第2話 ムーンライト伝説、はじまる!

「じゃじゃ~ん! ここがあたしの村で~す!」

「こ、ここは……!」


「うぅ……うぅ……」


 真っ青な顔をした何人かが、うめき声をあげながら歩いていた。

 

「どうしてここの人たちはゾンビのマネをしてるの?」

「全員じゃないけど、ヤミーに染められちゃうってこういうことなんだ。見て」


 ミーちゃんはかがんで土を指差した。


「ほら、ヤミー瘴気しょうきが湧いてきてるでしょ? それに花や森もヤミーのせいで枯れちゃってる……」

「あれって焼き畑農業ってやつじゃなかったの?」

「ちがうよ。あれこそがヤミーの力なんだ。そしてそれは人にも及んじゃうの。少しずつ心と体を蝕んでいく……」

「そうだったんだ……」


 たしかに村にただよう空気がどよーんとしていて重苦しい。

 こんなところで生活していたら苦しくなっちゃうにちがいない。

 一面の灰色……これがヤミー瘴気しょうきってやつなんだ。


「今はまだ大丈夫だけど、このままヤミーを放っておいたら村は……」

「どうしてミーちゃんは大丈夫だったの?」

「あたしはちょうど外に出てたんだ。ほら、村って退屈だから」


 笑うミーちゃん。

 さすが盗賊、やっぱり幸運だ。


ヤミーにかかっちゃった人たちは、村を離れてもダメなんだよね?」

「うん。これは呪いみたいなものだから」

「そっか……」


 だからミーちゃんは危険を犯してまでムーンライトスティックを盗みにきたんだ。


「うっ、うう……」

「ク、クーちゃん?」

「ううううううううっ……!」

「ど、どうしたの?」

「だってぇ……! だってぇ……! ミーちゃんがどんな気持ちでムーンライトスティックを盗みに来たのかって思ったら……ふええ……ふええええええっ!」

「クーちゃん……」

「ミ、ミーちゃぁん……」


 しばらく見つめ合って気持ちを落ち着かせる。


「さ、泣くのはもうおしまい! まずはおじいちゃんに会いに行こうか」

「おじいちゃん?」

「そ、この村の村長。そんであたしの育ての親。実はあたし、親の顔知らなくてさー」

「……おんなじだ」

「ん?」

「わ、わたしもパパとママの顔知らないの!」

「へ? だって教会で「パパなんてどうでもいいの!」って」

「パパはパパなんだけどね、育ての親なの。だからわたしもミーちゃんとおんなじなんだ」

「そっか、クーちゃんも……」


 ミーちゃんは悲しそうな顔をする。

 もちろんわたしだって悲しい。

 パパとママに会ってみたいし、ミーちゃんだってきっとそう。


 ……だけど同時に、うれしさも感じていた。

 ミーちゃんもわたしとおんなじだった。


 わたしたちは、ほんとうに心の底からわかりあえる親友なんだ!


「さ、こっちだよこっち」


 ミーちゃんに案内されて村を歩く。

 

「――はぁ……」


 カラカラカラ、とすごくきれいな金髪の女の子が車椅子で移動していた。


「あの子はクラーラ、大農家の娘なんだけど、ヤミーのせいで歩けなくなっちゃったんだ。ハイージって子に会いにアルプソに行くんだって張り切ってたんだけど……」


「――おんぎゃー! おんぎゃー!」


「ほらほら、頼むからお乳を飲んで」


 今度は泣き叫ぶ赤ちゃんと困り果てたママさんに出会った。


「あの赤ちゃんもヤミーのせいでお乳を飲んでくれないんだ。あんなにせちゃって、きっとこのままだと……」


「…………」


 思っていたよりもずっとヤミーは深刻だ。

 世界が、ヤミーに覆いつくされちゃう。


「わたしの夢見た、色とりどりの世界が……」

「……クーちゃん?」


   *


「おじーちゃーん! かわいいミミが来たぞー!」


 バン! と遠慮なしに扉を開いて入っていくミーちゃん。

 これだけでも気心の知れた仲なのがわかる。


「うぅ……うぅ……」

「……え?」


 おじいさんが、顔に苔を生やして家の中をうろうろしていた。


「こ、これが村長さん!? た、大変だ、村長さんまでゾンビに!」

「あ、これはだいじょぶ。いつもの痴ほう徘徊だから」

「痴ほう徘徊」

「そ」


 ミーちゃんは笑って村長さんに近づく。

 両肩をつかんでブンブン振った。


「おーい、起きろー! おーきーろー!」

「ぶほっ!」

 カチカチカチ!

