第19話・制御が苦手なハルナさん

 結局、二限続きの魔法の授業の間、らしいことができたのは那由多くんだけだった。

 先生は繰り返し「魔法にはイマジネーションが必要です。自分の内にある魔法の力を呼び出して、その力の流れをありありと脳内に描き出せる想像力」と言ったけど、……確かに中二病なら、そう言うこと考えるよな。オレも魔法使えるって信じてた頃あったよ。結局使えなかったけど。中二病ってのは、実は魔法の天才なんじゃなかろうか。

 一方おっさんの敏捷強化ヘイストはピクリとも発動しなかったし、オレの回復ヒールも、ちょっと人差し指の先に何か集まったかなと思った瞬間はじけ飛んでしまった。

「皆、最初はこんなものです。三十分で闇精霊召喚サモン・ダークスピリットを成功させることができるのは例外中の例外です。皆、最初の一歩は通常で一週間かかります」

 先生は予想通りという声で言った。

「魔法という力は、まず元となる魔力を身に受け取る。それが体中にあるというイメージを掴み、それを体中からかき集め、一点に集中し、放出する。自転車に近いものもありますね。最初は後ろを支えてもらって、いつの間にか手助けなしで走れる。自転車を無意識で動かせるように、魔法も無意識で力を集中・放出できるようになってください。それと」

 先生は、ハルナさんに視線を移した。

「風岡さん、貴方が魔法の練習をする場合は、訓練所でやってください。貴方の力は強すぎる。ここの結界を破るほどに」

「……はい」

 …………?

「では、授業を終わります。食事をとって、午後の座学に備えてください」

 先生は先生の顔のままスタスタと去っていった。


 昼ご飯の時間は、一時間。

 おもりを背負いながら食べるので、みんな自然ゆっくりとなる。

 その中でも特に箸が進んでないのが一人。

「……ハルナさん」

 さすがにオレは声をかけた。

「何に腹立ててるのか知らないけど、飯食わないと体持たないよ」

「……平気」

 どんよりとした背景をバックに、ハルナさんは答えた。

「勇者は食事抜きで挑まなければならない時もあるもの。粗食に耐えるのも当たり前」

「今はその貴重な食事をする時間でしょう」

 さすがに心配になったのか、おっさんも声をかける。

「粗食に耐える授業は今じゃないですよ」

「ほっといて」

 ほっとけない顔してるからなー。

 あのサイボーグもどきの無表情が、とても悔し気に見えるから。

「魔法を制御できない勇者など危険なだけだ」

 那由多くん、君ほんとにデリカシーないな。

 その時。

 おっさんが止めるより一瞬早く、那由多くんの頬が平手打ちを食らった。

「うわあああ!」

 ビンタ一発なのに、那由多くんはキレイに椅子から崩れ落ちた。

「な、何を」

「悪かったわね」

 那由多くんを見据えるハルナさんの目は、以前先生に向けた時より殺気に満ち満ちている。

「どうせ才能の無駄遣いよ、制御不能魔法よ」

「ハルナさん、ちょっと落ち着いて」

 おっさんが那由多くんを助け起こし、オレはハルナさんの二発目行こうとしている手を掴む。

「落ち着いてる」

「落ち着いてないだろ」

「落ち着いてる!」

 珍しく声まで荒くなる。

 おっさんが視線をオレに移し、周囲を見ろ、とアイコンタクトしてきた。

 見てみると……。

 八人の視線。第一科と第二科だ。

 おっさんは頷いてくれたので、オレはハルナさんを食堂の外に引き出した。暴れられたら止められないと思ったけど、ハルナさんは力を失ったかのように引きずられてくる。

 食堂を出てちょっと行った所にある木庭で、オレはハルナさんの顔を見た。

「那由多くんはああいうこと言うヤツだって、付き合って日は短いけどもうわかり切ってるだろ」

「……分かってる」

「それでもガマンできなかったのか?」

「……そうよ」

 ハルナさんはギリ、と歯を食いしばった。

「あいつの言うとおりだもの。魔法の制御のできない勇者は危険なだけ……。分かってる。でも何とかしたいと思ってここへ来た。なのにあいつはたった三十分で精霊を維持させることに成功したのに、わたしは……」

