ホラー映画を観た妹が「一緒に寝て、お兄ちゃん……」と枕持参で甘えてきて

永菜葉一

ホラー映画を観た妹が「一緒に寝て、お兄ちゃん……」と枕持参で甘えてきて

「一緒に寝て、お兄ちゃん……」


「断る。今すぐまわれ右してお部屋へお帰りなさい、マイシスター」

「なんでよぅ!?」


 俺の妹である陽奈ひなは甘え顔から一転、ショックを受けた顔で叫んだ。


 両腕には部屋から持参してきた枕を抱いているのだが、これが妙に癖のある胴長ネコの形をしている。


 陽奈が叫んだ途端、胴長ネコはお腹を押され、「ボェ~」と汚い鳴き声を上げた。いやどういうセンスなんだよ、この枕。


「可愛い妹が甘えてるのに、どうして瞬殺するの? お兄ちゃんには人の心がないの?」


 扉の前で陽奈は可愛らしく唇を尖らせる。


 いつも結んでいる髪は就寝前なのでほどいていて、さらさらと背中まで流れている。


 パジャマはガーリィなもこもこ素材。

 やや子供っぽいが、こないだまで小学生だった陽奈にはよく似合っていた。


 俺はというとベッドで嘆息。


「陽奈ももう中学生なんだから、今までみたいにちょこちょこ一緒に寝るわけにいかないだろ」


「でもー」


 ぐすっと涙目になり、胴長ネコの後ろからDVDが現れた。


「『貞美さだみ13』観ちゃったんだもん……」

「なんでまたそんなものを」


 貞美とは皆さんご存知、テレビや井戸から出てくる幽霊お姉さんである。


 ちなみに13作目。前作は宇宙のワームホールから出てきたので、今作では異世界でドラゴンの口から出てくるらしい。貞美ブレスで騎士団壊滅。


「まあ、ホラー観た後、寝るのが怖いってのはわかるけどさ」


 何を隠そう、お兄ちゃんもホラーは超苦手なのだ。


「怖いなら親父と玲子れいこさんの部屋にいったらどうだ?」


 ちなみに俺の部屋は二階。

 陽奈の部屋は隣で、両親の寝室は一階にある。


「いったよ。あたしも最初はお父さんとお母さんのとこで寝ようと思ったもん。でもでもっ」


 何か思い出したのか、陽奈は胴長ネコを抱き締めて震えだす。


「部屋の前までいったら、扉の向こうから変な声が聞こえるの! あんあんあんって苦しそうな呻き声っ。あとギシギシギシって何かが軋む音も!」


 胴長ネコがまた「ボェ~」と汚く鳴いた。

 涙目な妹の前で、俺はひそかに頭を抱える。


 OH……。

 一体いつまで新婚気分なんだ、あの夫婦は……。


「あれぜったい貞美だよ!」


 いやお前のお母さんだよ。


「一緒に確かめにいこう! あたし、お兄ちゃんが一緒なら怖くないっ」


 いやお兄ちゃんは怖えよ。

 妹と一緒はなおさら怖えよ。

 明日の朝食の空気が凍りついちゃうよ。


「わかった。陽奈、こっちこい。今日はお兄ちゃんと一緒に寝よう」

「えっ」


 一瞬、目を丸くし、枕を抱き直して窺うように見つめてくる。


「……いいの?」

「いいよ。どんとこい」

「やったっ」


 テテテと小走りに駆けてきて、妹が掛布団のなかに潜り込んでくる。


「えへへ、お兄ちゃんの匂いがするー」

「やめい。それ彼女ができた時に言われてみたいやつだから、妹が先に言っちゃうの禁止」


「へー、お兄ちゃん、高校生なのに彼女いないんだ? へー」

「くっ、ニヤニヤするんじゃありません」


 ぺちん、と軽くでこぴん。


「あいたっ。お兄ちゃんがぶったー!」


 きゃっきゃ言いながら陽奈はゴロゴロ。

 頭の枕が合いの手を入れるように「ボェ~」と鳴く。

 あ、そういう使い方なのか、この枕。まるっきりお子様用だなおい。


「ほら、ふざけてないでちゃんと寝る。明日も学校だろ」

「はーい」


 俺は天井を見て仰向け。

 一方、陽奈は俺の方を向いて横に寝る。


「ねえねえ、お兄ちゃん。もう寝た?」

「寝た。超寝た」


「超起きてるじゃん」

「これは寝言なのです」


「もー。じゃあいいもん。勝手に甘えちゃうから」


