第18話 ブルマxスパッツ=??(前編)

「街! お前は! どこへいく! 街!」

「……なにその歌?」

「ん?」


 口ずさんでいると、ミーちゃんがきょとんとしてわたしを見ていた。


「『街』っていう歌! わたしが作ったの!」

「そ、そうなんだ……」


 ワイワイ! ガヤガヤ!


 アリエス国へ向かう途中、スピカの街に着いた。

 この街はヤミーに汚染されておらず、とても騒がしく楽しい街だ。


「むぎゅう……」 


 でも、人が多過ぎて身動きが取れない……。


「す、すごい……こんなに大勢の人なんて、まるでお祭りみたい……」

「や、どうも本当にお祭りみたいなのがあるらしいよ。ほら、障害物競走の大会だって」


 ミーちゃんが壁の張り紙を指差した。

 そこには『第108回障害物競走・町長カップ、略してCカップ開催!』と書かれていた。


「ミーちゃん、障害物競走ってなに?」

「網の下をくぐったり、パンを食べたり、物を借りたりしながらゴールを目指す競技だよ。水上の障害物では時々ポロリもあったりするんだけど」

「ポロリ?」

「そ、ポロリ」

「へ~……」


 ドン!


「あっ」


 と、よそ見をしていたら人にぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい!」

「…………」


 ぶつかってしまった女の子は冷めた目でわたしを一瞥いちべつしただけで、なにも言わずに去ってしまった。

 端正な顔立ちの猫耳獣人さんで、体は小さいのにショートパンツに布を胸元に巻いただけの露出の多い格好をしている。

 なんとなくかっこいい感じの女の子だ。


「あのお洋服も、いいなぁ……」

「お姉さま、立ち止まると人波に流されてしまいますわ」

「あ、はーい♪」


 はぐれないようにふたりの手をにぎる。

 この後は街のオープンカッフェで一休みの予定。


 う~んこれぞ街の女の子って感じ♪


   *


 オシャンティーなカッフェでおケーキとお紅茶を堪能した後はウインドウショッピングとしゃれ込んだ。


「……ん?」


 と、ひときわにぎやかな場所が目に付いた。

 ステージの上でおじいさんが棒を掲げて声を張り上げている。


『優勝者にはこの月の魔力が宿ったスティックを贈呈するぞい! 鑑定の結果、なんと本物! 月の金色棒こんじきぼうに間違いないということじゃ!』


「……えっ!?」


 慌てて腰帯を確認する。


「ムーンライトスティックが……ない!?」

「うそっ!?」とミーちゃん。


 ザクッ!


 と、近くの机にお団子が突き刺さった。

 瑠々ちゃんだ。


「もぐもぐ……もぐもぐ……ハッ!?」


 お団子を食べて串に書かれたメッセージを確認する……


 ――さっきの猫耳に盗まれた

 ――ごめんなさい取り返せなかった


「あの子だ!」

「心当たりあるの?」

「さっき猫耳の女の子とぶつかったの!」

「なるほど……そいつで間違いないね」

「ど、どうしようミーちゃん!?」

「う~ん……どうしようっていっても、こうなったら出場するしか……」


 またステージから声が飛んだ。


『ワシとしてもこんな代物を贈呈してしまえば命すら危うい……じゃがワシはこの障害物競走に命を賭けておる!』


 オオオオオオオオッ!


 地鳴りのような歓声が上がった。

 皆さん、サプライズ賞品に目が血走っている。


「……クーちゃん」

「……うん」


 でも、それでもやるしかない。

 絶対、優勝して取り返さなくっちゃ!


   *


 スタートラインに付くと、実況さんの声が響いた。


『さあ参加者が出揃ったようです。それでは順に見ていきましょう」


『一枠・しがない服屋の看板娘ククリル。上は体操服なのに下はハーフパンツといったい着こなしです。どうですか町長?』


『うむ。現代性を感じさせるナイスな着こなしじゃ。それに体操服に名前を書かせたのは正解だったようじゃな。そこはかとなく幼さを感じさせてベリーグッドじゃ。ハーフパンツは昨今のポリコレの現れでよい印象を抱いてはおらんかったが、伝統ある体操服と組み合わさるとこれはこれで悪くないのう。ワシはハーフパンツが大好きになったぞい!」


『二枠・盗賊少女ミミ。彼女はスパッツを履いています』


『一部好事家のあいだではスパッツこそが至高といわれておる。見よあの脚のラインを! カモシカのような脚じゃな……素晴らしいのう……ワシはスパッツが大好きじゃあ!』


『三枠・ネクロマンサー少女ベルンミルフィユ。彼女はなんとブルマを履いています!』


『ブ、ブルマ! おおブルマ! も、もう一度この目で見られる日がこようとは……おお……おお……ワシはブルマが大好きなんじゃあ!!!』


『そして四枠・猫娘シャニル。この辺りでは名の知れたコソ泥だけあって本レースの大本命です。そしてなんと彼女は下にブルマもスパッツも履いていません。まさか下着での出場とは、恥ずかしくはないのでしょうか?』


