第29話・逆恨み?

 さすがに、朝から夜まで寝ていたので、晩ご飯を食べても眠くならない。

 だけど、持て余した暇を解消してくれるヤツが今はいるからな。

「先生から何聞いたー?」

 オウルはハルナさんが手作りしてくれた止まり木に落ち着いて、答えてくえた。

「つかいまは、おにいちゃんのいうことをちゃんときかなきゃいけないって」

「ふんふん」

「あと、おにいちゃんのきょかなしで『おともだち』をよんだりしちゃいけないって」

 まあそうだろな。こいつにとってのお友達はアンデッドだもんな。

「ぼくはフクロウの中に入っていて、いのちをかしてもらってるんだから、そのいのちをだいじにしなきゃいけないって。そうじゃないとおにいちゃんもこまるからって」

「……そっか」

 オレは手を伸ばしてオウルの頭をいい子いい子してやった。オウルを元気づけると言うか、モフモフの頭を触りたかったんだが。

「オレの傍に一緒にいればいいし、オレが許可したらオレの目の代わりに見えないところを見てきてもいいってことだよ」

 実のところ、オレも使い魔についてはよくわからない。ただモフモフが近くにいるといいな、モフモフと一緒に行動できる機会があれば逃さないと思って召喚陣の描かれた羊皮紙と召喚呪文のメモを持ち歩いていただけ。まさかこんな風に役立つなんてちっとも思わなかった。

 使い魔についてちっとは勉強しないとなあ。

 と、いきなりオウルの全身が毛羽立った。

「どうした?」

 何かあった、くらいのことは分かる。

「なんか……ぼくとおなじようなちからを、かんじる」

「お前と同じような、力……?」

 オウルと同じような力。死霊使役ネクロマンシー、即ち、闇の力。

 シューズを履いて、オウルに聞く。

「どっちから?」

「あっち」

 窓の向こうを指すから、オレは窓を開けて乗り越えた。オウルもついてきて、オレの少し前を行って案内してくれる。

 この学校は固い結界で守られていると、安久都先生……博は言っていた。そんな中で闇の力?

 何か異変でも起きたのか。

 先生を呼ぶべきか、と考えた瞬間、オウルが言った。

「あそこ」

 そこは、魔法訓練場だった。

「闇の眷属よ、声に応え、現れよ……闇精霊召喚サモン・ダーク・スピリット!」

 この声は。

 オレはオウルを肩に乗せて、足音を忍ばせて近寄った。

「一点集中、放出!」

 黒い塊が、魔力を閉ざすための結界に食い込み、プルプルと震え……消える。

「くっそ!」

 地面を蹴る音。

「なんで、何でできないんだよ!」

 那由多くんだ。

 珍し。魔法は授業だけでできると豪語し、時間外の訓練なんて他のどの教科でもしなかった那由多くんが。

「なゆ……」

 その時、右肩に置かれた手があった。

 闇の力、死霊使役者ネクロマンサーなどの単語が頭を巡ってビクゥっと飛び上がり、情けないことに悲鳴まで上げかけたが、延びた手がそれを抑えた。

「せんせ……いや、博……」

 博は口元に指を当てて、「静かに」と無言で示していた。

 オレは頷いて、オウルにも視線をやる。オウルは頷いて、くちばしを閉じた。

 博は先生の顔になり、歩いていく。

「大沢君」

 那由多くんはすくみ上って、それから博を見た。

「……先生」

「時間外自主訓練の時は場所の使用許可を取れ、と言ったはずですが」

「うるさい」

 先生の注意に「うるさい」かよ。オレも中高時代かなりの問題児だったけど、うるさいなんて言えなかったぞ。

「平均点最下位の神那岐君に負けたことがそんなに悔しいですか」

「うるさい!」

「それとも実習で最低点を取ったことがそんなに腹が立ちますか」

「うるさいうるさいうるさい!」

 那由多くんの叫びは、血を吐くようなものだった。

「あんたに僕のことなんて、分からない!」

「さて、どうでしょう」

 那由多くんの絶叫なんかどこ吹く風、博は静かに答える。

「確かに平均点は君たちの成長の度合いを見るものですが、別にそれで競争させているわけではありません。いみじくも入学時に神那岐君が言ったように、強さをはかるバロメータはない。その代わりにできたことを数値化して出しているだけのこと」

「だって……だって!」

 那由多くんは叫ぶ。

「あいつは、僕のことを馬鹿にした!」

 あいつ?

 状況から判断して、オレだよな。

 オレ、なんかしたっけ?

「そうだよ、入試の時からだよ、僕が闇の貴公子であると明かしても驚きもせずはいはいみたいな顔してさ、僕が力をふるえないと分かった途端僕に何も期待していないって感じでさ、いい気味だったんだ、最低点で! 僕のことを馬鹿にしたあいつに相応しいランクだった! なのに、なのに!」

「一日であっさり追い抜かれた?」

 那由多くんはしばらく俯いて。

 そして、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。

「なんで、あいつは! 入試の時から仕切って! 何にも、力がないくせに!」

「それは間違いです」

 博……安久都先生はきっぱりと言い切った。

「力は数値に表れるものではありません。……いえ、この言い方は正確ではありませんね。数値にしやすい力と、しがたい力があるのです。君の魔法は、数値にしやすい力です。比較対象がありますから。ですが、神那岐君の力は数値にしづらいものです」

「なんなんだよ、それは! それは僕より強い力って言うのかよ!」

「だから、数値にしづらい力なんです。何せ、彼一人では効力のない力ですから」

「一人じゃ、使えない?」

「はい。彼の持つ最大の能力は、人を率いる力。リーダーシップです」

「リーダー……シップ……?」

 はて。リーダーシップとな?

 オレにそのような力があるとは思えないんだが。

「その場の空気を読んで、そこにいる人の為に必要な時に必要な事のできる人間。入試の時から、彼のリーダーとしての力は図抜けていました。会ったことのない三人をまとめて、危険区域から目的地に移動する。これ君の闇魔法と同じくらい、素晴らしい才能です。ただ、君の才能は君一人だけでも伸びていきますが、神那岐君の才能は、彼一人では決して発揮できない力なのです。彼は誰かのためにしかその能力を発揮できない」

「誰かの……ため……」

「だれかのためって、どういういみ?」

「しっ」

 オウルに口留めして、オレは少しずつその場を離れる。

 これ以上オレはここにいない方がいいと思ったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る