「きたなっ!」


 つばといっしょに入れ歯も音を立てて飛び出した。

 ミーちゃんはいつも通りといった顔で拾い、はめ直してあげる。

 洗わない。


「ふがふが」


 すると、バチッ、と目を見開いて。


「おおミミや」

「おじいちゃん」

「ほっ」


 よかった。

 ホントにヤミーのせいじゃなかった。


「おじいちゃん、すごい人連れてきたよ」

「はて、すごい人?」

「じゃじゃーん! 月の聖女様でーす!」

「あ、ど、どうも、月の聖女です……」

「…………」

「……おじいちゃん?」


 あれ?


「ミミ、肉はまだかのう?」

「肉? 肉は朝食べたんでしょ?」

「ミミの肉でもいいんじゃが……」

「う、う~ん、もしかしたらほんとうにヤミーの影響かも……」

「あ、あはは……」


 その後、今度こそほんとうに正気を取り戻した村長さんにあらためてご挨拶。

 最初こそわたしが月の聖女だと説明しても、


「フォッフォッフォッ。月の聖女様をかたるなど言語道断成敗してくれるわ! カッ!」


 と相手にしてくれなかったんだけど、ミーちゃんの提案でムーンライトスティックを見せてみたら、


「はうあっ!!???」


 と腰を抜かしてしまった。

 よかった。信じてもらえたみたい。


「な、なぜ月の聖女様がこのようなへんぴな村に……」

「だから浄化しに来てくれたんだって言ってるじゃん」

「なんと! 村を浄化しに来てくださったというのですか!?」

「は、はひ」

「おお……! おおおおおおおお……!」


 村長さんは涙と鼻水を垂れ流し始めた。


「えっ!? ちょっ!?」

「さすがは月の聖女様じゃああ! おひゃひゃひい、ふひふぉひぇいひょひゃひゃひゃあ!」

 カチカチカチ!

 今度は空中でキャッチ。

「おじいちゃん、また入れ歯外れちゃったよ」

「ほがほが」


 というわけで、ついにわたしの浄化デビューが決まった。


   *


「皆のもの! なんと月の聖女様が直々にいらしてくださったぞ!」


 おお、とどよめく皆さん。


「この村を浄化しに来てくださったのじゃ! これでもう安心じゃぞ!」


 ふんどし姿の村長さんが呼びかける。

 よくわからないけど気合いを入れるときはふんどし姿になるらしい。


「ハイージに、会いに行けるの……?」と車椅子の女の子。

「これでこの子もお乳を飲んでくれるわ!」とママさん。

「ヒヒーン!」と馬さん。

「ざわわ! ざわわ!」と草花さんたち。


「う、うう……」


 わたしは村の中心に立たされて、期待のまなざしを一身に集めていた。

 それはそうだ。

 皆さん、苦しいんだ。

 わたしはお医者さんみたいなもので、苦しみから救ってくれるのを期待してるんだ。


「え、えと、その……じゃ、じゃあ、いきます……!」


 ムーンライトスティックを構える。


「う、うう……」


 き、緊張する……。

 やったこともないのに……

 ほ、ほんとにできるのかな……?


 ざわざわ……


「はて? どうされたのじゃ月の聖女様は?」


 わたしが固まっていると、皆さんも不安になり始めた。


「オギャーッ! オギャーッ!」

「おおよしよし。もう少しですからね。もう少しの我慢ですからね」

「ヒヒーン!」

「ざわわ! ざわわ!」


「あ、う……」


 ひざが、震える。

 失敗しちゃったら、きっとすっごくがっかりされちゃう……。

 が、がっかりどころじゃないよ……きっと、きっと、なんかもうそれはすごいことになっちゃうよ……。

 だ、だめ……。

 こんなの……わたしにはできないよ……!


