第28話・形勢逆転

「しっかり歩きなさい」

 肩を掴まれて、オレは自分がかなり傾いていたことに気付いた。

「ハルナさんは、眠くないのか……?」

「私は訓練を受けているから」

 ハルナさんの目は平然としている。疲れなど見えない。

 一緒に徹夜してんのは間違いないのに。

「緊張が解けるまでは眠気は出ない」

「じゃあ部屋に入るまでは平気ってわけ?」

「正確には部屋の安全を確認してベッドに潜るまで」

「すっげえ……」

「じゃあ、私は失礼するよ。これだけ話したのは入社したての訓練の時以来だ……」

 おっさんはあくび混じりに部屋に入っていった。

「僕も休む。疲れた」

 お前は何もしてないだろ那由多くんいや泣き叫んで怯えてたからそれで疲れたとでも言いたいのか。

 ……という苦情を飲み込んで、オレは自分の部屋のドアを開けた。

『おやすみなさい」

 ハルナさんはオレを部屋に押し込んで、ドアを閉めて行った。

「ありがと、お休み……」

 そのまま床に転がりたいのを我慢して、重い体を引きずって、ベッドによじ登り。

 途端に睡魔がオレを眠りの底に引きずり込んだ。


  はむっ。

「痛っ」

 耳に痛みを感じて目を開けると、目の前はモフモフした茶色だった。

「えーと。あー……オウル」

「ねててもいいけど、おなかすかないの?」

「あ?」

 ぐるぐる、と腹が鳴っている。

 そう言えば昨日の夜から何も食べてない。

「今……何時……だ」

「よる」

 体を起こす。

 スマホの時計は夕食時間を示していた。

「……腹、減ってるわ」

「でしょ?」

 そこで疑問が浮かんだ。

「お前、腹減るのか?」

「うん。おなかがすくって、こんなかんじなんだね。なんていうか、ちからがでないや」

「そっか、生きた肉体があるからな……」

「ぼくもごはんたべていいってせんせいがいってたよ。ごはんたべようよ。おにいちゃんといっしょにたべたくて、まってたんだよ」

「悪かったな。だけど」

 ひりひりする耳を抑えながら、オレは左手を突き出した。

「今度から耳かじらないでくれ。痛い」

「うん、いたいもわかった」

「そーか」

 オウルは欠伸をするオレの左腕からぴょんぴょんと左肩に移動、丸くなって収まった。

 うおう、天然自然のモフモフが左肩にいる。

 モフりたいのを我慢して、オレは食堂に向かう。

「ごはんって、あじっていうのがするの?」

「そうだな。味があるな」

「あったかい?」

「温かいのも冷たいのもある」

「おなかすいたはわかったけど、おなかいっぱいはわかんないんだ」

「そーか。食べれば分かるさ。でも、甘いとか辛いとかも分かんねーだろうしな……」

 食堂は、オレ以外の全員が揃ってた。

 入ってきたオレに気付いたその視線が、オレの左肩に集まる。

 オウルか。

 噂は早いな。多分、オレが連れ帰ったのがただの使い魔じゃないって知れ渡ってるんだろう。

 オウルは視線に気づいた様子もなく丸くなっている。

 ひそひそ、ぼそぼそと囁き声。

 オレは一切合切無視して第3科のテーブルへ向かった。

「おはよう」

「おそよう」

「お昼に起きてこなかったから、このまま明日まで眠り続ける気かと思ったよ」

「オウルに耳かじりで起こされた」

 まだ右耳がひりひりしている。オウルには「甘噛み」と言うのを教えなきゃいけないかもな。

「それはそれは」

おっさんはクックックと笑っている。オレはオウルを机の上に降ろして、食事をとりに行く。オレの食事の横に、赤い生肉があった。最初、ん? となったけど、そりゃそっか、フクロウ肉食だもんな。

「はいこれがお前の分」

 机の上にいるオウルの前に皿を乗せてやると、オウルは首を傾げた。うう、可愛い。

「おにいちゃんとおなじのじゃないの?」

「フクロウは肉……動物の肉を食べるの。オレたち人間は雑食……草も肉も食べられるの」

「あったかいのに、つめたいんだね」

「……そうだな」

 死霊使役者ネクロマンサーにとっては、死肉は親しいものだろう。オウルの言う「つめたいもの」。

「冷たいけど、冷たいものの肉を食べて、君や私たちは生きていくんだよ」

 おっさんの言葉に、オウルは首を傾げた。

「生きるために命を頂くんだ。一つしかない命を頂くんだから、食事は大事にしないとね」

「……そっか」

「じゃあ食うか。いただきまーす」

「いた、だきます?」

 オウルは肉の一切れを加えて、口の中にいれた。

「どう?」

「なん、だろう。なんか、よくわかんない」

「味、分からないか?」

「う~ん、なんだろ。なんか、ぐにぐにしてる」

「味って感覚は分かりにくいだろうね」

 おっさんはちょっと調味料の砂糖を指先につけて、オウルの前に差し出した。

「舐めてごらん」

「なめ、る?」

「おっさんの指を舌で触れってこと」

 言うとおりにぺろりと舐めたオウルは、目を丸くした。

「なんだろ、じゅわってかんじがする。もっとなめてたいけどなめちゃダメみたいな」

「まあ、フクロウは普通砂糖を舐めないからね。それが、『甘い』って味」

「これは、あまいっていうあじなのかあ」

 そしてもう一口生肉を食べる。

「これは、なんて味なのかなあ」

「さあ……私も生肉を食べたのは若い頃だから……」

「生肉食ったことあるの?」

「若い頃には、生肉に味をつけたユッケとかって生肉メニューがあったんだよ。食中毒で禁止になったけど」

「嫌な感じか? それとも、もっと食べていたいか?」

「食べてたい」

「なら、それが気に入った味「おいしい」だ」

 ハルナさんは黙々と食べているけど、時々笑みを浮かべてオウルを見ている。

 だけど、

 無言で那由多くんが立ち上がった。

「僕、もう行く」

「そんなに残してか?」

「関係ないだろ」

 那由多くんは足音高く食堂を出て行った。

「那由多くん不機嫌そうだけど」

「平均点がひっくり返ったから気に入らないのよ」

 スプーンでスープを飲んで、ハルナさんはチラリと那由多くんの後姿を見た。

「魔法はトップクラスだけど、他が全然駄目、でも平均的に低い貴方がいるから、まだ自分は最下位じゃないと思ってたのよ」

「それが今回の抜き打ちテストでダブルスコアどころか10倍以上の差がついたからね。教室に貼り出されてる平均点も抜き打ちテストの点数が加わって、君はハルナさんと同じくらいの成績を持っているのに那由多くんはほぼ増えず横這い。立場が入れ替わったからね、最下位になってしまったのが気に入らないんだろう」

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