告白なんかしてないけど? それよりプールでも行かないかぁ?

<高峰翔Side>



「それでさ、今年はプールにでもいかないかーーって思ってるんだけど、どうだと思う?」


 昼下がりの喫茶店、バイト終わりの麻由里を引き留めてそんな案を提示した。


「……いいと思うけど、高峰君は大丈夫なの?」


「何が、俺は別に大丈夫だけど?」


「いやぁ……だってさ……」


「だって?」


 ミルクティーをチューチューと吸いながら顔を顰める麻由里。

 そんな表情を気に掛けていると、彼女はばつが悪そうにこう言った。


「——本人を前に悪いんだけど、前に私にフラれたじゃん?」


「……え?」


「え、覚えてない? あまりにもショックすぎて忘れちゃった?」


「その言い方はますますイライラするけど……俺、告白なんかしたか?」


「あぁ、そうやって年端も行かない乙女の恋心を弄ぶんだぁ……これだから大学生の男はぁ~~」


 こいつ。

 それを言いたいのはこちら側だと分かって、言ってやがる。天然な顔して案外計算している所が鼻につく。思わず勢いで告白してしまった自分が恥ずかしい。災い転じて福となすというのはこのことかもしれないな。


「大学生の女もこうだからどっこいどっこいだ」


「うわぁ~~私、そうやって人を見かけで判断する人嫌い」


「へぇ、どの口が言うんでしょうねぇ……」


 はぁ、と溜息をつき、俺も頼んだ珈琲を口に入れる。さすが、300円だけあって味覚音痴の俺でも分かる美味しさだ。苦いのはあまり好かないがこれならいけそうだな。


「顔、空かしてるよ?」


「わざとだ、いいだろ、珈琲のめる奴って」


「うぅん……そうかな、味覚が死んだだけじゃない?」


「……子供かよ」


「さぁ、ねっ」


 勢いよく上半身を振り下ろす麻由里。


 その慣性でたぷんと揺れ、ふわっとテーブルに着地した大きな胸に一瞬釘付けにされたがなんとか理性で目を離す。


 そんな俺の機微を見逃さなかった麻由里は口角を少し上げて笑みを浮かべる。


「さてさてっ——釘付けになっていた人が言えることじゃないだろうけどっ」


「——はっ、だ、誰の事だかっ!」


「あらあら、私の目の前にいる金髪デビュー系(日本人の良さを知らない)大学生だと思うけど……」


「おい、心の声が駄々漏れだぞ……」


「あ、ほんと? ごめんねっ、ついつい。でも、事実じゃない?」


「きもちは分からなくないが、大学生ならやっちゃうだろ? もうこれ以上はできないだろうしな」


「ふぅん……そっ、私は黒の方が好きね」


「好みは聞いてない」


「私も高峰君に言ってない」


 バチバチ。

 他愛もない会話に我が身を乗っけて話す俺と麻由里の間に、店員さんが笑顔でやってくる。


「あのぉ~~店内ではお静かに……」


「え」「あ」


「よろしくお願いします……」


 若干の苦笑いに、俯く俺たち二人。

 結局、周りの客のクスクス声が聞こえる中、逃げ出したのだった。







「もうっ……これだから喫茶店は嫌いよねっ、こう、知らない人たちをのけ者にし様って感じがさ!」


「あぁ、それには同感だ。元陰キャとしてあれはさすがに不快だ」


 小走りで逃げてきたせいか少し熱い。

 あの場所からそこそこ距離のある公園のベンチに座っていると、ふと目に入った。


 麻由里の大きな胸を覆う、真黒なブラジャーが汗で薄く透けていた。


 ——

 なんてエッチな色のブラジャーをしているんだこいつは。彼氏もいないって言うのに。


「あぁ~~あついっ」


「そ、そうだな」


 今度こそ、パッと見えた胸から目を逸らしたが流石は巨乳。なかなか脳裏から離れようとしてくれない。


 俺もおっぱいは嫌いじゃないし、というか好きだから見たい気持ちはあるが麻由里が故にあまり見たくはない。


「——ん、どうしたの?」


「——え?」


「だから、なんかすっごく顔赤いけど……そんなに疲れた?」


「え、あ——まぁな、そうかもな」


 俺のヘタレめ。

 まったく、いくら見たくないからとは言ってもこの状況をほっとくのはナンセンスだ。しかし、だからと言っても指摘するのはそれはそれでハードルが高い。


 つまり、これがどういうことだか分かるか?


 終わりってことだよな。


「……元運動部だったんじゃないの?」


「え? あぁ、そうだけど——もう1年以上してないからな」


「んん、そうだと思わないけどなぁ……本当に、何か言いたいことがあるなら言ってよ?」


「あぁ」


 というか、だ。

 自分で気づいていないのが余計に辛い。本気で分かっていないのか?


「……麻由里」


「何?」


 さすがに言うべきだろう。

 俺もヘタレかもしれないけど、さすがに見過ごせない。


 男としてだ。

 ごくッと生唾を飲んで、俺は麻由里にこう言った。


「透けてるぞ」


「え」


 一瞬固まると、あ、っと気づき恐る恐る下に視線を落とす。

 数秒間、沈黙を続け、次に顔を上げると彼女の綺麗な顔は真っ赤に染まっていた。


「……もっと、早く言え」


「ぁ……お、おうっ」


 殴る素振りすら見せずに、ゆっくりと腕で透けている部分を隠す麻由里があまりにも予想外で呆気を取られてしまった。


 不意に可愛くなりやがって、人の気持ちも知らずに。

 そんな彼女を見て余計に恥ずかしくなって、俺はそっぽっを向いた。


 すると、隣で肩を撫でおろす音がする。


「……はぁ、見られちゃった」


「……それは、すまなかったな」


「まぁ、別に減るものじゃないし……いいけど」


 なーんで色気づいてやがる。

 展開が急だぞ。


 そんな彼女に内心あたふたしていると、一通のラインが入った。


「あ、ラインだ」


 スマホを開き、読んでみると隼人から一件。


 『プールでも行かないか?』


 まさか提案が被るとはな。

 貴様はもうこちら側の人間じゃないって思っていたのだが、案外違うらしい。


「どうしたの?」


「あぁ……隼人からプール行かないかって」


「プール?」


「あぁ、暇だからって」


「今日?」


「明日」


「なら——いこっか」


「え、いや別に麻由里は誘われてな——」


「なーんで藤崎君と葵ちゃんが二人で行かないのか考えたら分かるでしょ?」


 さっきまで頬を赤くしていたくせに急にされた真っ当な提案に、俺は何も言えずに頷くことしか出来なかった。


 

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