第182話 これは我のせいではない

『……ふん、跡形もなく消えたようだな』


 黄金竜は満足そうに頷いた。

 先ほど彼が放ったブレスによって、目の前の地面は底を見えないほど抉れてしまっている。


 あの謎の人間の姿も、危険な小竜の姿もない。

 彼のブレスをまともに浴びて、完全に消滅したようだ。


 何千年もの昔、世界を滅ぼそうとした恐るべきドラゴン。

 それが闇黒竜バハムートだ。


 竜と人、そして魔族が力を合わせ、どうにか打倒すことに成功したが、彼もまたその戦いに身を置いた当事者だった。

 多くの仲間を失ったその激しい戦いを、今でもはっきりと思い出すことができる。


『まだ小竜ではあったが、間違いなく奴と同質の魔力だった……。それにしても一体なぜ復活したのか……。しくじったな……あの人間をもっと詳しく問い詰めておくべきだった』


 と、そのときである。


「貴様ぁぁぁぁぁっ! ぼくのジオ君をっ……よくもおおおおおおおおおおおっ!」

『っ!?』


 凄まじい怒声と闘気を感じて首を向けると、こちらに向かって猛スピードで駆けてくる一人の獣人がいた。


 真っ白い髪が特徴的な虎の獣人だ。

 今はその頭髪が天を突くほど逆立っている。


『白虎族だと……っ!?』

「ぼくのジオ君をっ……返せええええええええっ!」


 ズドオオオオオオンッ!!


 信じられない速度で突っ込んできて、そこから放たれた強烈なドロップキック。

 黄金竜の巨体が数メートルほど弾き飛ばされ、強靭な鱗でも防ぎ切れない衝撃がその体内にまで届く。


『が……っ!?』


 普段は大山脈の頂に絶対的な王者として君臨し、久しく感じたことのなかった痛みだ。

 それでも古き竜としての矜持か、黄金竜はよろめきながらもすぐに体勢を整えると、続く追撃に応じた。


『舐めるな、小童がっ!』


 振るった前足が、白い獣人を叩き落とす。


「く……っ!?」

『我を誰だと思っておる? 何ゆえの怒りか知らぬが、頭が高いぞ』

「っ……ぼくのジオ君をっ……殺したなぁっ!?」

『ジオ? 先ほどの人間か。我の邪魔をしたゆえ、仕方あるまい』

「許さないっ! 絶対に許さない~~っ!」

『はっ、許さぬというならばどうする?』

「貴様を殺すっっっ!!」

『ふん。やれるものならやってみるがよい』


 先ほどの一撃には驚かされたが、ほとんど不意打ちだったせいだ。

 まともに戦えば、白虎族とは言え、彼の敵ではない。


 だが、


「「「イオ様っ!」」」

「「「加勢します!」」」


 一体だけではなかった。

 ゆうに三十人を超える白虎族が次々とこちらへ押し寄せてくる。


『がはっ……くっ……小童どもが……っ!』


 恐るべき俊敏さで絶え間なく襲い掛かってくる白虎族たちを前に、さすがの黄金竜も防戦一方となった。

 何より先ほどすでに奥の手のブレスを放っており、しばらくは充填に時間がかかる。


 黄金竜は堪らず翼を広げて空へと退避。

 空を飛べない獣人たちでは、攻撃を届かせることは不可能だろう。


「逃がすかぁぁぁぁぁぁっ!」

「「「イオ様っ! 我らの背中を足場にっ!」」」

『なっ!?』


 しかしそこで彼らが見せた連携に、黄金竜は驚愕した。


 飛び上がった一人の獣人の背中を足場に、次の獣人が再び跳躍、さらにその二人の背中を足場にして別の獣人がさらに高く舞い上がる。

 そうして仲間が作り上げた階段を駆け上がってきたのは、イオ様と呼ばれた虎獣人だ。


「ジオ君のっ……仇ぃぃぃぃぃぃっ!!」


 黄金竜の下顎を強烈な蹴りが撃ち抜く。


『がああああああっ!?』


 脳天を大きく揺らされ黄金竜は飛行能力を失い、ふら付きながら地上へと落下していく。


 どおおおんっ!


 激突したのは地面ではなかった。

 名状し難い形状をした謎の物体である。


『な、何だ、これは……?』


 しかも恐ろしく硬い。

 よく見ればアダマンタイトだ。


『アダマンタイトの塊だと……? しかもこの大きさ……今まで見たことがない……』


 そのとき野太い悲鳴が響いた。


「わ、わしの芸術がああああああああっ!?」


 そこにいたのは毛むくじゃらの男だ。


『ど、ドワーフ……? いや、エルダードワーフだと……っ?』

「貴様の仕業だなぁっ!? わしの芸術を破壊しおってぇぇぇっ!」


 なぜか滂沱のごとく涙を流し、睨みつけてくる。

 よくよく見てみると、謎の物体から飛び出している細長い棒が、根元からぽっきりと折れてしまっていた。


 どうやら先ほど彼が激突した際に損傷してしまったらしい。

 幾らアダマンタイトと言え、細長いと強度が落ちる。

 黄金竜の巨体が落ちてきたとなれば、その衝撃も凄まじいものだっただろう。


「許さんっ! 許さぬぞおおおおおっ!」


 よっぽど大事なものだったのか、エルダードワーフは激怒している。


『い、いや待て。これは我のせいではない。獣人どもの……』

「うおおおおおおおおおおおっ!」

『っ!?』


 言い終わる前に巨大なハンマーを手にしたエルダードワーフが突っ込んできた。

 ハンマーを黄金竜の足へと叩きつけてくる。


『~~~~~っ!?』


 黄金の鱗が粉砕し、その衝撃は骨にまで響いた。


『なんという力だ……っ!?』


 慌てて距離を取る黄金竜。

 エルダードワーフの腕力は規格外だ。


 だが先ほどの白虎族と違って敏捷性には乏しい。

 攻撃さえ当たらなければ厄介な相手ではなかった。


 しかし、


「「「師匠っ!」」」

「「「我々も戦います」」」


 髭もじゃの男たちが次々と現れた。


『こっちも仲間がいるのかっ!?』

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