「クーちゃん」


 ミーちゃんがニコニコしながら近づいてくる。


「ミ、ミーちゃん……」

「大丈夫、自信を持って」

「え?」

「クーちゃんならできるって、あたし知ってるから」


 グッ! と両拳を突き出してきた。

 わたしもよくわからないけど手を突き出して拳を合わせる。 


「こ、これが終わったら……さ、服の着せ換えっこ、しよ?」

「……え?」

「この服、着てみたかったんでしょ? そ、それにほら、あたしも月の聖女様の服って着てみたいし!」


 少しはにかみながらにしし、と笑うミーちゃん。


「…………」


 ――――っ!!!!!


「わたし、やります!」


 むん! とあらためてスティックを構える。


 おお! と声が上がった。


 お洋服。

 ミーちゃんのお洋服が待っている。 

 …………やれる。

 お洋服が待っているなら、やれる!


「……着せ換えっこおぉぉぉぉおおおおおおっ!!!!!」


 ピカーッ!


「言葉の意味はよくわからんがとにかくすごい自信だ!」

「月の金色棒こんじきぼうも輝きだしたぞい!」



 体がカッカカッカしてスティックに力が集まるのを感じる。

 これなら、やれる!


「月の女神よ! 私を導いて! ――ヒールフラッシュ!」


 天高くスティックを突き上げる!

 すると――


 キラキラキラキラッ……!


 金色の光が、辺り一面に降り注いだ。 


「――お、おお、おおおおおおおお……!」と村長さん。


 顔のコケがポロポロ落ちていく。


「ハッハッハッ! 腰も治ったぞい!」


 スパーン! と布切れで自分の股間を叩いた。


「――立った……クラーラが立った……!」と見知らぬ少女。

「ハ、ハイージ!? どうして!?」

「クラーラが歩けなくなっちゃったって聞いて……」

「ハイージ!」

「わーい! 立った! 立った! クラーラが立った!」

 車椅子の少女も見知らぬ少女とクルクル回っている。


「――すごい! この子は天才よ!」とママさん。

「バブバブ! アーイ!」

 衰弱していた赤ちゃんもスッ……スッ……とムーンウォークを披露している。


 サァッ、と、爽やかな風が吹き抜けた。

 見れば、草が、花が、木々が彩りを取り戻していく。


「「――ヤミーが、浄化されたぞーっ!」」


 わあああああああっ!!!!!

 歓声が上がった。


「……ふぅ」


 どっと脱力する。

 すごく疲れたけど、やってみたらなんてことはなかった。

 というか、めちゃくちゃ簡単だった。 

 こんなの誰にだってできちゃうよ。


「月の大聖女、ククリル様を胴上げじゃーっ!」

「わっ!?」


 ドドドドドドドド! と男衆がやってきた。

 いつのまにか皆さんふんどし姿になっている。


「ちょ、やめ! やめてください!」

「ククリル様は救世主なのです。遠慮することはないですぞ!」

「大げさですよ! あんなの誰にだってできるじゃないですかぁ!」

「ハッハッハッ! 神聖な胴上げを嫌がるなど聞いたことがありませんぞ!」

「だ、だっておしり触られ……や、やぁぁぁあああ」

「ハッハッハッ! 謙虚な聖女様じゃ!」

「おじいちゃん!」


 と、ミーちゃんがやってきた。


「クーちゃんを胴上げしておしり触らないで!」

「なにを言う。祝い事には胴上げじゃ。胴上げこそが古来よりの由緒正しき礼節なのじゃ」

「じゃあ腰! おじいちゃん胴上げなんてしたら腰悪くしちゃうでしょ!?」

「それが聖女様の奇跡のおかげでビンビンしておるぞ!」


 ハッハッハッ! とまた布切れで自分の股間をスパーン!と叩いた。


「マ、マジか……」

「ところでミミよ」

「ん?」

「肉はまだかのう?」

「う~ん、痴ほうまでは治らなかったか……」

「――ミーちゃん!」

「うん!」


 一瞬の隙をついて飛び降り、わたしたちは手を取り合ってダッシュ!


「こらミミ! 聖女様をどこへ連れて行く気じゃ!」

「お着換え!」

「……はて? お着換え?」


「ありがとうミーちゃん! ミーちゃんのおかげで浄化できたよ!」

「うん、やったねクーちゃん!」

「でもやってみたらすっごく簡単なのに……どうしてこんなに感謝されるのかな。魔法使いさんも呼べないくらいに貧乏だったの?」

「はぁ~」

「ミーちゃん?」

「クーちゃんは、もっと自分のことを知った方がいいね」

「?」

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