 そう言うと陽奈はコアラのようにぴったり腕に寄り添ってきた。

 俺の肩におでこをぐりぐり当てて甘えてくる。


 うーむ、この甘えん坊はなかなか兄離れする気配がないな……。


 子供の頃から陽奈は俺にべったりだ。

 今年から中学生になったのだが、ぜんぜん変わらない。


 今はまだ小学生みたいな体つきだからいいが、そのうち女らしい体になるだろうし、さすがにいずれ兄も照れてしまうぞ。


 どうしたもんかなー……と思っていて、ふと俺は気づいた。


「陽奈、ひょっとして俺のシャンプー使ってる?」

「――っ!」


 その瞬間、ずばっと陽奈が離れた。

 光の速さもかくやというスピードだった。


 確か陽奈は母親の玲子さんと同じシャンプーを使っていたはずだ。


 しかし今、髪からしたのは俺のシャンプーと同じ匂い。腕に密着してたからたぶん間違いない。


「つ、使ってないよ……?」

「いや使ってるだろ?」


「使ってないもん!」

「本当は?」


「う、う~……」

「白状したまえ。証拠は上がっているんだ」


 陽奈はもこもこのパジャマの襟を引っ張り上げて顔を隠す。


「ごめんなさい、刑事さん。……本当は使ってます」


「別にいいけど、なんでまた? いつものシャンプーが切れてたわけじゃないだろ?」


「だって~」


 頬を赤らめて妹は白状する。


「お兄ちゃんと一緒の匂い、安心するんだもん……」


 ……可愛いな、おい。

 兄離れとか言った直後だが、抱き締めてやりたくなっちゃうぞ。


「お、お母さんには言わないでよ? お父さんにもだよ?」

「はいはい」


「ぜったい、ぜったいだからねっ」

「言わない言わない。大丈夫だよ」


 ベッドには平気で入ってくるのに、同じシャンプー使ってるのは恥ずかしいなんて、乙女心は複雑だな。


 だけど俺にもよくわからないことが増えたってことは、陽奈もだんだん女の子になってるのかもしれない。嬉しいような淋しいような。


「そういえば、なんでホラー映画なんて観たんだ? 陽奈、怖いの苦手だろうに」


「え、あー、うん、それは……お父さんが喜んでくれるかな、って思って」


 ……ああ、そうか。


 はにかむような妹の苦笑を見て、俺は理解した。


 ウチの両親は再婚だ。

 俺が親父の連れ子で、陽奈は玲子さんの連れ子。


 一緒に住むようになって、かれこれ八年ほどになる。


 子供同士だったこともあって、陽奈は俺には最初からべったりだったけど、親父とは今も絶妙な距離感がある。


 俺がいまだに玲子さんと呼んでしまっているのと一緒だな。


 もちろん家族みんながその距離感をちょっとずつ埋めようと努力して、今がある。


 親父はホラー映画好きなので、今回の貞美も陽奈にとってその努力の一つだったのだろう。


「陽奈」

「なあに?」


「次に怖い映画を観る時は言ってくれ。お兄ちゃんも一緒に観るから」


「え、ほんと? お兄ちゃんもホラー苦手だよね?」

「うむ。ダッシュで逃げるほど超苦手だ」


 だけど、と体を横に向ける。


「可愛い妹が頑張ってるなら放っとけない」

「わっ」


 陽奈の方を向いて抱き締め、よしよしと頭を撫でた。

 途端、笑顔が花のように咲き誇る。


「お兄ちゃんって、なんだかんだ言っていつも甘えさせてくれるよね。ありがとっ。あのね――」


 嬉しそうに頬を緩ませ、ぎゅーっとしがみつき、陽奈は言った。

 甘えん坊全開のあまあま声で。




「――お兄ちゃん、大好き♡」




 ………………。

 …………。

 ……。


 翌朝。

 陽奈を見習って玲子さんを「お母さん」と呼んでみたら、まさかの号泣。


 フライパンを投げ捨てて抱き締められ、今度は陽奈が「お兄ちゃんはあたしのー!」と大慌て。


 凍りつきはしなかったが、大騒ぎの朝食になったのでした――。

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