第9話 ベルちゃん登場(前編)

「げほっ! げほっ!」

「ミーちゃん、大丈夫?」

「ん……でもこの辺り、ヤバいね」


 色濃いヤミーの瘴気が漂っていた。


「うん……休めるところがあればいいんだけど……」

「や、こんなヤミーの中にそんなとこあるわけ……」

「あ」


 と、近くに看板があった。

 『モリー村、この先すぐ! 元気モリモリ!』と書かれている。


「村だ! 休ませてもらおう!」

「ちょっとクーちゃん!」


 村へダッシュ!


「……あれ?」


 でも、村の中には誰もいなかった。

 シンと静まりかえっている。


「おーい……? もしも~し……?」


 ……実は隠れてたりしないかな?


「――止まりなさいな」

「え?」


 声がして振り向くと、小さな女の子が杖をこちらに向けていた。

 黒ずくめでフリフリのお洋服を着ている。


「えっと、どちらさま?」

「それはこちらのセリフですわ。こんなヤミーの中をやってくるなんて、厄介者と相場は決まっておりますわ」

「…………」


 大仰な言葉づかいなのに容姿は小さくてかわいらしい。

 たぶんまだ10才かそこらだ。

 そのギャップがとても愛らしい。


「フフ」

「な、なにを怪しい笑みを浮かべていますの? 今すぐに立ち去りなさい。でないと……」


 ズムズムズム……!


「わっ!?」


 地面の中から剣を持ったガイコツさんが現れた。


「彼らの餌食えじきになりますわよ?」

「えっ!? えっ!?」

「――ちょーっと待ったーっ!」

「ミーちゃん!」

「はぁ、はぁ」


 駆けてきて、わたしを守るように立ちはだかる。


「いきなり攻撃なんて、穏やかじゃないね」

「お仲間がいらしたのですね。その格好、なるほど盗賊でしたか。おおかたヤミーに飲まれたこの村を漁りにでもいらしたのでしょう。ですが、こんな風になってしまってもわたくしにとっては大切な場所……お引き取りいただきますわ!」


 杖が鈍く光を放った。

 ガイコツさんがガシャン! ガシャン! と歩きだす。


「あたしたちは村を漁りに来たんじゃないよ!」とミーちゃん。

「ならなんだと言いますの?」

「わ、わたしたちはアリエス国へ行く途中に通りかかって、休ませてもらおうと思っただけなの! はちみつミルクとか!」

「……アリエスへ? たしかにこの先ですけれど」

「ほんとだよ! 信じて!」

「……嘘を付いているようには見えませんわね」


 ス、と杖を引っ込めた。

 するとガイコツさんは地面へ還っていった。


「……う」


 女の子は頭を抱え、フラフラとよろめき、


「あ」


 フッ、と意識を失ってしまった。


「ちょわっ!」


 かろうじて抱きとめた。


「ナイスキャッチ」

「う、うん」

「どうやらこの子、村を守っていたみたいだね。いろいろ聞きたいことはあるけど、まずは宿屋にでも連れていってあげようか」

「う、うん……」


 女の子は苦しげに息をして、小さな胸が上下する。

 こんなに小さな女の子がたったひとりで村を守っていたなんて、その気持ちを思うと胸がキュッと締め付けられる。


「…………」

「……クーちゃん?」


 このドレス、『ゴスロリ』っていうやつだ……。

 一見すると黒を基調とした神秘的なデザインなのに、フリフリでお人形さんみたいで、きっとこのお洋服を来て街を歩いたら誰もが振り向くことうけあいだ。


「……じゅるり」

「えっ」


   *


「……う……ん…………」

「あ、起きたよ!」


 女の子がぼんやりとした目でわたしを見る。

 わたしは笑顔で手を振ってあげる。

 女の子も小さく手を振り返してくれた。

 まだ寝ぼけているんだ。かわいい。


「わたくしは、いったい……?」

「急に倒れちゃったんだよ」

「……そう、でしたの」


 女の子が体を起こした。

 ギシィ、とベットがかしぐ。

 