 そこで黙り込んでしまったハルナさん。

「……吐き出せよ」

 オレは軽くハルナさんの肩を叩いた。

「ここで飲み込んでも、いつかは爆発するぞ。今日那由多くんに平手打ちしたみたいに。それが魔法の練習の時間だったらどうする。先生が中級の訓練所を使えって言ったほどの威力の魔法が暴走したら、危ないだろ」

「……ん……」

 へたりとハルナさんは座り込んでしまった。

「黙ってろって言われたけど、喋る。他の二人には秘密にして」

「……当然だろ」

「……私の父……勇者なの。もう引退したけど」

 何と、勇者の娘か。

「勇者の身内で、小さい頃から教育を受けた人間は、無試験でここに入校できる。勇者に必要な訓練のいくつかをすっ飛ばせるし、退学率も低い」

「……そうだろうな」

「そして、わたしが初めて魔法を使ったのは、十歳の時。十分にイメージトレーニングとか、魔法の力の集め方とか、知識はあった。だからできると思ってた。体術も、剣術も、父は褒めてくれたもの、魔法だって、って思った」

 ああ、それであれだけ強いんだ。勇者教育を受けたサラブレット。

「だけど……父の、風魔法の力を受け取った時、いきなり意識を持って行かれた。風が荒れ狂って、あちこち破壊した。父が止めてくれなければ、辺り三十メートルは更地になってたかも知れないって。だけど、元勇者の父にもケガをさせてしまった。どんな敵に出会っても傷一つ負わないって豪語してた父が、わたしを助けるのに左目を犠牲にした。カマイタチで切り裂いてしまった」

「…………」

「それが悔しくて、悲しくて、辛くて。父の教えてくれたことは全部できたのに、魔法だけは駄目だった。頑張っても、風が安定することはなかった。そよ風を生み出すはずが竜巻を引き起こす。わたしの魔法キャパシティの大きさと制御力が嚙み合っていないって言われたわ。強すぎる力に、弱すぎる制御力。これじゃ、暴走するのも当たり前よね」

 クスッとハルナさんは笑った。自虐的に。

 ……しかし、気になることが一つ。

「風魔法の練習って言ってたよな」

「ええ」

「……他の魔法は? 君のお父さん、他の魔法は使えないの?」

「風魔法の第一人者よ。そんな人に教えられても出来ないなんて……体術も剣術も鍛えても、魔法が制御できなきゃ単なる傭兵でしかない」

 ……ん~……もしかして……。

「風魔法じゃなきゃいいんじゃないかな?」

「え?」

 ハルナさんの目が点になっている。

「強すぎる力って、もしかして風魔法に限定なのかもしれない」

「……そう、なのかしら」

「風魔法でそれだけの暴走を引き起こすなら、暴走しない、自分に才能のなさそうな魔法を使ってみたらどうだろう。例えば……風の反対だから、土とか? 土の才能がなければそんな暴走もしないだろうし、そこで制御法も学べるんじゃないか? で、制御が完璧になったら風魔法にすればいい……って、素人考えで悪い。でも」

「…………」

 ハルナさんは目を見開いたまま。口もぽかんと空いている。

「もしかして……小さい頃から風魔法を使うんだってばっかり思ってた?」

「思ってた……」

 風魔法の第一人者と言われた勇者の娘なら、そりゃ風魔法に才能があるだろ。

 でも制御できなきゃどうにもならない。

 魔法の制御法は個人差こそあれどの魔法もほぼ同じと先生も言っていた。

 なら……暴走しない力で魔法を発動させたら。

 別系統の魔法をハルナさんは試したことがないらしい。なら、まだこの希望はある。

「魔法大全読み直して、別の種別魔法使ってみたら? もしかしたら行けるかも」

「……先生と相談してみる」

 ハルナさんは立ち上がった。

「ごめんなさい、それから」

 振り返ったそこには、全開の笑顔があった。

「……ありがとう」

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