第4話 訪問者 -風庵・剛纂-

「良い御日和ですね」


 ふいにかけられた声に邑の女は振り向いた。

 聞きなれない声だった。この邑に外から来る者とは珍しい。


「まあ……お坊さん方、外からいらしたんだか」


 声の主は僧形だった。

 墨染めの袈裟を着こんだ坊主が2人。一人は編み笠を目深に被った大男。もう一人は編み笠を手に、こちらに微笑みかけている。背丈は女より一回りばかり高いか。男にしては小柄である。

 剃り跡も美しい剃髪に、これまた美しい風貌の坊主である。


「ええ、こちらには外からの訪問者は少ないのですか」


「少ないっていうか……、おらは始めてみたね」


 相手が優男と見て、女は相好を崩した。


「そうですねぇ、何せこちらに来るのは我々でもなかなか大変で……」

「それより、女房殿」


 そのまま世間話でもしそうな雰囲気の優男を押しのけ、もう一人の丈夫が声をかけた。


「一つ伺いたいことがあるのだが、よろしいだろうか?」


「な、なんだね?」


 妙な迫力のある丈夫に気おされたのか、女は少し身構えるように答えた。


「ほら、風庵。怖がらせてどうするんだ」


 優男が笑いながら、丈夫ー風庵の腕を叩いた。


「なに、お嬢さん。たいしたことではないんですよ。

 我々は明安和尚を尋ねてきた者ですが、和尚の寺はどちらでしょう?」


 寺の名を聞いたとたん、女はつまらなそうに鼻を鳴らし答えた。


「なんだい、あの役立たずの坊主の知り合いなのかい。

 それならこの道をまっすぐ行って、林を突っ切ったところにアバラ屋がそれだよ。分かったらさっさと行っておくれ、仕事の邪魔だよ」


 手までしっしと振る始末。

 2人は顔を見合わせると、それでも丁寧に頭を下げ道を進み始めた。


「ああ、それからお嬢さん」


 振り向きざまに優男が尋ねる。


「この邑には神童と呼ばれる子供がいると伺ったんですが」


「上月さまのことかね。巫女の……」


 面倒そうに答える女に優男は手をぱたぱたと振る。


「いえ、男の子だと聞いているんですが」


「ああ……。寺の悪タレ小僧かね」


 いまいましげに女ははき捨てた。


「小賢しいバラガキだよ。

 あんたたち、余計なこと言ってあのガキをつけあがらせないどくれ!」


 はき捨てるように言う女に肩をすくめて、優男は先を歩く同僚に続いた。





「どう、思う。剛纂」


 編み笠の下から問う低い声に優男ー剛纂は低い笑い声をもらした。


「随分な言われようじゃねぇの。

 明安といえば、お山じゃ十指に入る法力の持ち主だってのに、何が哀しくてこんなチンケな邑に舞い戻ったのかねぇ」


 先ほどの丁寧な態度はどこへやら、皮肉めいた口調ににやけた口元。

 剃髪を除けは、どこぞの子悪党のようである。


「剛纂、顔」


「おっといけねぇ」


 慌てて口元に手をやり、編み笠を被る剛纂。

 そこへ邑の子どもの一団が道の反対からやってきた。

 真安に邑に帰された子供達だ。

 わらべ歌をうたいながらやってくる子供達に風庵は頬を緩めた。


「相変わらず子供に弱いねぇ。"親父殿"」


 くく、と笑いながら剛纂が口走ったのは風庵の通り名である。

 実際、年齢は剛纂より5つも若い風庵だが、その風貌と堅苦しい考え方、そして何より子供好きにより、同僚からはこの名前で親しまれている。


「よいではないか、子は宝ぞ」


 しかし、にこにこしながら子供たちを見ていた風庵の目がふ、と細くなる。

 同時に剛纂も顔を整えた。


『なにか、おるぞ』


 常人には聞こえぬ低い声で言う風庵に剛纂はおお、と答える。

 風とともに流れるこの妖気……いや呪気か。

 気を集中させる2人の前に、一行の中から一人の子供が現れ対峙した。

 まだ10にも満たない女児。

 しかし、巫女装束に身を包んだその立ち居振舞いは、大人のそれと大差ない。神社の巫女、上月である。


「外からのお客とお見受けする」


 先ほどの女のように驚くことなく、気迫をもって少女は言った。


「なんの故あって、この邑を訪れられたか」


「人を尋ねに参りました」


 剛纂が品の良い笑みを浮かべて上月に答えた。


「誰か」


「邑外れの寺の和尚、明安様にございます」


「明安……。さもあらん。

 僧の出で立ち、寺に縁あるは当然か。

 人に案内(あない)させよう。暫しお待ちいただけるか」


「お気使い無用」


 風庵が低い声で答える。


「先ほど道を教えていただきました。

 お気遣いなく」


「そうか。

 後で神社にも来られると良い。

 この邑の客人は神社の客人。

 申し遅れたが、私は神社の巫女・上月。

 上月がお招きしたと伝えられると良い」


「お言葉いたみいります」


 丁寧に頭を下げる剛纂に会釈すると、上月はそのまま子供達を連れて道を去っていった。


「……見たかよ、相棒」


 剛纂は誰もいなくなった道でぽつりともらした。


「見たともよ」


 寸暇を置かず答える風庵。


「あのガキ……。

 あれだけ立派な"蛇"の殻は初めて見たぜ」


 額に流れる汗をぬぐいながら、剛纂は言った。


「子供のまま成獣となるか。……哀れな」


 上月の去った後に手を合わせながら経を唱える風庵を、剛纂は力の限り蹴飛ばした。


「阿呆、縁起でもねぇんだよ!

 子供に向かって経なんざ、唱えるんじゃねぇ!」


「しかし……、救えぬぞ、我らには」


「うるせぇんだよ……」


両手を袂につっこんで不機嫌そうに口を尖らす剛纂を、静かに見下ろす風庵。


「とにかく、明安の親父に会いにきたんだ。

 他の寄り道なんぞしてると大僧正の爺さんに大目玉くらうぞ」


「大僧正様に爺さんとは……」


「いいんだよ!

 早いとこ、狐の子とかいう真安ってガキをとっ捕まえて、お山に帰るぞ。

 ただでさえ忙しいんだよ、俺は」


 ずかずかと歩みを進める年上の同僚の跡を、肩をすくめて風庵はついていった。

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