第19話 えっちな鎧屋さん

「ミーちゃん! ベルちゃん! 忘れててほんとうにごめん!」

「……はぁ、もういいけどさ」


 ミーちゃんは苦笑い。

 いつのまにか服もちゃんと着たみたい。


「ですがお姉さま、これまでなにをされていたのですか?」

「あのね、シャニルちゃんのお母さんを浄化してあげてたんだ」

「あの泥棒猫のですの? そうですか……そのような事情があったのですね」

「ね、ね、ふたりとも! あのね、街で素敵なお洋服屋さんを見つけたんだ! 行ってみようよ!」


 ふたりの手を引っ張って再び街へと向かった。


   *


 カランカラン


 扉のベルを鳴らしてお洋服屋さんへ入ると、ミーちゃんは困ったように耳打ちしてきた。


「クーちゃん、ここ、服屋じゃなくて アーマー屋だよ? 普通の服は売ってないよ?」

「そうなの?」


 言われてよくよく店内を見回す。

 たしかにふつうのお洋服は置いていなかった。

 でも、かわいいのだってあるし……。


「鎧だってファッションにならないわけじゃないし、やっぱり見てみたいな!」

「まあ、クーちゃんがいいならいいんだけどね」


 三人で鎧を見て回る。

 このお店はビビッときただけあって、防具なのに無骨な印象を与えず、むしろかわいいと思わされてしまうものばかりだった。

 しかも女性向けしか置いていない。


「へ~、こんな店初めて見たな~……店主が女性なのかな?」


 ミーちゃんも感心して見入っている。


「えへへ!」


 いい穴場見つけちゃったかも♪


「――これまたずいぶんとかわいい嬢ちゃんたちだな」


 ぬぅ、と大柄な男性がやってきた。

 もじゃもじゃのお髭をたくわえている。


「え? も、もしかしてあなたが店主ですか?」とミーちゃん。

「ああ、俺が店主だ。で、なにを探してるんだ?」

「あの、かわいい防具はありますか?」

「かわいい? ……ふぅむ、これはいい。この店は嬢ちゃんみたいな娘のためにあるんだ。ほれ、あれなんかどうだ?」


 そう言って店主さんが指差した先、マネキンさんは薄いピンク色の水着ビキニを着ていた。


「防具なのに、水着ビキニ……?」


 きょとんとしてしまう。

  

「もちろんただの水着ビキニじゃあない。あれは『まほうの水着ビキニ』といって、高い守備力と魔法耐性を備えている」

「す、すごい! 水着ビキニなのに!」


「じゃああれは?」とミーちゃん。


 指差した先、マネキンさんが男性ものと思われるパンツを履いていた。

 ……パンツ?

 

「ああ、あれは『ステテコパンツ』だな。防御力なんぞあってないようなものだが、女がステテコパンツを履いてる姿が見たいってだけで置いてる。なんなら時々自腹を切っておまけで渡したりもしてるぞ。ガハハハハッ!」

「そ、そうなんですか……」


 ミーちゃんの顔はひきつっている。


「ではあれはなんのためですの? ここでふつうの下着を買う女性がいるとは思えませんが……」


 今度はベルちゃんが指差した。

 マネキンさんがセクシーなパンツとブラ、そしてガーターベルトを身に着けていた。


「お、いいところに目を付けたな。あれはその名もズバリ『エッチなしたぎ』だ。昼に戦うもよし、夜に戦うもよし、ま、夜に戦うならすぐに脱がされちまうがな! ガハハハハハハハッ!」

「な、なんですのそれは……」


 ベルちゃんもひきつった顔で反応に困っている。


「なんでこんなキワモノばかり……」


 ミーちゃんが『エッチなしたぎ』を手に取ってつぶやいた。


「俺はエロいアーマーが大好きなんだ。元は防具鍛冶職人でな、自分の好きな鎧を作って売り出すのが夢だったんだよ」


 店主さんは愛おしそうにビキニアーマーにスリスリしている。

 ……本当にお洋服……鎧が大好きなんだ。

 お洋服好きとして他人事とは思えず、わたしもなんだかうれしくなってしまった。


「店主さん! わたし、店主さんの気持ちがわかるような気がします!」

「おお、わかってくれるか!」

「はい!」


 ガシ、と手を取り合う。

 同士だ。

 わたしたちは同士なんだ。


「店主さんの心がこもったこのビキニアーマー、お借りします! 試着させてください!」

「よしきた!」


 ビキニアーマーを受け取り試着室へ。

 フンフンフ~ン♪と着換えて試着室のカーテンを開ける。


 ――シャッ!

