第2話
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「一騎。お前、好きな子でも出来ただろ」
口につけていた椀の味噌汁を「ぶっ」と噴き出した。
「いきなりなんだよ兄貴」
私立探偵高行事務所のオーナーであり、年の離れた兄の和人が唐突に言ってきて、人差し指を挙げて見せた。
「一、うわの空が多い」
さらに兄は中指を出して、
「二、お前が絆創膏をしている」
「それぐらいするだろ」
「いいや」
兄はすっぱりと否定してきた。
「俺と同じ大雑把なお前だ。絆創膏なんて繊細なものするわけないだろ、いつも唾つけて終わりじゃないか」
そんな理由にむっとするが、兄はかまわず続けてくる。
「巻き方も丁寧なところを見ると、それを付けてもらったのは女性だな」
「ちげーよ」
兄はさらに、薬指を立ててた。
「三、今日の帰りが遅かったのだが、生徒会の仕事と言った。もしお前が同級生と居残っていたのなら、もっと遅くなってても良かったはず。買い食いぐらいだってするだろう。だがお前は遊びにつかずそのまま帰ってきた。おそらく、生徒会の誰かしらの……そう、異性と作業を終え、緊張したまま早々に一緒に帰ってきた。ってところだろうな」
さーて、反撃開始だ。
「俺が一人だけじゃなくて、誰かと生徒会の仕事をしてたって言う根拠は?」
「あ……」
間抜けな兄だ。
俺はさらに付け足す。
「保健室で付けてもらったんだとしたら?」
「う……」
饒舌に語りながらも、誰でも足がすくえそうな穴だらけの推理。だから三流のヘボなんだよ、まったく。
……まあ当たってんだけどね。
「で、正解は?」
「知らないね、教えねーよ」
「やっぱり当たってたんじゃないか」
「ちげーよ」
駄目な推論を語るくせに、勘だけは鋭い。
探偵やってるからといって推理ができると言うわけではない。探偵は依頼者に代わって調べ物をするのが仕事だと、兄は語る。
それこそペットの捜索、家出失踪、浮気調査。さらには電話番号のみなどの断片的な痕跡や経歴と言った、わずかな手がかりで人を探す。探偵は依頼者の代わりに調べたいものを調べるのが仕事なんだと。それゆえに推理が抜群に秀でていることがなくても、探偵と言う稼業はやっていけるのだ、と。
推理するという行動は本来、少ない手がかりから目標を見つけるために行うことで、それがある程度に的を射ていれば十分に事足りるらしい(本人の持論なので本当はどうかは知らない、しかも矛盾している気がする)
つまりは、こんなしょぼそうな兄貴でも探偵って仕事は務まるってことだ。
そして兄が自営業でも探偵をやりたがったのは、自分の知識欲からだという。
推理小説や物語で浮かれて目指したわけではなく、子供の頃から無意味に知りたい分かりたいという欲が強く、それ故の行動力もあり、そして自分に合っている仕事は何だろうかと考えて、この仕事を始めたのだと。
なんとまあ、ツッコミどころの多い穴だらけな理由なのだろう……まあ、自分の生活や小遣い学費まで出してもらっている俺なんだけどね。
――穴だらけ探偵、高行和人。それが俺の兄だ。
「なあ一騎」
兄の和人がまた俺を呼んだ。
「名前教えてくれたら俺が調査してやろうか?」
「ぶち殺すぞ」
「友好関係から御経験の程まで」
「黙れヘボ探偵もどき」
「もどきじゃねぇよ、本物だ」
「本当に兄貴が探偵やってられるんだから、社会のお天道様は寛大だね」
外から聞こえてきた犬の鳴き声、男二人で囲む食卓の上では色恋沙汰の話が飛び交う。
当然だが、兄に女性の気配は無い。
「……男二人でこんな話。なんか物悲しいんだけど」
しんと静まり返って、兄が息苦しく咳払いをした。ようやく年甲斐も無くはしゃいだと反省したらしい。
「まあ、あれだ。悪い女に引っかかるなよ」
「そんな人じゃないから」
言ってしまってから「あっ」と気づく。
「ほほう」
にやり笑みを浮かべた兄。
「今のは自爆だぞ」
半ば八つ当たり気味に、俺は夕食をかっ込んだ。
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