第120話 殲滅姫

「……失礼します」

「いらっしゃいませ、ジオ様」


 ブラーディアさんの屋敷の扉を開けると、そこにはいつもの通りヴァニアさんがいた。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ええと、実はちょっと相談したいことがありまして」

「相談したいこと?」

「はい」


 と、そこへタイミングよくブラーディアさんがやってくる。

 頬がリスのように膨らんでいるのは、またトマトを食べているからだろう。


「ジオではないか。何の用じゃ?」


 僕は二人に事情を話した。


「なるほどのう。それは捨ておくわけにはいかぬの」

「ですね。同族として、そのような輩を許すわけにはいきません」


 すると揃って憤慨する。

 その反応に僕が驚いていると、ヴァニアさんが理由を教えてくれた。


「実は吸血鬼が、許可なく人族の血を吸うことは、我が国の法律で禁じられているのです」

「そうなんですか?」

「はい。詳しい経緯は分かりかねますが、かつて魔族と人族の間で繰り広げられた大戦の後、当時の国王陛下が定められたのです。以来、我々が人族の血を吸うことが可能なのは、貿易で仕入れた犯罪奴隷などに限ります」


 となると、この国に密入国し、勝手に人の血を吸っているあの吸血鬼は、母国の法律を犯しているということか。

 ……あれ?


 ブラーディアさん、最初にうちに来たとき、ミランダさんの血を吸うとか言ってませんでしたっけ?

 しかも血を吸うどころか、街ごと破壊する気でしたよね……?


 ……まぁ、気にしないことにしよう。


「わたくしにお任せください、ジオ様。必ずその輩を捕まえてみせましょう」

「え? ヴァニアさんが?」

「うむ、こやつに任せておけば大丈夫じゃろう。こやつの調査能力は驚くべきものがあるからのう」

「はい。それを活かし、これまでにも幾度となく、放浪癖のあるブラーディア様の居場所を突き止めてまいりました」


 メイドでしたよね、ヴァニアさん?

 ……色々と規格外な気がする。


「じゃあ、お願いしていいですか? とりあえず、その街まで連れて行きますので」

「連れていく……?」


 僕はヴァニアさんと一緒に、ランダールの街へと飛んだ。


「っ!? 今のは……?」

「家庭菜園から家庭菜園に移動したんです」

「……わたくしよりむしろ、ジオ様の方が規格外なのでは?」

「そうですか? あんまり気にしないでください。それで、あれがその吸血鬼がいた屋敷です」




     ◇ ◇ ◇




「せっかく良い感じで可愛くて美味しい子ばかり集められたと思ってたのに、お陰でまた一からやり直しじゃないの」


 若い女性を監禁しての吸血行為を繰り返していた彼女――ミレアルは、そんな不満を口にしながらランダールの街を後にする。


「まぁでも、アタシにかかれば人間なんて簡単に操れるけれどね。今回は見つかっちゃったけど、きっと運が悪かっただけだわ」


 彼女はまた別の人間の街で、同様のことを行うつもりだった。

 と、そのときだ。


 突如として強烈な気配が接近してきて、ミレアルは思わず身構えた。


「な、何よっ、この凄まじい魔力は……っ?」


 驚く彼女の元に現れたのは、一匹の蝙蝠だ。


 ミレアルにはすぐに分かった。

 この蝙蝠は同族だ、と。


 そしてこのタイミングで同族が現れることに、ミレアルは少なからず身に覚えがあった。

 もちろんそれは違法な吸血行為である。


 だが、こんなところまで検察の手が及ぶとは思っていなかった。

 ありていに言うと、どうせ見つからないだろうと、彼女は高をくくっていたのだ。


 果たして姿を現したのは、なぜかメイド服に身を包んだ美しい吸血鬼だった。

 彼女は丁寧な口調で名乗る。


「どうも初めまして。わたくし、ヴァニアと申します」

「ヴァニア……?」


 どこかで聞いたことのある名前だ。

 ヴァニア……ヴァニア……と何度か反芻して、ようやくミレアルはピンときた。


「っ!? ま、まさかっ……あの殲滅姫、ヴァニア!?」

「それはまた、随分と懐かしい二つ名ですね」

「そ、その殲滅姫が、アタシに一体、何の用よっ!?」


 圧倒されながらも、プライドの高いミレアルは精いっぱいの虚勢を張って問う。


「あまり自分では気に入っていないので、できればその呼び名は改めていただけると嬉しいですね?」

「ひっ……」


 柔らかな物言いながらも、有無を言わさぬ強烈なプレッシャーがミレアルを貫いた。


「今はブラーディア様の忠実なるメイド長ですので」

「ま、まさか……」


 ブラーディア……その名もまた、ミレアルには聞き覚えがあった。

 戦慄で唇を震わせるミレアルに対し、至って平然とした態度でヴァニアは言う。


「実は、貴方が違法な吸血行為を行われているとの情報を得まして。ご存じの通り、現在、我が国では、許可なく人族の血を吸うことは禁じられております」

「っ……そ、それをアンタが言うっ? 知ってるわよ! アンタが大戦のとき、何人もの人族を殺したって……っ!」


 ミレアルがそう言い返した次の瞬間だった。

 今まで表情を崩さなかったヴァニアが、牙を見せて壮絶な笑みを浮かべた。


「ふふふ……どうやら今ここで、そのわたくしの力を実体験してみたいようですね……?」

「ひぃぃぃっ!?」


 叩きつけられた凄まじい殺気に、ミレアルは腰を抜かしてその場にへたり込む。

 そして涙ながらに叫ぶのだった。


「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁっ!」

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