「感謝いたしますわ……。それと、ぶしつけに襲いかかって申し訳ありませんでした……」

「ううん、だって村を守ってたんだよね?」

「……ええ、まあ」

「お名前聞いてもいいかな?」

「わたくしは、ベルンミルフィユ……村ではベルと呼ばれていましたわ」

「じゃあベルちゃんって呼んでもいい?」

「…………」

「……ん?」

「ちょいちょい、クーちゃん」


 と、ミーちゃんが耳打ちしてきた。


「村では呼ばれてたってことは、そう呼ばれるのはつらいんじゃない?」

「あ、そ、そっか」


 いけない。気が回らなかった。

 わたしの方がお姉さんなんだから、ちゃんと気遣ってあげないと。


「えっと、ベル……ベル……ベルリンリンちゃん?」

「ベルンミルフィユですわ……」

「ベルンミルフィーユちゃんはひとりでずっとここにいるの?」

「いくら村が大切でもひとりでこんなとこにいるのは危ないよ」とミーちゃん。

「……村を守っていたのはたしかですが、それ以外にも理由がありますの」


 ベルンミルフォンデュちゃんは視線を落として、


「わたくしは、ヤミーでこの村を滅ぼした魔物の手伝いをさせられているのですわ」

「て、手伝い?」

「「お前の魔力は使える、協力しろ」と言われ、従っていますの。わたくしが生かされているのもそれが理由ですわ」

「だからあんなに疲れてたの!?」

「ええ……。わたくしが手伝う代わりに村のみんなを生き返らせていただけますの」

「い、生き返らせる!? そんなことができるの!?」

「わたくしのレベルではまだできませんが、あの魔物ネクロマンサーにならできるのですわ。そう、約束しましたもの」

「生き返らせる……人を……」

「さ、話はここまでにして、わたくしはそろそろ……うっ」


 ぐらり、と体がかしいだ。


「ダメだよまだ寝てなくちゃ」

「あ、頭がガンガンしますわ……」

「よっぽどこき使われてきたんだね……今は休まなくちゃ」

「あ、あの、今気が付いたのですけれど、な、なぜわたくしはあなたの服を着ているのですか……? そしてなぜあなたはわたくしの服を……?」

「あ、気が付いちゃった?」


 てへへ、と笑う。


「ごめんね。どうしても着てみたくって」

「き、着てみたくってって、寝ているわたくしを脱がしてですの!?」

「うん。ベルンブルンブルンちゃん、肌が白くてすっごくかわいかったよ」

「なっ、なっ、なっ……!」


 カーッと耳まで沸騰するベルンミソスープちゃん。


「ハ、ハ、ハ、ハレンチですわ!」

「あ~、あたしは一応止めたよ? うん」

「でも大丈夫! 『YESお着替え・NOタッチ』だから! ね、ミーちゃん!」

「ん、まあそれだけは守ってた」

「な、なにが『YESお着替え・NOタッチ』ですか! 意味不明ですわ! 意味……あっ……」


 ドサッ、と倒れてしまったベルンバオバブちゃん。 


「はらひれほれ……」

「ほらほら、ちゃんと寝ないとおっきくなれないよ?」

「こ、このお洋服、胸のあたりがぶかぶかですわ……」

「あ、これ元々ミーちゃんのなんだよ。よかったねミーちゃん」

「……は、はあ!?」


 その後、ベルゥリングリングちゃんは気絶するように眠りに落ちた。


   *


「……わたし、許せない。許せないよミーちゃん。ベル……ベル……ベルゴーンヌちゃんをあんな風にしちゃった魔法使いさんが許せない!」

「ベルンミルフィユね」

「行こうミーちゃん!」

「でもやっつけちゃったら村の人、生き返れないよ?」

「もう十分ベルベルベルルちゃんはがんばったんだから、すぐに生き返らせてくれるようにお願いしてみよう!」

「りょーかい。このままだとあの子、ほんとに死んじゃうもんね」


 宿屋を出る。

 と、


「……なんだお前ら?」


 魔物の魔法使いさんがいた。

 ローブから骨のような手足をのぞかせて、長いあごひげをたくわえている。


「あなたが魔法使いさんですか?」

「クーちゃん、そんな聞き方してもわからないよ」

「あのしょんべん臭いガキはどうした?」

「ベルルンモンローちゃんは疲れて寝ちゃいました」

「ベルルンモンロー? 誰だそれは?」

「ね、あんたが悪の親玉でしょ?」とミーちゃん。「ベルンミルフィユはもう限界だよ、休ませてあげて」。

「ハッ、なにが限界か」

「いったいなにをベルなんとかちゃんにお願いしてるんですか?」

「魔法開発だよ」


 ニヤァ、と不気味に笑う。


「アレは人並み外れた魔力を持っている。それをちょっとずつ吸い上げて蓄えているのさ、強大な魔法を作るためにな」

「……もしかして、村の人を殺したのもその為?」とミーちゃん。

「はなから村の連中なんぞにゃ期待しとらんかったが、とんだ大当たりを引いたもんだ。

あいつは生かして徐々に吸い取った方がいい。それでもそろそろ死にそうだがな」

「こいつ、なんて外道……!」

「ああ! もうすぐあの御方に喜んでもらえる!」


 恍惚こうこつの表情でに天を仰いだ。


「ここらをヤミーに染めたのもお前の仕業か!」

「なにを言う、私にそんな力はない。これは魔王様に認められし偉大なるあの御方の御業よ」

「……あの御方?」

「――むん!」

「ダメ、クーちゃん抑えて。こいつをやっつけちゃったら村の人が生き返れない」

「キヒ! キヒヒヒヒヒヒヒ!」

「なにがおかしい?」

「あのガキから聞いたのか? 生き返るわけがないというに!」

「……は?」

「嘘に決まっておろうが! 死人を生き返らせるなど魔王様ですら不可能よ!」


 ゲヒヒ! と濁った歯を見せた。


「そんな……」

「この腐れ外道が!」


「――嘘、だったのですか」


「え」


 振り返ると、宿屋の入り口にベルちゃんが立っていた。


「みんなには、もう会えないのですね……」


 自嘲気味に笑みを浮かべた。


「本当は、そうではないかと思ってはいましたの……ですが、その言葉を信じるしかなく、わ、わたくしは……」


 ツゥ、一筋の涙が頬を伝った。

 雫が地面に落ちると、ベルちゃんの膝は折れてしまった。


「あ、ああ、ああああああっ!」

「ベルちゃん……」

「バレちまったか。まあいい、そろそろお前も用済みだった」

「も、も、も、も、もー怒った!」


 スティックを構え、魔法使いさんと対峙する。


(つづく)

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