第179話 この縄で縛って

「撤退っ! 撤退だぁぁぁっ!」


 首謀者である公爵が撤退を宣言したことで、一万もの兵たちが来た道を引き返していった。


「あれだけの兵が……戦うこともなく、帰っていく……」

「誰一人として血を流すこともありませんでしたネ……」

「うん、思ったより上手くいったね」


 僕のギフトを使えば、どうにか戦いを回避させることができるかもしれない。

 そう思って試してみたのだけれど、予想以上の結果となった。


「あ、そうだ。一応、首謀者は捕まえておいた方がいいよね?」

「え? そ、それはそうだけれど……幾らあれだけ疲弊していると言っても、さすがにこの人数で公爵を捕えるのは難しいと気が……」

「大丈夫。ちょっと行ってくるね」

「行くって、どこに……っ!? き、消えた!?」


 僕は菜園間転移を使い、公爵の傍へと一瞬で移動した。


「あ、どうも、こんにちは」

「っ? だ、誰だっ、貴様は!?」


 よろよろと歩いていた公爵が突然現れた僕に声を荒らげたけれど、周りがそれに気づく前に、彼を連れて再びリヨンたちのところへ戻る。


「……へ?」

「「「こ、公爵っ!?」」」

「セナ、この縄で縛って」

「ほーい」

「な、何だ、ここはっ!? 貴様ら、儂を誰だとぶごっ!?」


 セナに腹を殴られ、公爵がその場に座り込む。


 動けない彼を、セナは手際よく縄で縛っていった。

 ……意外とこういうのは器用なんだよなぁ。


「い、今のは一体……?」

「菜園と菜園の間を瞬間移動できるんだけど、それを使って連れてきたんだ」

「そんなことまで!? まさか、ダンジョンから戻ってきたのも……」

「うん、あのときもこのスキルを使ったんだ」


 よっぽど痛かったのか、脂汗をかいている公爵に、僕は訊ねる。


「たぶん隣国の軍を率いてる将もいますよね? 教えてもらえますか?」

「き、貴様らか……っ! 儂をこんな目に遭わせおって、絶対に許さぬぞっ!?」

「セナ」

「えい」

「ぶぎゃっ!?」


 何度かセナが殴ったら大人しくなった。


「あ、あそこにいる男だ……バミンというベルマーラの将軍で、儂に協力してくれた……」


 将軍というには、少し線が細い印象の男性だ。

 まだ自力で歩くのが難しいのか、配下の兵士に肩を貸してもらいながら撤退している。


「じゃあ、連れてくるね」


 僕は続いてそのバミン将軍をこっちに連れてきた。


「な、何だここは!? っ! マクロミル卿!? ぎゃっ!?」


 またセナに縄で縛ってもらう。

 これで首謀者二人を捕えることができたぞ。


 ……菜園は元に戻しておいた方がいいかな。

 証拠隠滅、ということで。


 地面の土が元通りになったため、撤退中の兵たちが驚いている。


「それじゃあ、王都に戻ろう。この家庭菜園は念のためこっちに置いておいて、と」


 僕は菜園間転移を使い、ギルドの中庭に置いてある菜園へ飛んだ。


「っ!? ここは……?」

「冒険者ギルドの中庭だよ。ほら、さっき言った瞬間移動」

「あ、あの距離でも一瞬で!?」

「今のところ距離の制限はなさそうなんだ」

「次から次へととんでもない情報が明かされていきますネ……」


 捕まえた首謀者二人を見ながら、僕はリヨンに言う。


「ええと、後のことは任せていいかな? 別にリヨンの手柄にしちゃっても大丈夫だしさ」

「いやいやいや、ぼくの手柄なんかにできるわけがない!」

「気にしなくていいよ。ほら、さっき上手く撤退を促してくれたし」

「そういう意味じゃないから! いや、もちろん手柄を横取りするつもりもないが……。そもそも一体どう説明するというんだい? ぼくたちだけで一万の兵を退けた? 信じてもらえるはずがない」

「言われてみれば……うーん、どうしようかな……ギフトのことは公にしたくないし……」

「こんな力、知れ渡ったら大変なことになりまス……」


 ……じゃあ、勝手に置いてきちゃえばいいか。



    ◇ ◇ ◇



 今まさに王都を軍が出発しようとしていた。


 もちろん迫りくる敵軍一万を迎え撃つためだが、その数は二千ほど。

 どう考えても圧倒的に戦力が足りていない。

 しかも敵軍には地竜の姿も確認されているのだ。


 だが軍の士気を下げないため、一般の兵士たちにその事実は知らされていなかった。


「だ、団長、この人数ではいたずらに兵を失うだけ……。やはりここは援軍が到着するまで、王都で防衛に徹するべきではないでしょうか……?」

「そんなことできるわけがない! 王都まで敵軍の侵入を許したとあっては、我が国の沽券に関わる! なんとしてでも途中で敵軍を討つのだ!」


 そう副官を叱責したのは、この一団を率いる指揮官だった。

 普段は王都を守護している王宮騎士団の騎士団長であるが、こうした有事にはその騎士団を中心とした軍を編成し、その指揮を執る。


「心配は要らぬ。この先には強固な砦がある。そこで敵軍を迎え撃てば、たかが五倍の差など恐るるに足らん」

「……」


 一万の軍と地竜を前に、すでに幾つもの都市が落とされてしまっている。

 果たして砦がどれほど持つというのか……。


 副官には絶望的な結果しか見えない。

 だが騎士団長の決定に逆らうことはできず、もはや決死の覚悟で出陣するしかなかった。


 と、そのときである。

 息を切らして彼らの元へと走ってくる騎士の姿があった。


「団長っ……大変ですっ!」

「どうした?」

「き、騎士団本部の入り口にっ……マクロミル公爵とっ……ベルマーラの将軍と思われる二人組がっ……拘束状態で発見されましたぁっ!」

「…………は?」





 突如として騎士団本部前に現れた二人組。

 縄で縛られ、身動きが取れない状態となっていた彼らが、確かに敵軍の将であるマクロミル公爵とバミン将軍であることはすぐに確認が取れた。


 理解不能な事態を前に大いに困惑した騎士団だったが、彼らをさらに狼狽えさせたのは二人の証言だ。


 曰く、巨大な畑に乗せられ、何度も空を上ったり急降下したりした。

 曰く、謎の集団に捕まり、一瞬で王都まで連れてこられた。


 誰もがただの譫言かと思ったが、そこへ慌てた様子で偵察部隊が帰還する。


「い、一万の兵を乗せた地面が、空へと飛んでいったのですっ! ま、間違いありません! この目で確かに見ました……っ!」


 しかし後に現地を確認しても、それらしき畑は見当たらず。

 未曽有の危機は去ったものの、幾つもの謎が残されたのだった。


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