第3話 初めての着せ換えっこ(前編)

「ミーちゃん……」

「ク、クーちゃん……」


 薄暗い室内、わたしはミーちゃんのベッドのそばに立ち、ミーちゃんのお洋服に手をかける。


「ほ、ほんとにするの……?」

「だって、言ったよね? するって、言ったよね?」

「そ、そりゃ言ったけど……」


 ミーちゃんは頬を赤らめてもじもじする。


「や、約束だから仕方ないか……」

「じゃあ、いくよ?」


 まずはバンザイさせて、マントを頭から通す。


「んしょ、っと……」


 ミーちゃんが小さく声を漏らした。

 サラリ、と髪が流れ、柑橘系の甘いかおりが鼻をくすぐる。


「うぅ……」


 マントを脱いだミーちゃんの瞳がうるんでいる。


「な、なんか恥ずかしい……」

「…………」


 マントを脱ぐと、盗賊衣装がよく見えるようになった。

 これは、胸のところに少しだけ防具プレート……?


「ひゃっ!?」


 ビクン、とミーちゃんが跳ねた。


「ちょ、脇! こそばゆい!」


 どうやら無意識に手が伸びてしまっていたらしい。

 あらためて胸の防具に手を伸ばす。


「あれ? これどうやって……?」

「あ、これはね」


 カチリ、とミーちゃんに手伝ってもらって胸当てを外した。

 はじめての共同作業だ。


「…………う~む」


 コンコン、と表面を叩いてみる。

 うむ。革とはいえかたい。


「どう、おもしろい?」


 ミーちゃんが笑っている。


 こうして見ると、ミーちゃんはスタイルがいい。

 胸は少し控えめだけど、ボーイッシュというか、盗賊としてはすごく理想的なスタイルに見える。



「ね、やっぱり自分で脱ぐからさ……。あ、あたしが脱いだ後にじっくり見ればいいでしょ?」

「そんなの、そんなのダメだよ!」

「どうして?」

「だって、ひとりで脱いじゃうなんてもったいないよ!」

「も、もったいない!?」

「わたしがミーちゃんを脱がしたいの!」

「そ、そうなんだ……」


 あはは、と苦笑いのミーちゃん。


「ま、まあ、それだけお洋服が好きってことなんだよね……」

「ミーちゃんもわたしのシスター服、脱がしていいよ」

「あ~、あたしはいいや……なんか変な気持ちになっちゃいそうだし」

「変な気持ち?」

「なな、なんでもない!」

「?」


 これは着せ換えっこだ。

 だからミーちゃんがいいと言っても自分で脱がなければならない。

 背中のフードを取り外し腰のひもをゆるめる。

 そしてスカートの両端を持ち、


「んがが!」


 スポーン、と頭から脱いでしまおうとしたものの、


「あ、あれ、あれれ……?」


 頭が抜けずフラついてしまった。

 まるで巾着の中みたい。まっくらだ。


「だいじょぶ?」

「うぅ……いつもは手伝ってもらってるから」

「ほ、ほら、気を付けないとあぶないよ……」


 ミーちゃんの顔と吐息を布越しに感じながら、やっと頭を抜くことができた。

 これでわたしはブラジャーにパンツ、下着姿だ。


「……へ~」

「ん?」

「シスター服だとわからなかったけど、クーちゃんけっこう胸あるね。いいなぁ」

「…………う」


 突然、カーッと顔が熱くなった。

 ……あ、あれ?

 あれあれ?


「あはは。クーちゃんも恥ずかしいんだ」

「ど、どうして!? お付きの人だと恥ずかしくないのに!」

「あたしたち、友だちだからね」

「と、友だち……」


 その一言にハッとする。

 そ、そっか、お友だち同士でこうしてお着換えするのって、恥ずかしいんだ……!


「は、はうう……!」

「ま、べつに温泉行けば裸だし、これくらいどうってことないといえばないけどね」

「そ、そうなの?」

「うん。それにもし学校に行けば運動用の服に着換えたりもするし、そのときは女の子みんないっしょに着換えるんだよ」

「そ、そうなんだ……。じゃあ、じゃあこれは、普通のこと、なんだよね?」

「う~ん、まあ友だちに脱がされた経験はないけど、服の交換くらいならおかしなことじゃないかな?」

「そ、そっか」


 よかった……。

 それなら、やっぱりわたしはミーちゃんを脱がせたい……!


