俺のかたまり(ホラー短編集)

神庭

俺のかたまり

俺のかたまり①

 羊毛フェルトってご存知だろうか。


 名前の通り羊の毛でできた繊維の集まりを、ほぐしてまるめて、ニードルと呼ばれる道具で刺す手芸の一種だ。


 最初はただのモコモコなんだけど、何度も刺しているうちに徐々に固まっていく。


 これは、ニードルの先端にある切れ込みが繊維を引っ掛けて、繊維同士がうまいこと絡み合うから。


 はじめに芯を作って、そこに羊毛を巻き付けたりして、形をつくる。


 あとはのフォルムになるよう、にチクチクやれば、手づくりの温かみ溢れるフェルトのマスコットができあがるというわけ。


 百均とかで道具も材料もみんな揃うから、一度やってみようって人も多いんじゃないかな。


 かくいう俺もそのクチだ。


 まあ……数年前に一度手を出して、ほんの二、三回で飽きたんだけど。


 なんていうか、うまくいかなかったのよ。


 黄色いヘッドに緑のボディのかわいいインコちゃんができるはずだったのに、なんか青虫になっちゃったんだよね。


 昔懐かしのクレイアニメに出てくるアレにそっくりだった。


 で、こりゃたぶん向かないわって。


 よくネットで見掛ける失敗作みたいに笑えるほどでもなかったしね。


 それっきり、道具も材料もしまい込んでたんだけど、ユ●チューブ見てたら久しぶりにやりたくなった。


 手芸や工作の動画が好きでよく観てるんだけど、俺がブックマークしてる人が、ハウツー動画を投稿してたんだわ。


“羊毛フェルトで果肉ハジけるマンゴーくんの作り方”ってね。


 マンゴーくんっていうのは、今人気の児童向けアニメのキャラクターで、その名の通りマンゴーの姿をした妖精だ。


 楕円形という単純な形状であることに加え、その動画には“初心者”ってタグが付いてたから、『俺でもイケるんじゃね?』っていう根拠なき自信が爆誕した。


 まあ……器用な人が言う“初心者”って言葉は、鵜呑みにしちゃイカンよな。


 さっさとそれに気付ければよかったんだけど、しばらくぶりで前回の苦労なんてすっかり忘れてて、なんだかイケる気がしちゃった。


 まんまとその気にさせられた俺は、久しぶりに道具一式を引っ張り出してみた。


 ついでにその動画のコメント欄に、


『前に失敗して辞めてしまいましたが、またチャレンジしてみます!』


 ってコメントを残した。


 そうしたら、そのチャンネルの配信者さんが応援してくれたんだよ。


 嬉しかったな、ホント。


 見ず知らずの俺なんかに、めっちゃ丁寧にアドバイスなんかくれたりしてさ。超いい人なのよね。天使かと思った。リプライに後光が射してた。


 最近、仕事でも私生活でも荒んでたもんだから余計にね。


 背中を押されてすっかりやる気がブーストしたところで、俺は足りない材料を買い足し、お手本動画を観ながらチクチクやり始めた。


 でも俺ってけっこうせっかちでさ。


 成果物を生み出すことが最優先になりがちなんだよね。


 過程を楽しむことを忘れがちっていうかさ。


 ひと刺しひと刺し、じっくり愛情を掛けながらとか、あんま得意じゃないのね。


 っしゃあ、一晩で完成させてやるぜ! くらいのノリで、どんどん進めていった。


 雑。雑だよ。もっと丁寧に慎重にやれよって、自分でも思うよ。


 そんな俺だが、最初のうちは緊張した。


 当たり前だけど、ニードルが鋭いんだ。


 羊毛フェルトをたしなむ者は、初心者に限らず、往々にして指を刺す。


 気を付けりゃいいんだとは思うんだけど、何度も同じ動作を繰り返してると、慣れっていうか……だんだんマヒしてくる。で、油断してザクっと。裁縫針よりもだいぶ太いから、血が出る。


 最初はニードルマットの上でサクサクやるけど、だんだんやりづらくなってきて、手に持ちながらになったりすると余計に危ない。


 まあ、ビビってたのも最初の五分くらい。


 俺は三十分ほどで、マンゴーくんのボディの芯を作り終わった。


 初心者ザコにしてはなかなかのハイペースじゃない?


 次は皮の部分か。

 オレンジ色と黄色の中間に染められた羊毛をとり、ほぐしてベースに巻き付けていく。


 よくほぐせって言われたけど、こんなもんか。


 とにかく刺せばキレイになるんでしょ?


 そんなアホな考えを持ったまま、俺は色鮮やかな羊毛をどんどん刺しつけていった。


 最後には、


“ちょっと不格好だけどビギナー感があってむしろそれがイイ”


 そんなマンゴーくんができると、信じて疑わなかった。


 ところがその二時間後。


 俺の手の中にあったのは、真剣に向き合った百二十分間への裏切りにも等しいな物体だった。


 不慣れであることを考慮し、多少多めに見たとしても、到底マンゴーの妖精には見えない。


 原因はわかっている。


『なんかベースの形からして微妙だけど、あとから羊毛盛っちゃえばそれなりになるんじゃね? ハイ、次~』


 っていう楽観的思考の甘露煮と、せっかちさ、怠惰の三点盛りが引き起こした失敗です。


 これもう、ゲームオーバーでは。


 そう思ったのだが、どうやら失敗した部分を剥がすことでリカバリーが可能なようだ。


 俺はニードルが折れるほどガチガチに刺し固めた羊毛を、糸切りハサミを使って剥ぎ取り始めた。


「……」


 これは、キツイ。


 無計画にどんどん羊毛を足して分厚くなったマンゴーくんの外皮は、白いベースからなかなか剥がれてくれなかった。


 苦戦するうちにどんどん時間が過ぎていく。


 中途半端に剥がれたマンゴー色の羊毛がほぐれてボサボサになり、無邪気な子供に髪をむしり取られた抱き人形の頭部を思わせた。


 あまりに残酷な姿に心が折れそうになる。


 地道な作業が苦手だという時点でお察しかもしれないが、俺の細かい作業に対するメンタル強度は木綿豆腐レベルだ。


 なんでもやってみたい性分だけど、あの熱で溶けるビーズを並べるやつとか、ひっくり返したらふて寝する。


 しかも、腕が痛い。


 俺、昨日ワクチン接種してきたのよ。


 普通にしてりゃ平気なんだけど、力を入れると痛い。腫れると思ったから利き腕は避けたんだけど、ベースを固定するのに使う程度の力ですらも、痛くて痛くて痛い。


「あー……クソ」


 捨てて最初から作り直そうか。ぜったいその方が早い。


 どうせ材料全部百均だし。


 けど、なんかかわいそうな気もするな。


 白とオレンジの間にハサミをねじ込みながらしばらく迷っていたが、やがて滑った切っ先が俺の指を直撃。


 血液が付着してしまったため、やっぱり捨てることにした。


「ごめんね」


 俺は失敗した羊毛のかたまりに謝った。


 心の中で言うだけじゃ伝わらない気がしたので、声に出して詫びた。


 それから、かたまりを蓋つきのゴミ箱へ放り込み、テーブルに戻った。


「……」


「すてるの?」


<②へ続く>

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