 

「じゃじゃ~ん! どうかな!?」


「おう! 最高だぜ!」


 店主さんは親指を立てて満面の笑みを浮かべてくれた。


「……あれ?」


 でも、


「…………」

「…………」


 ミーちゃんとベルちゃんは頬を赤らめてわたしの体を見ていた。


「……あっ!?」


 あわててカーテンを閉めた。


「ん? どしたい嬢ちゃん?」

「い、いえ……」


 そ、そうだ、この鎧、お股とお胸しか隠せないんだ……。

 テンション上がって忘れちゃってた……。


「おいおい、恥ずかしいのか? でもよ、それは俺が作った中でも最高傑作と呼んでもいい代物なんだぜ? 少し試してみたらどうだい?」

「試す、ですか?」

「ああ、森に行って魔物を狩ってくるといい。嬢ちゃんたち、見たところ冒険者なんだろ? なあに、性能は俺のお墨付きだ。ほれ、剣も貸してやるから」


 恐る恐るカーテンを開けると剣を差し出された。

 店主さんはふたりにも声をかける。


「どうだいふたりも。ビキニアーマー、着ていくかい?」

「いや、あたしはいいかな……」

「え、ええ……わたくしも遠慮させていただきますわ……」

「なんだいなんだい。今のうちに見せておかないと、見せたいって思ったときにはもう遅いかもしれねえぜ?」

「そんな、親孝行みたいに言われても……」

「わたくしが見せるのはお姉さまだけで十分ですわ……」


 ふたりは若干ヒキ気味だった。


   *


 森へやってきた。


 もちろん性能を試す目的だからわたしはビキニアーマーを着ている。

 でも、せっかく魔物を倒すなら街の役にも立とうということで、掲示板に貼られていた『WANTED』の魔物を倒すことにしたのだ。


「えっと、たしか巨大スライムのスラリンキングさんだよね? ミーちゃん、スラリンキングさんは強いかな?」

「う~ん、どうだろ? でもキングって付いてるし、強いのかもね」

「ですが、心配することありませんわお姉さま」とベルちゃん。「あの店主がここでの狩りを勧めたのですもの、これで強い魔物が出てきたらとんだろくでなしということになりますわ」

「まあ、それもそうか」とミーちゃん。


 ブヨン……ブヨン……ブヨン……ブヨン……


「……ん?」


 森を進んでいるとミーちゃんが立ち止まった。


「ミーちゃん、どうしたの?」

「いや、なにかおかしな気配が……」


 ブヨン……ブヨン……ブヨン……ブヨン……


「ほら、なにか音も……」

「え、どこどこ?」

「だから変な音が……」


 ヌヌヌヌッ……!


「あっ!?」


 地面におっきな影ができた。

 なにかが後ろにいるのだ。

 そう気が付いたときにはもう遅い。


 ――ごっくん!


 わたしたちはスラリンキングさんに飲み込まれてしまっていた。


「んん~!!???」


 ボコボコボコ……! と水疱すいほうが上がる。

 ミーちゃんは胸とお股を必死に隠している。

 スラリンキングさんの中はまるで水みたいだけど、なぜか服が溶けてしまうのだ。


「ぼ、ぼべえはま!」


 ベルちゃんも必死に胸とお股を隠している。「……うっ」


 カーッと耳まで熱くなる。

 涙目になりながら裸でスライムさんの中に捕らわれているなんて、すっごくえっちだ……。


「んんっ!」


 でも、今はそれどころじゃない。

 わたしも自分のビキニアーマーを確認してみた。


「……ぼぼ(おお)」


 わたしのビキニアーマーはビクともしていなかった。


「……すごい」


 店主さんの言っていた通りだ。

 これはまさに店主さんの最高傑作だ!


