第174話 こいつマジでチョロいぜ
「一体どこに行ってしまわれたんだ!」
「探すのです! きっとまだ近くにいらっしゃるはず!」
「俺は塔内を探索する! お前たちは周辺を!」
ついでだから様子を見ておこうと思い、ミランダさんの塔のところへやってきたら、その麓で弟子志願者の魔法使いたちが随分と慌てていた。
「あれ? どうされたんですか?」
「あなたは確か、この菜園の管理者の」
そのうちの一人に声をかけると、状況を教えてくれた。
「実は師匠がいなくなってしまわれたのです!」
「ミランダさんが?」
「どこかで見かけませんでしたか?」
「い、いえ、見ていませんけど……」
どうやらミランダさんが行方不明らしい。
「今日の昼までは、いつものように部屋でお酒を飲んでいらっしゃったというのに……」
……そんな相手によくまだ幻滅せずにいられるよね?
どう考えてもあのミランダさんが弟子を取るはずないし、諦めて帰った方が有意義だと思うんだけどなぁ。
「もう少しで弟子入りが叶うところだったというのに……」
「え? そうなんですか?」
「はい。ミランダ様へ我々の覚悟と誠意を見せるため、飲まず食わずで弟子入りをお願いし続けるという〝断食志願〟を始めたのです。その結果、ついに『ああもう分かったよっ! 分かったから何か食えっ! 酒が不味くなるっ!』と言っていただけたのです」
それは弟子入りを認めたわけじゃないと思う。
道理で前に見たときより痩せているわけだ。
あのぐうたら魔法使いもなかなかヤバい人間だと思ってたけど……この人たちも逆の方向にヤバい気がする……。
「そ、そうだったんですか……」
「一体どこに行ってしまわれたのか……」
たぶん逃げたのだろう。
僕だったら逃げる。
「もしミランダ様の居場所が分かれば、ぜひ教えてください!」
「わ、分かりました」
さすがにもう、この菜園から出てしまったんじゃないかな?
そんなふうに思いながら、僕はブラーディアさんのところにやってきた。
おどろおどろしい雰囲気の屋敷だ。
それに以前よりも大きくなっている。
庭も広くなっていて、門から屋敷までかなりの距離があった。
しかも別館らしきものがあちこちに建っていて、もしかしたらまた使用人が増えたのかもしれない。
「いらっしゃいませ、ジオ様」
門を潜ったところで深いお辞儀とともに出迎えてくれたのは、メイド服に身を包んだ妖艶な雰囲気のある女性だ。
いつもお世話になっているヴァニアさんじゃないけれど、なぜか見覚えがある。
「って、失踪事件の犯人の!?」
「その節は大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。わたくしミレアル、あれから心を入れ替え、今はこうしてブラーディア様にお仕えするメイドとして働かせていただいております」
「そ、そうなんですね」
「もう二度とあのような真似は致しませんことをお誓いいたします」
あのときと態度が違い過ぎてもはや別人、いや、別鬼だ。
「専属メイド長のヴァニア様から、それはもう、死ぬよりも辛く厳しい教育を施されましたので……うっ……」
「だ、大丈夫ですか?」
よほど苦しいものだったのか、思い出しただけでミレアルさんの顔が青くなっていく。
一体どんな教育だったのだろう……。
「……失礼いたしました。どうぞ、こちらへ」
「あ、はい」
そんなミレアルさんに案内されて、僕は広い庭を進んでいく。
屋敷に近づいていくと、もはや屋敷というより城と呼んだ方がよさそうなくらいだった。
入口の扉を潜ると、広々としたエントランス、そしてヴァニアさんが迎えてくれた。
「ようこそ、ジオ様」
「お久しぶりです、ヴァニアさん」
「で、では、わたくしはこれで」
「待ちなさい、ミレアル」
役目は終わったとばかりに踵を返して帰ろうとしたミレアルさんを、ヴァニアさんが呼び止める。
頬を引き攣らせながら、ぎこちない動きでミレアルさんが振り返った。
「ヴァニア様……な、何か……?」
「先ほど確認したところ、一階西のお手洗いで、清掃が少々甘い箇所がありました。担当はあなたでしたね?」
「ももも、申し訳ありません! すぐにやり直します!」
慌てて走り出したミレアルさんに、鋭い声が飛ぶ。
「廊下は走らないように」
「はひ……っ!」
……かなり厳しく指導されているみたいだ。
一度セナにもしてもらおうかな?
少しはダメ娘具合が治るかもしれない。
「お見苦しいものをお見せして大変失礼いたしました」
「い、いえ」
「ところでどのような御用でしょうか? 本日はミランダ様もいらっしゃっておりますが」
「え? ここにですか?」
ミランダさんとブラーディアは犬猿の仲(一時期はそろって僕の家でぐうたらしてたけど)なので、まさかここに来ているとは思っていなかった。
しかも今はブラーディアさんと一緒にいるらしい。
何だかんだで仲直りしたのかな、と思いながら二人のところに連れて行ってもらうと、
「やっぱめちゃくちゃうめぇな、お前のトマト料理はよっ!」
「ククク、そうじゃろうそうじゃろう! しかしまさか貴様がここまでトマトの価値が分かる鬼だったとはな!」
え、すごい!
もしかして本当に仲良くなってる……?
「鬼って、オレは吸血鬼じゃねぇよ!」
「いいや、トマトを愛する者、それはもはやわらわの同族と言っても過言ではない!」
「確かにトマトは最高だ! マジで毎日だって食べられるぜ!」
いや……ミランダさんのことだ。
どうせロクでもない下心があるに違いない。
「(くははっ、こいつマジでチョロいぜ! トマトを褒めりゃ、こうもすんなり懐柔できちまうなんてよ! よし、決めた! オレはしばらくここで生活するぜ! トマトばかりなのはあれだが、放っておいても料理が出てくるなんて最高だ! あのうぜぇ魔法使いどもも、まさかオレが吸血鬼と一緒にいるとは思わねぇだろうしな!)」
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