第172話 これは暖簾と言うんだ

「うわっ、なんかすごいのが生えてきた……」


 魔境の森近くに設けられた第二家庭菜園で、僕は目の前の光景に唖然とさせられていた。


 というのも、僕の身体よりも巨大な魚が菜園の土から生えてきたのだ。

 まだ下半分が地面に埋まっているというのに、僕と同じくらい身長がある。


 新しく作れるようになったマグロという魚を栽培してみたのだけれど、こんなに大きな魚だったんだ……。


「しゃーっ!」

「ぴぃぃぃっ!」

「くるるるっ!」


 ミルクたちも警戒している。


「ていうか、魔物じゃないよね? うわっ、目が合った……」


 魚と言えば、イオさんが詳しい。

 イオさんたちの故郷は海に近く、漁業が盛んだったそうなのだ。


 そのため魚料理も発展していて、僕も色んな魚料理を食べさせてもらっていた。

 魚が生で食べれるのを知ったのは驚きだった。


 僕はいったんマグロを収穫物保存で収納して、イオさんたち獣人が住む第二家庭菜園の南西へと向かった。


「……なんかすっかり街になってる」


 以前よりも家屋の数が増えていた。

 それに僕がスキルで作った家屋も、少し改築されているようだ。


「なんていうか、不思議な雰囲気だね」


 鱗みたいな黒い板で覆われた屋根に、開放的な間取り、そしてなんだか風情を感じられる美しい庭。

 恐らくイオさんたちの故郷の街並みを再現しているのだと思う。


 カコン、という音が鳴ったので見てみると、謎の装置が設置されていた。

 何だろう、あれ?


 首を傾げていると、そこへイオさんがやってきた。


「ジオくん! また来てくれたんだね!」

「こんにちは、イオさん。……あれって何ですか?」

「ああ、あれは『ししおどし』って言ってね。本来は農作物に被害を与える鳥獣を音で追い払うためのものさ。竹筒の中に水を流し込んで、自動的に音を鳴る仕組みになっているんだ」

「面白い仕掛けですね」


 カコン、とまた音が鳴る。


「実は少し教えていただきたいことがありまして」

「何だい? 君のためなら手取り足取り、どんなことでも優しく教えてあげるよ……ふふ……」

「ええと、これなんですけど」


 僕はマグロを取り出した。


「っ!? これは……マグロじゃないか!」

「海にはこんな大きな魚がいるんですね」

「マグロは大型の魚だからね。だけど、こんなに立派なものは初めて見たよ! こんなもの一体どうしたんだい?」

「新しく栽培できるようになりました」

「ま、マグロまで作れるのかい……」


 苦笑してから、イオさんがポンと手を叩いた。


「そうだ! せっかくだし、これでお寿司を握ってあげよう! やっぱりマグロと言ったらお寿司だからね!」

「お寿司、ですか?」

「ふふふ、まだジオ君には食べさせていなかったね。お寿司こそ、最高の魚料理の一つと言っても過言じゃないよ」


 そうしてイオさんに案内されたのは、家屋から少し離れた場所に設けられた小屋だった。

 入り口にはカーテンのようなものが掛かっている。


「これは暖簾と言うんだ。さあ、中へどうぞ」


 これもイオさんの故郷をイメージして作ったのだろう、異国情緒の感じられる内装が出迎えてくれた。

 こじんまりしたバーのような作りで、木製のカウンターと椅子が並んでいる。


「実はジオ君にお寿司を食べてもらうためだけに作ったんだ」

「え? 僕のためにですか?」

「そうだよ。せっかくだから最高の環境でお寿司を食べてもらいたくてね」


 イオさんに促され、椅子に腰かける。

 他にお客さん――そもそも飲食店じゃないけど――がいないので、なんだかちょっと緊張してしまう。


 しばらく待っていると、イオさんが白い服と帽子を被ってカウンターの向こうに姿を見せた。


「マグロは今、解体してもらっているから、もう少し待っていてね」


 どうやら他の獣人たちが協力してくれているらしい。


「その間に他のネタを握ろう」

「……ネタ? 握る?」

「ネタは具材のこと。そしてお寿司を作ることを握るというんだ。そうだね……最初は白身魚からが基本だけれど……せっかく初めてのお寿司なんだ。よし、これでいこう」


 イオさんはどこからともなく取り出した白い塊を手際よく一口サイズに固め、その上にピンク色の切り身を乗せた。

 サーモンだ。


「はいお待ち!」

「これがお寿司、ですか? この白いのは……確かお米ですね?」

「そう! お寿司はお米に魚介を乗せた料理なんだ!」


 お米。

 小麦を主食にしている僕たちと違って、ジオさんたちの故郷ではこの小さくて白い粒がよく食べられていたらしい。


 僕のギフトでも、小麦や大麦と並んで最初に作成可能になったのがお米だ。

 ただ、初めて食べたのはここでイオさんが炊いてくれたときだった。


「ただしお寿司のときは酢飯といって、お酢で調味したものなんだ。シャリっていうんだけどね。さあ、そのお醤油を軽くつけて食べてみてよ」


 僕は言われた通り醤油をつけてから、恐る恐るお寿司を口に入れた。


「っ!? お、美味しい!」

「そうだろう!」

「確かにこのシャリ? というお米と魚がよく合いますね!」


 それからイオさんは、ハマチやタイ、イカ、エビ、イクラなどのネタを握ってくれた。

 どれも絶品で、僕はあっという間に虜になってしまう。


「おっと! ついにメインのマグロが来たみたいだよ!」



※本当は仕込みとか色々あると思いますが、細かいところは気にしないでください……。

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