第10話 母の帰宅
「さて……。供養終わり」
いやに短く切り上げると、最後だけは真剣な様子で手を併せて瞠目。
それで息子の父親に対する手向けは終わりだった。
しっかりと組んでいた足を崩し胡座をかいた真安は、蝦蟇から茶を貰いうけ一口すすった。
「俺のぼんくら念仏に付き合うとは、大概暇だな。上月」
「たわけ」
膝を崩すことなく、短く答える上月。
あの丘の一件で、真安に明安からの伝言を伝え忘れたのだ。
仕方なく寺まで同行し、真安の念仏に付き合うはめとなった。
思ったとおり、真安の読経の声は耳に心地よかった。
低めのよく通る声が、破れ寺のすみずみまで響き渡り、神教に身を置く身とはいえ、つい聞き入ってしまった。
「それで、親父が俺になにか言ってたか?」
肩膝をたて、右ひじを乗せて頬杖をついて真安が言う。
「なんだ、知っているのか?」
「いんや、多分そんなことだろうと思っただけだ」
つまらなそうに耳をほじりながら言う真安。
こういうところは昔のまま……、と肩を落としながら上月は告げた。
「おそらく自分の遺骨を貰い受けに来る者がいるから渡せ、と」
「遺骨を?」
「そう言っておられたが」
「ふーん。
……おふくろか?」
「ああ、出て行かれたという……」
「逃げたんだよ」
にやりと口の端を上げて笑う真安。
不思議と下卑た感じにはならず、かえって愛嬌が溢れたように見える。
「そんなことを言うもんじゃありませんよ」
そこらを片付けていた蝦蟇がさとすように言った。
「お父上とお母上はそりゃあ、もう相思相愛の仲でいらしんたんですから」
「どうだか」
ほじった耳クソにふっと息をかけて飛ばすと、真安は面白くもなさそうな顔をした。
「親父の葬儀にも来なかったんだろう?」
「そういえば……」
上月が思い出すように視線をさまよわせる。
誰も……上月が命じた者以外はいなかった。
「そりゃあ……、みなさんがいられたんじゃねぇ」
困ったように上月の方を見る蝦蟇の表情に、上月は納得した。
鼻つまみものの男の葬儀だ。邑の者がいる前では姿をあらわしにくかろう、と判断したのだ。
さすれば、自分はかえって明安に悪いことをしてしまったようだ。
「あー、上月。お前今妙なこと考えたな」
真安はぴっ、と器用にも頬杖をしている右手の人差し指で上月を指さした。
「『妻を葬儀に出られないようにしてしまった。申し訳ないわ』ってなとこか?」
裏声を作って言う真安に上月は目を丸くする。
「ばーか。
お前昔から後ろ向きなこと考えるときの表情が一緒なんだよ。
気にすることねぇぞ。
絶対お前が考えているような理由で出てこなかったわけじゃない」
「何故わかる?」
「それは……」
いきなり言葉を切って真安が立ち上がる。
一足飛びに上月に近寄ると、いきなり上月を抱き上げた。
「何?!」
上月の慌てる様子もそのままに、今度は横へ飛びのいた。
その瞬間、本堂と庭をさえぎっていた戸板が砕け散り、今まで上月が座っていた場所に転がった。
「な、なんです?」
離れた位置にいた蝦蟇が青くなる。
「まったく、あの女は……」
上月を抱き上げたままそちらに顔を向け、苦々しく真安はつぶやいた。
「なんだ、真安……?
これは……妖気?」
夕刻近くになり、風の中に冷気を含む外気が本堂に流れ込む。
その中に漂う不可思議な気配に上月は身体を固くする。
「妖狐のお出ましか……?
十三年ぶりだぜ。
まったく相変わらず派手にやってくれやがる」
不適な笑みを顔に浮かべる真安を見上げながら、上月はあることに気がついた。
真安の右手が妙になれなれしく自分の頬をさすっていることに。
形の良い爪を立てて、上月は真安の右手をつねり上げた。
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