「パンツじゃない! スクール水着だ! 水辺対策だ!」とシャニルちゃん。


『な、なんと! 体操服にスクール水着! プール掃除くらいでしか見られないという幻の組み合わせじゃ! おお……! おお……! こんにちはなつかしき青春の日々……! さようなら大好きなあの子……! ワシは今夜ノスタルじいとなって枕を濡らしてしまうことうけあいじゃあ……!』


『以下、出場者多数につき紹介は省略させていただきます。実況はこのカビパラJと……』

『町長兼体操服を守る会代表のワシがお送りするぞい』


「このユニフォーム、町長の趣味だったのか……」


 放送席で震えて涙している町長さんを見てミーちゃんが苦笑した。


「体操服にスパッツ……まあなくはないけど、ちょっと恥ずかしいかな……」

「わ、わたくしの方が恥ずかしいですわ……まさかブルマを履くことになろうとは……」


 ふたりは観客席の視線を気にして必死に上着を伸ばして隠そうとしている。

 町長さんの実況からしても、今はもう着られていない組み合わせみたい。

 競技が終わったら着させてもらおう……。


「あ」


 そうだ、それどころじゃない。


「シャニルちゃん!」


 思い切ってシャニルちゃんの元へ。


「……お前は」

「街でぶつかったよね? もう! ムーンライトスティックを盗むなんてひどいよ!」

「フン、この世は弱肉強食、盗まれる方が悪いのさ。おかげで売ったらいい金になったよ」

「ぐ、ぐぬぬ……!」

「ねえ」


 ミーちゃんが割って入ってきた。


「どうして大会に出るわけ? 月の金色棒こんじきぼう……じゃなかった、ムーンライトスティックが賞品なわけだけど、売っちゃったんでしょ? それなのにまたあれが欲しいの?」

「……うるさいな。あれが月の金色棒こんじきぼうだって知ってれば売らなかった。こっちにだって事情があるんだ」

「?」


 ミーちゃんとふたり、顔を見合わせた。


   *


『では町長、ピストルを』

『うむ。位置に付いて、よぉおおおい……すたあああああとっ!』


 パーン!


 銃声が響き、みんないっせいにスタートを切った。


「ミーちゃん、ベルちゃん、いこう!」


 わたしたちも遅れないように後に続く。


 山に川に洞窟……様々な場所に設置された障害物をクリアしてゴールを目指す。

 三人で網をくぐって絡まったり、パン粉の中に顔を突っ込んでパンをくわえて走ったり。

 10回に1回はロープ代わりの植物のツルが切れるという恐怖のバンジーをしたり。

 岩を転がしてギミックを解いたりしながら進んだり……。


「わー!?」

「な、なんじゃあこりゃあ!?」


 多くの脱落者を尻目に進んでいく。

 たしかに難しい競技だけど、わたしたちならこれくらいへっちゃらだ!


「ね、ミーちゃん、いい調子だね!」

「うん、これならシャニルに追いつける!」

「お姉さまから盗みを働くなど、決して許しませんわ!」

「あ! シャニルちゃんの背中が見えたよ!」


 独走状態だったシャニルちゃんを視界に捉えた。

 ということは、いつのまにか二番手にまで上がってきていたということだ。


「よ~し!」


 気合いも新たに洞窟を抜ける。

 すると――


「……えっ!?」


 ドボーン!


 なんと、崖と崖を結ぶ吊橋が川に落ちてしまった。

 顔を上げると、向こう側でシャニルちゃんがナイフを手に薄く笑っていた。


「シャ、シャニルちゃんがやったの!?」

「……フ」


 鼻で笑われた。

 余裕だ。余裕の笑みだ。


「ど、どどどどどどどどどうしようミーちゃん!?」

「これは……クーちゃんに『お着換え』してもらうしかないね……」

「え? でもどの格好に? もう体操服は着てるよ? それでも向こう側になんてとても……」

「町長も言ってたでしょ? 体操服のベストの組み合わせは人によってちがう……だから、下を換えたら良いスキルが出るかも」

「……あ、そっか! 組み合わせ次第ではもっと力が出せるかもしれないってことだよね!」


 うなずくミーちゃん。

 これはやってみる価値がありそう!


「クーちゃんがあたしのスパッツか、ベルのブルマにお着換えすればあるいは……」

「じゃあどっちを履く? ミーちゃんのスパッツか、ベルちゃんのブルマか」


「…………」とミーちゃん。

「…………」とベルちゃん。


 ふたりは眉間にしわを寄せてお互いをチラッと見た。

 なにやら険悪な雰囲気だ。


 …………あれ?


(つづく)

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