「ぞ、続行します!」

「はいはい。どうぞ」


 ミーちゃんは自分から手を上げて「脱がせて」のポーズ。

 わたしはドキドキしながらミーちゃんのブーツを脱がした。


「こ、これがブーツ……! あこがれのファッションアイテム……!」

「や、手を上げたんだからふつう上着脱がさない?」

「つ、次は短パンです!」

「はいはい」


 カチャカチャとベルトを外して短パンを脱がせる。

 わたしはシスター服以外着たことがないから、すべてが新鮮でたまらない。


「す、すごい……手触りいい!」

「けっこういい布使ってるんだ。かわいいし丈夫なんだよ」

「上は!?」

「これ、いいでしょ? シルクなんだ」

「シルク!」

「盗賊衣装のトータルコーディネートってわけ。こう見えても、かわいくて丈夫な盗賊衣装を追求してきたんだー」

「す、すごい!」

「べつにすごくはないけどね。ま、せっかくならあたしらしい衣装がいいなって」

「…………」


 ファッション……。

 自分らしさを演出する……これがファッションなんだ……!


「あ」


 と、ミーちゃんは自分で上着を脱いでしまった。


「もう、ミーちゃん!」

「だって、いつまで経っても脱がさないから」

「か、貸してください!」

「どうぞ」


 もう一度服を着せて、あらためてミーちゃんの服を脱がせる。

 ん……、と声がしたけど、気のせいかな。

 あらためて、脱がせたミーちゃんのシャツをまじまじと見つめる。

 まだあたたかくて、ほんのりミーちゃんの甘い汗の香りもただよってくる。


「こらこら、頬をなすりつけるなぁ!」


 気が付けばスリスリしていた。


 これでわたしたちは下着姿だ。

 下着姿で向かい合っている。


「う、うう……」


 ミーちゃんが胸のあたりを腕で隠してもじもじする。


「や、やっぱりこの状況はちょっと恥ずいね……。早く着ちゃおうよ……」


 ということでミーちゃんはシスター服に、わたしは盗賊衣装に袖を通していく。



「んぎぎ……!」

「どしたの?」

「ちょ、ちょっと胸がきつい……!」

「それは言うな」

「す、すごい! すごいすごいすごい!」


 鏡を見れば、まるで別人みたいな自分がいた。

 退屈なシスター服なんかじゃない、自由で、かわいらしいお洋服に身を包んだわたしだ!


「クーちゃん、すっごい笑顔」

「えへ……えへへへへへっ……!」


 ああもう、ドキドキが止まんない!


「ミーちゃんは? ミーちゃんはどう?」

「うん、なんかスースーするね」


 両腕を広げ、袖をヒラヒラとさせる。

 シスター服に身を包んだミーちゃんはいつもよりずっとおしとやかに見えた。


「スカートなんて履かないからな~。これじゃ動きにくくてしょうがないね」

「…………」

「へ~、だけどクーちゃんはいつもこれで生活してるんだね。へへ、まだクーちゃんのぬくもりを感じるよ」


 イタズラな笑みを浮かべる。

 わたしも、ミーちゃんのぬくもりを感じていた。

 ミーちゃんのぬくもりが、匂いが、やさしさが伝わってきて、まるでミーちゃんに包み込まれているみたい……!


「お着換えって、すごい……」

「へ?」

「お着換えって、すごい!」

「ど、どしたの急に?」

「わたし、ミーちゃんのお洋服を着て、ミーちゃんのこともっともっと知れた気がする!」

「ああ、そういうこと。うん、それならあたしもだよ。あたしもクーちゃんのこともっともっと知れた気がする」

「ほんとに!?」

「うん。これを着て、クーちゃんがあの部屋でどんな気持ちで暮らしてきたか、ほんとうの意味でわかったような気がする。たしかにこれじゃあ退屈だよね」

「ミーちゃん……」

「クーちゃん……」


 しばしふたりで見つめ合った。


「――聖女様!」


 バンッ! と扉が開いてビョン、とお互い距離を取った。

 見れば、入ってきたのはふんどし姿の村長さんだった。


「はて? なぜ聖女様がミミの服を?」

「お、おじいちゃん! 扉開けるときはノックしてって言ってるでしょ!」

「今はそれどころじゃないわい! 聖女様、魔物が!」

「……えっ!?」

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