「ぼぼ~し(よぉ~し)……」

 

 さやから剣を抜き、


「やっ!」


 スラリンキングさんを内側から切り裂いた。


 シュウウウウ……


 スラリンキングさんは闇にかえり、わたしたちは無事に外へ出ることができた。


「ふたりとも、大丈夫?」

「う、うん、なんとか……でも、服が溶けちゃって……」

「わ、わたくしもですわ……」


 ふたりはやっぱり胸とお股を隠してもじもじしている。


「っ!?」


 涙目になっているミーちゃんと目が合い、サッと視線を逸らした。


「ビ、ビキニアーマー、すっごく丈夫だよ……やっぱりふたりも着る……?」

「う、う~ん……この姿で帰るわけにもいかないし、着るしかないか……」

「というかお姉さま、重いビキニアーマーをどうやって……」

「実は三枚重ねて着てたの!」


 二枚脱いでふたりに渡す。

 これで三人ともビキニアーマー姿になった。

 おそろいだ!


「じゃ、帰ろっか!」


 無事にビキニアーマーの確認と討伐を終えたわたしたちは帰路に着いた。


   *


「おうおう! どうだったいビキニアーマーは!?」

「さいっこうでした!」

「そうだろうそうだろう!」


 店主さんと腕をクロスさせる。


「お、なんでぇ結局三人ともビキニアーマーを着たんじゃねえか。どうだったいおふたりさんは?」


「……はずかしめを受けている気分だった」

「お姉さま以外に肌を見せるなど、とんだ屈辱ですわ……」


 ふたりは顔を真赤にしてうつむている。


「あの、実はふたりとも、街で見られて、それで……」

「ガハハ! やっぱり恥ずかしかったか! ま、これも経験ってやつよ! 嬢ちゃんたちももうちっと大人になれば見られる快感ってやつにも気が付けるかもしれねえな!」


 わたしには店主さんの言うことが少しだけわかった。

 わたしだって恥ずかしかった。

でも心のどこかに、せっかくお着換えしたなら見られたいって気持ちもあった……。


「店主さん、わたし、店主さんとならいい鎧が作れると思うんです! 鎧造り、手伝わせてください!」

「……嬢ちゃん、協力してくれるってのか?」

「はい!」

「嬢ちゃん……」


 店主さんの瞳にキラリ光るものが見えた。


「へへっ!」


 ズズ、と鼻をすすった。


「おりゃあ気持ち悪がられることが多くてよ、そんなこと言われたのは始めてだ……。よっしゃ! じゃあ頼んだぜ嬢ちゃん! 工房はこっちだ! より強く! よりエロく! 最高の鎧を造ってやろうぜ!」

「はい!」


 そして研究の日々は始まった。


「やはり水中での戦闘も考えて柔らかくて乾きやすい素材がいいと思うんだが、どう思う嬢ちゃん?」

「そうですね……だったら色はグレーで、この素材でワンピースタイプにしてみては?」

「おお! そうかスクール水着をベンチマークにするってことだな! さすが嬢ちゃん、目の付け所がちげぇぜ!」

「そうぬか喜びしないでください。まだ出来上がったわけではありません」

「おお、すまねえ、その通りだな。なら嬢ちゃんのアイデアをベースに、あえて胸のパットは抜いて、より弾力性とエロさを求めて――」


 ――こうしてククリルと店主は新たなるエロティック・ビキニアーマーを開発した。

 ふたりのエロティック・ビキニアーマーは空前絶後の人気を博し、昼には魔物から多くの命を救い、夜には脱がされることで多くの命を産み出すことになるのだが、それはまた、別のお話だ。


「これ最後、良い話だった、みたいな感じで終わってるけど……」とミーちゃん。

「えへへ、いいのいいの!」

「……うぅ、なっとくいかなーい!」


(つづく)

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