったのだ。


 精霊の巫女は産まれたときに精霊の祝福を受けた者がなるという決まりがある。

 この精霊の祝福を受けた者というのは男女関係なくいるのだが、巫女という通り、女性だけが選ばれる。

 精霊たちによると、最初は精霊の愛し子と呼ばれていて男女関係なく選ばれていたらしいけれど。

 それがいつの頃か、女性のみ選ばれるようになって呼び名も精霊の巫女に変わったらしい。

 まあ、政治的な話なんだろうね。

 精霊の祝福を受けるのは貴族の子供が多いみたいだし。


 貴族の子供に祝福を受けるのが多い理由は、初代の精霊の愛し子がこの国の王様になったからだ。

 精霊の祝福は血筋による影響を受けやすいらしく、初代の血筋は特に精霊の祝福を受けやすいらしい。

 なので、王家の血が入りやすい貴族の子供に精霊の巫女の候補が産まれやすいということになる。

 ただ、貴族以外の平民にも精霊に祝福を受ける子がいないわけじゃない。

 けれど、今回というか、8年前の選定の際には平民の候補はいなかった。

 もしいたら、押し付け合いなんか起きずに平民の子がすぐに選ばれていたと思う。


 で、私が精霊の巫女に選ばれた理由なんだけど、その理由は単純に私が家の中で浮いていたから。

 より正確に言えば、邪魔者扱いで家から切り捨てたい存在だったから、かな。


 候補者がいた家は家格からいえば侯爵家から男爵家まで様々だったらしい。

 単純な家柄の力関係からいえば、男爵家の候補に押し付けるのが一番だったはずではある。

 けれど、候補者と一口に言っても色々いる。

 具体的に言えば、男爵家の候補は婚姻が決まっていて伯爵家へと嫁ぐ寸前だった。

 なので、男爵家はもちろん嫁ぎ先の伯爵家からも反対の声があがった。


 候補者はこの男爵家を除くと、侯爵家1人、伯爵家2人、子爵家1人。

 となると次は子爵家の候補者と考えそうなものだが、この候補の人はすでに嫁いでいた。

 というか子爵家夫人だったので、精霊の巫女の座に既に結婚しているものを据えるのはどうなのかという話が出てこれも没になった。


 別に精霊の巫女の結婚は禁止されていないんだけどね。

 ただ、就任時は清い身体で、ある程度の務めを終えてから結婚するというのが暗黙の了解としてあったらしい。

 まあ結婚が禁止されていたら、私が第2王子の婚約者になっているのがおかしいという話になるんだけど。

 というわけで、子爵家の候補も没。

 幸いと言っていいのか、残った候補3人はまだ婚約が決まっていない令嬢たちだった。

 なので、この3人、というか3家での精霊の巫女の押し付け合いが始まったのだ。


 まあ、押し付け合いと言ってもそれほど時間がかかることなく決まったらしいけれど。

 というか、私の実家では私に精霊の巫女の座を押し付けることを決めていたらしい。

 なので、他の候補者の家や王家などからどれだけの譲歩を引き出せるかという駆け引きをしていただけのようだ。

 うん、碌でもないなうちの実家。


 ちなみに、私が邪魔者扱いされていた理由はひどく単純なものだ。

 政略結婚の末にできた子供が私だと言えば、多くを語らずとも伝わるんじゃないかと思う。

 要するに元々愛し合っていた2人を引き裂いて突然割り込んできた憎き女の娘、それが私だ。

 不幸なことに産みの親である母は、私を産んですぐに亡くなった。

 結果、父は結婚前に好きあっていた女性とすぐさま再婚。

 私と同時期に産まれていたらしいその女性との子供を迎え入れて新たな生活をスタートさせた。

 それはもう、私や私の母などいなかったかのように。


 さらに悪いことに、私の実母は生家から疎まれて私の父に押し付けるように嫁がされたという事情だったらしい。

 なので、物語でよくあるような母の実家からついてきて味方になってくれるような侍女の1人もいなかった。

 私が曲がりなりにもまともに育てられていたのは精霊の祝福を受けていたからでしかない。

 精霊の祝福を受けた子供は、その言葉通り周囲に幸運をもたらすといわれ、逆に虐げるものに不幸をもたらすと言われていたから。

 まあ、だからといって子供として真っ当だったかというと違ったようだけれど。

 精霊の巫女に就任した当時に言われた『まるで人形のようだ』という言葉が示すように、貴族の娘として必要な教育のみを施されていただけだったみたいだから。


 まあ、私の話は置いておいて、巫女の選定の話だ。

 当時の私の年齢が5歳だったことから、実は次の精霊の巫女は侯爵家の候補者か別の伯爵家の候補者かの一騎打ちの様相を見せていたらしい。

 まあ、常識的に考えて国の重要なお役目に5歳児を据えようと考える奴はそういないだろう。

 そんな中、精霊の巫女選びは何故か侯爵家の候補者が有力視されるようになっていったらしい。

 家の力を考えると順当に伯爵家の候補に決まりそうなものだが、ここも年齢が関係していたらしい。

 侯爵家の候補は当時13歳、伯爵家の方が10歳。

 大差ないじゃんと思ったりもするが、学園入学前と後ではそれなりに違いがあると判断されたらしい。

 精霊の巫女として神事を行うことを考えれば、せめて学園に入学している程度の年齢は必要だと。

 まあ、だったら私はどうなるんだって話だけどね。

 ……今さらだけど。


 そんなこんなで色々な駆け引きが行われた結果、大勢として侯爵家の候補者が次の精霊の巫女に決定しようとした頃。

 うちの伯爵様がささやいたらしい。


 『我が家の娘を代わりに出しますよ』と。


 いや、本当にこんな黒いセリフを言い放ったかは知らないけどね。

 だけどまあ、現実に私の実家である伯爵家は侯爵家からの見返りを得て私を次の精霊の巫女として差し出したわけだ。

 侯爵家としては大事な娘をきな臭い精霊の巫女にせずに済む。

 うちとしては邪魔な子供を厄介払いでき、さらには慣例として王族との婚姻があるので王家と縁戚になれる。

 両家にとって万々歳な結果になったというわけだ。


 割りを食ったのは、私と精霊の巫女をサポートする神殿の人たちだろう。

 ふんぞり返っているだけの上の人間たちはともかく、5歳児を精霊の巫女としてサポートしろと言われた現場の人間は涙目になったのではないだろうか。

 まあ、私が精霊の巫女になってつけられたエリーとアリーには、お人形さんみたいでとても楽だったと言われたけれど。

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