第18話・魔法の授業とハルナさん
『魔法大全』なる分厚い教科書を抱えてオレたちが向かったのが、校舎の北側にある拓けた場所だった。
ところどころに的のような看板がある。
「ここが訓練施設、なのかな」
おっさんが息を切らしながら言う。オレと那由多くんもぜえはあ状態。
魔法大全、百科事典より重いかも知れん。
「初級者用の訓練場です。今の皆さんの実力でしたら、コントロールを誤ってもこの訓練場に貼られた結界から魔法の力線が飛び出すことはありません。実力をつけて、この訓練場の結界を突き抜けるほどになれば、向こうの訓練施設に移動となります」
先生が差した先には、小さく白い建物。体育館みたいだ。
「要するに、僕の魔法がこの結界を貫けば、初級は合格というわけだな?」
「はい、そうです」
なるほど。これは分かりやすい。結界を破れればレベルアップした証拠になる。
「さて、魔法ですが……」
先生は魔法大全を片手で抱えて(なんでおもり付きの腕でこの分厚い本を抱えられるんだ)、言った。
「何を覚えたいですか?」
へ?
事態を理解しきれていないオレを他所に、那由多くんの目が光った。
「
何だその魔法。
「ああ、もう教科書を読んだんですね」
あるんかーい。
と思わず心の中でツッコんだオレに気付いていたのかいないのか、先生は笑った。
「大沢さんは闇魔法を希望ですか?」
「闇魔法?」
「魔法には幾つか種類があります。例えば大沢さんが今挙げた魔法は闇魔法。勇者には不向きな能力ですが、勇者が闇魔法を使ってはいけないという法律はありません。ただ」
「ただ、何」
「そのレベルの魔法が使えるようになるには、まだまだ修行が足りません。闇魔法を志すなら、
……ていうか。
「先生、質問」
オレは手を挙げた。
「はい、なんでしょう」
「一人一人、違う魔法を覚えるのか?」
「そうです。でなければパーティーの意味がないでしょう」
「パーティーって……」
悩んだ土田のおっさんにお祝いのパーティーじゃなく登山とかのパーティーの意味だとに言って、オレはもう一度先生に向き直る。
「一つのスキルを覚えたら、他のスキルは覚えられない、そう言うことになるのか?」
「いいえ、違います」
先生は笑顔で返す。
「魔法は、覚えたいものを覚えたいだけ覚えられるんです。例えば大沢さんが闇魔法を完全に会得してから、光魔法を使いたいと思えば、光魔法を覚えればいいんです。一応魔法には種別と初級・中級・上級コースがありまして、担当の私たちは初級ならどの種別でも教えられます。その魔法の種別で中級に進んだ時、専任の先生についてもらうことになりますね。最初から上級魔法を覚えることも可能と言えば可能ですが、これだと魔法の取得にはよくない。基礎を固めないと、一つだけ上級魔法が使えるけどそれ以外何もできない、それだけの勇者になります。広く、深く、学んでください」
それってゲームより楽しいじゃんか。
好きな魔法を好きなだけ使えるだなんて。
オレは何魔法が良いだろう。
ええと……。
魔法大全を地面の上に置いて必死でめくっている横で、ハルナさんが手を挙げていた。
「風系の魔法を覚えたいです」
「風岡さんは……」
「分かっています」
ん?
「でも、やらせてください。やりたいんです」
「教えて欲しいというのを拒絶する教師はこの学校にはいませんよ」
先生は苦笑した。
「状況が違えば違ってくるかもですからね。納得がいくまでやりましょう。私たち教員は皆さんが納得する授業を受けられるよう努力するのが仕事ですから」
???
ハルナさんは何かあるらしい。何だろう。
「ええと……」
「はい」
おっさんが手を挙げた。
「私は肉体強化系を覚えたいです」
「ふむ、どうしてでしょう?」
「私は体力も筋力もありません。歳が歳ですから今から鍛えても皆さんには追い付けないでしょう。これならわたしの弱点をカバーできますし、皆さんの不得手を補える」
「なるほど、正しい考え方です。ほとんどの人が派手な攻撃魔法を望むのですが、亀の甲より年の劫、自分をフォローできる魔法を選ぶのはいいと思います」
そして、先生の、おっさんの、那由多くんの、ハルナさんの目が、オレに向いた。
「う~ん……」
悩みに悩んで、思いついた。
「回復系かなあ」
「回復?」
「さっきの授業で回復魔法を使われたけど、あれが使えれば長時間の冒険とかも可能になるだろ。それにゲームでは毒とか麻痺とかあるけど、そう言うのを治せれば安全に荷物も少なく冒険ができる。それにパーティーには回復系が必要だけど誰も選ばなかったし」
「地味ですよ」
「でもその威力は体で思い知った」
安久都先生は頷いた。
「では、
「あ、だけど、今更だけども一つ質問。オレとかおっさんの魔法って、結界貫けんの?」
「結界の内側から外にかけられれば合格となります」
なるほどね。
それから、魔法の練習が始まった。
まず、先生に額を押される。そこから、回復魔法のイメージが伝わってきた。
その力を、頭の中でこねくり回す。
体中を巡って、掌に集中させるようにする。
基本、魔法の習得ってのはその系統の魔法の力を覚えて、それを自分の体の中で再現させて、そこから魔法のイメージを膨らませて使うんだそうだ。
「闇の力よ……我が元に集まれ……闇の精霊よ、我が元に……」
那由多くんがぶつぶつ言っている。
「来い!
その瞬間、那由多くんの掌に、黒い毛玉のようなものが現れた。
「……
那由多くんが情けない声を上げる。
「はいそうです。大沢さんは闇魔法に才能がありそうですね。魔法を勉強して三十分で
那由多くんは褒められてへへん! と胸を張って、でも、と掌の黒毛玉を見た。
「こういうんじゃないんだ……」
「どんな召喚術でも闇魔法でも、最初はこんなものです。初心者が
初成功者の登場にオレとおっさんが覗き込みに行こうとした時。
ごお、と音がして、なんだ? と思ったら、竜巻が起きていた。
え? 何で? 竜巻?
風の魔法を習っていたのはハルナさんだ、いきなりこんな威力?!
しかしそれを使っているハルナさんは歯を食いしばっている。何とか制御しようとしているようだ。なのに、風が言うことを聞かない。
先生が出てきて、両手を竜巻に向けて突き出した。
もう一つ竜巻が現れ、ハルナさんの竜巻とぶつかって、相殺して消えた。
「…………」
ハルナさんは唇をかんで俯いている。
「才能の暴走ですね」
先生は静かに言った。
「才能があり過ぎるのも難儀です。そよ風を生む程度の魔法なのにこれだけの竜巻を作ってしまった。やはり風岡さんは制御から始めるべきでしょうね」
ハルナさんは露骨にがっかりした顔(初めて表情らしい表情を見た)で、座り込んだ。
だけど、才能があるって……でも制御ができないって……。
運動神経と言い、ハルナさんって一体何者だ?
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