ハッピーエンドの人魚姫

ゆらゆらと、水面の向こうにはじける光を見つめていた。


国民なら誰しもが愛する王子の婚約は、瞬く間に国中に知れ渡っていった。

激しい嵐の中、王子を助けた優しく勇敢な姫と彼は結婚するのだという。

どんな戯曲も敵わない完璧な物語に、みながうっとりとした。

国全体が幸せに浸り、お披露目というさらなる幸せを心待ちにした。



それを、人魚姫は冷たい水の底でじっと見つめていた。

水晶が映し出す陸の世界では、王子も、家族も、国の人々も、この高揚感にずっと包まれていたいという顔をしている。

目の前の人が享受する幸せは、何も間違いを犯さない。

これでいい、人魚姫は確認するようにしてつぶやいた。



ゆらゆらと、水面の向こうにはじける光を見つめていた。

手をかざしてみたその向こうの世界は、私には眩しすぎる。


それを今日も確かめると、海の深く深くへと潜っていった。光から遠ざかっていく風景が、次第に色を濃くしていく。


「もう傷つきたくない。足なんていらない」


そう言いながら、彼らの結婚にふさわしい花の色やケーキの形について考えた。

美しい唄がその喉を震わせる事は無かった。





「……って納得できるかい!」

人魚姫は水晶をひっくり返して叫んだ。天井の方へ浮かび上がっていく水晶を横目に、彼女は何度も何度も考えた。大人の対応をしようとした。でも結局、納得が行くことはなかった。大体なんなの!? 引くことが美徳みたいなさぁ、あれおかしいと思う。だって実際助けたの私じゃん。なんで人間を助けるとかリスクのある行為を実際したのは私なのに、さらに嫌な気持ちにさせられないといけないんだよ。結局真面目な正直者が馬鹿を見る世界なのか? しかもなんで私最終的に死ぬの? そんなすごすごと諦められるほど中途半端な気持ちで人間なんか助けられねーっつうの。確かにさぁ、綺麗に引き下がりますお幸せにとかできたらカッコつくかもしんないけど。お礼を受け取るべきは! 私! やろがい!


物語が繰り返されるたび、慎重にやってきたつもりだった。

それでも毎回バッドエンドを迎えてしまう。なぜだ。

足を貰わず王子に会いに行こうとするも、陸地での移動手段がどうにもならず、城に着く前に干からびて失敗したり。

声と引き換えに足を手に入れ、無理矢理に王子に事情を説明しようとするも、地獄のような声しか出ず引かれて終わったり(この時は恥ずかしさの余り躊躇いもなくナイフを自分に突き刺した)。

どうにか声を完全には失わずに足を貰えないか、と交渉してみたところ音域の半分と引き換えに、脚無しの足の部分だけがあるキメラにされてしまったり。

そんな事を幾度と無く繰り返し、もしかしたら今回は、と同じ事を試してみるもやはり失敗し、もういっそ諦めた方が楽かな……と悟りの境地に入りかけていたのが先ほどの私だ。


でも、無理矢理なハッピーエンドを夢想してみたって、心の奥は満たされやしない。

こうなったら、最終手段に出るしかない。

決心した人魚姫は、慌てて浜辺の大きな岩まで上がっていった。二人が日課としているお忍び散歩コースで浜辺を通りがかる時間が近付いてきたからだ。「ここで助けてもらったんだよねー」なんて会話を水晶越しに聞いた日の、言葉に表せない感情を反芻しながら人魚姫は王子と嘘つきを待ち構えた。今日も楽しそうに笑う二人が現れたのを見つけると、彼女はいつもより深く息を吸った。

『お二人、お話があります』

「えっ誰……、嘘!? 人魚!? 初めて見た! 結婚の吉兆かなぁ、声キレイだし」

『あの嵐の夜、王子を助けたのは私です』

「えっ!? そんなはずは、だって助けてくれたのはこの子……」

『試しにそこの女、王子を助けた泳ぎを見せてみろ』

「そんな事ならなぁ? だってあんな嵐の中僕を助けてくれたんだから……」

フォローしたつもりの王子の言葉に、カナヅチの女の表情はどんどん沈み、ついぞ一言も発する事は無かった。

「そういえば君さ、あの嵐の中で助けてくれた割には服とか全然綺麗だったよね」

王子もうつむいた。


その後、嘘をついて妃の座を狙った女は婚約破棄となり、女の生まれの隣国には経済制裁が加えられ、一週間後に控えた結婚式はそのまま王子と人魚姫の為のものとなった。

「さすがにこう……恥ずかしかったけど、言ってくれて良かった」

と当日の朝の王子は語る。


女たちよ、たくましくあれ。幸せと正義を掴み取るのだ。

ちなみに足はなんとか生えた。

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