第1話 出会い
浪人して入った地方国立大学。
入学当初は、周りとはひとつ年上の自分を少しステータスに感じていた。それが仇となったのかもしれない。まぁそこまで大した話ではないのだが…。
あの時出会った彼女をAさんとしておこう。僕のイニシャルはY。
たぶん、入学当初はお互い浮かれていたと思う。
僕が入った学部は工学部だった。
もちろん女子の比率は少ない。
総合大学ではあるので、工学部棟を出れば女の子はたくさんいた。
だが、工学部棟内で見る女の子というのは、見た目が普通以上なら何故か可愛いのだ。反感を買いそうだが、1つの事実だ。
工学部棟は、いかにも古びた棟の中に、学科によっては制服でもあるのかというような、チェック柄のシャツを着た集団、大学デビュー感満載の茶髪の似合わない賑やかな奴ら、人との関わりを断っているいかにもな研究者たち、その中に僅かに友達になれそうな数人。たまに臭いやつ。
工学部棟はまるで蠱毒でも行われているかのような、沈んだ空気が流れている。そんな空間だった。
その中で、1人の女の子とすれ違った。
あどけなさが残る綺麗な子だった。
背景が黒ければ黒いほど白は際立って見えるが、白単体でもすごく綺麗だった。真っ白だ。
率直に、工学部にもこんな人がいるんだ、捨てたもんじゃないなと思った。
オリエンテーションなど終わった翌週からすぐさま講義は始まった。
大学の講義は90分。入学したての僕にはすごく長い時間だった。大学の教授は小難しいことを考える人たちだなぁというのが殆どの講義での感想。
講義が終わり、夕方頃から新入生歓迎会というサークルの勧誘が凄まじかった。
大学内の通りで色々なサークルが、うちが楽しいぞと主張し合っていた。
それが連日続くのだ。もう毎日お祭り騒ぎだった。
その中で、あの綺麗な子はいないかと探してみたが、見つけることはなかった。
講義が始まってやっと一週間。
今日でひと通りの講義の1回目を受け終わる日。
最後の講義は英語だった。
この時には一緒に講義を受ける友達も出来ていたが、その英語の講義だけは席が決まっているということで、ひとりぼっちになるのが少し悲しかった。
席について、当時最新のiPodで遊んでいた。
右横には同じ学科の男が座った。
どうやら学籍番号順らしい。
僕は学科で最後の番号だった。
左隣には1席だけ空いていた。
人見知りとしては、知らない学科の人が隣に座るのはすごく嫌だった。
まぁただ、文句を言うのも意味のない事だ。
知らない人だけど、友達が増えるかもしれない。挨拶だけはしようと決めた。
チャイムが鳴った。
隣は空席。
教授が喋り始める。
隣はまだ空席。
教科書を開く。
まだ空席。
ノートを開けた。
まだ空席。
筆箱を開けた。
後ろで講義室の扉が開いた。
隣の席が埋まった。
講義が始まっているとはいえ、
隣に挨拶だけはしなければと思い、
横に目だけ向けた。
真っ黒の中に真っ白があった
僕の頭も真っ白だった。
緊張が僕の口を縛る。
挨拶が出来ない。
何か言わないとと思いながら、
慌てた様子で鞄から教科書を出している様を見て、
「今、このページですよ。」
何故か自然と言葉は出てきた。
「え、あ、ありがとうございます」
優しそうな好きな声だった。
それから特に何も話すこともなく
講義が終わった。
去り際に
「お疲れ様でした」と声をかけられた。
「お疲れ様でした」と返した。
それ以上言葉は出なかった。
ただ、彼女が慌て出していたノートに書かれていた名前を思い出していた。
Aさんか…。
ある日の人たち @ahilu0117
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ある日の人たちの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます