第5話 明安

 その寺は邑の外れに人を避けるように、ひっそり建っていた。

 この立地は、建立した際には崇高さを出すための演出だったのかもしれぬ。

 しかし、今となっては周囲を伸び盛りの雑草に囲まれ、朽ちるにまかせた屋根はたわんでいた。

 周りの薄暗い気とあいまって、何やら不必要なまでの迫力をかもし出している。そんな寺だった。


「なんともまぁ、見事な破れ寺ですなぁ。明安様」


「余計なお世話ですな」


 ろくに茶も出されず、本堂の木床に直接座らされた剛纂が言うと、寺の和尚ー明安は淡々と答えた。

 年のころなら四十ほど。

 あちこち擦り切れた袈裟を身にまとい、頭は指の第1関節ほどの長さの剛毛で覆われている。

 体躯は岩のように張り、意思の強そうな毛虫のような眉毛が行儀よく額に並んでいた。


「山でも屈指の法力使いと言われた貴方が、何を好き好んでこんな邑にいるのか……」


「無駄口を叩きにこられるとは、妖部(あやかしのぶ)も最近はお暇と見える」


 笑みを浮かべていた剛纂の右眉があがる。

 隣で黙って2人の話を聞いていた風庵がつ、と膝をつめた。


「明安様、連れの失言お許し願いたい」


「なに、剛纂殿の気性は心得ております。ご心配なされるな、お若いの。

 貴方もこれのお守役では大変でしょう、心中お察しします」


「勝手に察するんじゃねぇ!

 相棒、お前も神妙にうなづくな!」


 言うなり、ぽかりと風庵の頭を叩く剛纂。


「で、剛纂よ。こうしていても埒があかんな。

 お前、何をしにきたか。

 まさか師の顔が懐かしくなって尋ねてくるような殊勝なお前ではあるまい」


 笑いながら相好を崩すと、口調まで柔らかくなって明安は言った。


「どうせ、山の考えることよ。また厄介事を持ちこんだか」


「てぇしたことじゃねぇよ」


 足を崩し、脛もあらわにした剛纂が不機嫌そうに答える。


「あんたの子供に用がある」


「真安に、か」


「そうだ、あんたと妖狐・鈴乃御前の間に生まれたガキだ」


 むぅ、と明安は唸った。


「なに、別にどうこうしようってんじゃ、ねぇんだ。

 大僧正がつれて来いってんだから、俺たち下っ端が言うことをきかねぇわけにいかねぇだろ」


「むぅ」


「大僧正さまも無体なことはなさらないと思います。

 ただ、未来の禍にご子息が深く関わると仰せなのです。

 ご子息は目に見えぬ運命の糸に紡がれた、『未来』という名の曼荼羅の一つなのだそうです。

 大僧正様は懇ろにご子息を保護し、来るべき災厄においてご子息が己の思いを果たせるようにご助力申し上げたいとおおせられています」


「うぬ」


「あんただって、それならてめぇの餓鬼に力をやりたいと思わんか?

 僧正は直弟子としてあんたの息子を迎えたいとまで言っているぞ。

 だから早いとこ連れてけぇりたいんだが」


「むぅ」


「なんだよ、さっきから唸ってばかりで」


 腕を組みながらぎょろりとした目を宙にさ迷わせる明安に、剛纂は嫌な感じを覚えた。

 このかつての師がこういう態度をとるときはロクなことがないのだ。


「いや、なに」


 不自然なまでににこやかな笑みを浮かべた明安は朗らかに語りかけた。


「真安の奴がお前らが来ることを先ほど教えにきてな。

 お前らが真安に好意的だとは思わんかったので、どうするかと聞かれたのでつい……」


『……つい?』


 言葉をはもらせる僧2人。


「気に入らんので成敗して良し、と言ってしもうた」


 明安の言葉が終わるか終わらないかのうちに、2人の訪問者の姿は紅蓮の炎に包まれた。


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