第3話・謎と疑問と迫る入試
一週間、証明写真撮って病院の診断書や斡旋所の紹介の書類などをかき集めて、願書を締切ギリギリに提出した。
それから、ファミレスで別れ際に交換した通信アプリで、博に願書を出した報告と、どんな問題が出るか聞いた。
『答えられるわけないだろ馬鹿』
……そりゃそうだな。
『そこを何とか』
既読がついてから返事が来るまでしばらくかかった。
『……普通の訓練校ならある程度の学力が求められるけど、ウチは覚悟と度胸だけだ。試験内容は教えられないけど、仕事見つける為なら何でもやってやるって言う覚悟と度胸を決めてこい』
……謎だ。
学校の入試なんだろ? それに覚悟と度胸って何なんだ? 学力いらないのか?
と聞こうとしたところにメッセージが届いた。
『これ以上は聞くなよ。俺の首が飛ぶ』
……そう言われれば聞けなくなる。
覚悟と度胸。
覚悟と、度胸、ねえ。
バンジージャンプでもしろと言うのか。
いや。それはないな。さすがに。
『訓練校』でググってみた。
結構いろんな場所にいろんな訓練校があって、いろんなことを教えている。
オレが受ける予定の、狭間訓練校は……?
パ、と画面が切り替わった。
『この学校から新しい未来へ! 国立狭間職業訓練校は入校者を募集!』
卒業生の就職率百パーセントというロゴが大書きされている。
しかも全員が国家公務員。
「……なんかなー」
オレは思わず呟いてしまった。
「そこはかとなく、怪しいニオイが……」
オレもオレなりに色々調べてた。なんせ公務員って安定職業の花形だからな。そして分かったのが、こりゃあ到底無理だってこと。
高卒の地方公務員の試験でも、五教科に時事問題、適性試験に作文。勉強嫌いのオレにとっては身の毛もよだつ一日になる。
それが、覚悟と度胸とやらで合格すればなれるものなのか?
う~ん、分からん。
分からないままにホームページをクリックする。
何だか、ぼんやりした書き方をしているな、と言うのが感想だった。
何科があるかも分からない。どんな職に就くかもわからない。
ただ、国立で、卒業生の就職率百パーセントを前に押し出している。押し出し過ぎているか?
『明るく楽しい学生生活! 高め合って就職という目的に到達する、全寮制訓練校です!』
……他の訓練校は、全寮制はなかった気が。
遠方から来る人用の寮がある学校は確かにあった。国立の訓練校は主要な場所にしかなく、県外などから来る学生が暮らす寮はあったけど。
もしかしてこの学校、ブラックなのかも。
だけど……。
「……まあ……いっか」
どっちにしろこのまま家にいることはできない。寮に入るのは結果的に家を出ることになるからかーちゃんも認めてくれたんであって。
今更「学校が怪しいから行きません」と言っても、本気で家を叩きだされる。
とにかく、この学校に合格しないとオレの人生お先真っ暗。
訓練校がブラックっぽくても一年間お金もらえて就職の勉強できるなら、儲けもの。
「それにもう、申し込みしちまったからなー」
もう逃げることはできない。と言うか、逃げ道は自分で絶ったから、戻る道はない。
一週間して、受験票が届いた。
『適性試験がありますので、汚れてもいい、動きやすい服と靴(スニーカー、運動靴など)をご用意ください』
汚れてもいい、動きやすい恰好、ね。
博の言った「覚悟と度胸」に繋がるんだろうか。
これから先、合格してもしなくても、三月に家を追い出されることは確定している。合格すれば訓練費と寮で一年間猶予をもらえるけど、落ちたら問答無用で家を叩きだされる。
合格するしか、オレに残された道はない。
とりあえず、動きやすい恰好と言うのが合格に繋がるなら、運動系の試験があると、オレは毎朝ウォーキングを始めた。
本当は筋トレが良かったんだが、体育の授業以外で運動しなかったニートができる運動は限られてくる。実際腹筋をしたら動かなかったうえにしばらく筋肉痛でもんどりうってしまった。
だから、毎朝毎夕近所を歩いて、昼間は一応普通の訓練校が中卒並みの学力が必要と言うので中学の参考書なんかを流し読みしていたら、あっという間に二週間が過ぎた。
受験日の朝は、珍しくフレークじゃなく、味噌汁と焼き魚が出た。
「死ぬ気で頑張ってくるんだよ」
スーツ姿に着替えとスニーカーを入れたボストンバッグを担いで家を出るオレに、かーちゃんはそう声をかけた。
「……分かってる」
それから電車とバスを乗り継いで、二時間半。
着いたのは、山の中にある平屋建ての建物だった。
『国立狭間職業訓練校・入試受付』と書かれている。
「すいませーん……」
「はい! 狭間訓練校にようこそ!」
明るい声で出迎えてくれたのは、キレイな茶色の髪をしたおねーさんだった。
「入試を受けに来られた方ですね。受験票はお持ちですか?」
「あ、はい、これ」
オレの写真が貼られた受験票を出す。
「確認いたしました。神那岐雄斗さんですね。こちらの廊下の右手にある男性更衣室で動きやすい服装と靴に着替えて、食堂でお待ちください」
「あ、どうも」
幸先いいな。あっちはお仕事とはいえ、キレイなおねーさんに丁寧に出迎えられるのは悪くない。
更衣室でジャージとスニーカーに着替えて食堂に行くと、十人くらいの、上は諦念間際から下はオレより若そうな男女が落ち着きなさそうに座っていた。
ぺこりと頭を下げて椅子に座る。
「あんまり運動系だと困るんですがねえ、わたし、運動苦手なもんで」
「国家公務員就職率百パーセントって、本当なんでしょうか」
小声でひそひそぼそぼそと情報交換している人もいれば、スマホをいじったり、本を読んでいる人もいる。
向こうでスマホ弄ってる彼女……オレと同年代かな。真面目可愛いって感じの。
好みだ。
だけど、何を話せばいいか分からない。
相手の情報が分からない。分かるのは求職中ってだけ。話しかけも出来ない。
そわそわしているオレを横目にまた数人が入って来て、最終的にオレ含めて十六人が食堂に集まって、あのおねーさんがやって来た。
「全員揃いましたので、入試を開始したいと思います」
かちーん。
全員、音が出そうなほど固まった。
「スマホをご持参ください」
何人かが、慌てて荷物の中からスマホを取り出してポケットに入れる。
「では、受験番号順に並んで、ついてきてください」
言われるがままに十六人ぞろぞろ歩いて行って、体育館についた。
やっぱり体力系かなあ。
ちょっとお腹の出た中年のおじさんが憂鬱そうに溜め息をついた。
「はい、では、番号順に、四人ずつ、四グループになって立ってください」
今気づいたけど、おねーさんは何か変なものを持っている。
杖だ。
年寄りがついているのとは違う、細長い三十センチほどの杖。
おねーさんは杖を上に掲げ。
ふりおろす。
その瞬間、杖の先から四つの光が飛び出して、四グループそれぞれにぶつかった。
「では、受験を開始します。ご健闘を!」
光にぶつかられて、意識が遠くなって、そして……。
そして、森の中、クマさんならぬ小鬼と出っくわすこととなった。
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