第102話 冒険に出発

「だからジオも来てほしい」


 シーファさんが言った予想外の言葉に、僕はしばしフリーズしてしまう。


「……え?」

「私にはジオが必要」


 僕が、必要……。

 それってもしかして、シーファさんにとって僕が大切な存在だからってこと……?


「正確にはあんたが必要っていうか、あんたのギフトが必要、ってことでしょ」


 呆れた顔でアニィが割り込んできた。

 ……ですよねー。


 この間の遠征でも分かったけれど、僕のギフトは旅との相性がとてもいい。

 これから冒険者として世界各地を旅していくとしたら、僕がいるのといないのとでは大変さが雲泥の差だろう。


「普通の遠征じゃあ、どう考えてもセナちゃんが付いて来ないわよ」

「そう言えばそうか」

「その通りだよ、お兄ちゃん!」


 偉そうに言うな。


 つまり街を出ると言っても、基本毎日こっちに戻ってくるつもりらしい。

 いや、それって街を出るとは言わないのでは……?


「ジオ、どう? ジオは冒険者じゃない。もちろん強制はできない」


 確かに僕は冒険者じゃない。

 だけど……ずっと憧れていたんだ。


 シーファさんと一緒に冒険をすることに。


 思い描いていた理想とは少し違ったけれど、それでもほぼそれが実現することになる。

 うん、断る理由はどこにもないよね。


 幸い新しく覚えた自動栽培のお陰で、最近はますます手が空くようになってきている。

 いつでも戻ってくることができるわけだし、旅に出ることで発生する問題はほぼない。


「もちろん行きます!」


 僕はほとんど即答していた。


「本当にいいの、ジオ?」

「大丈夫です! 気にしないでください! 僕はシーファさんの力になりたいんですっ!」

「……? ありがとう?」


 ちょっとストレートに言ってみたんだけど、シーファさんには首を傾げられてしまった。

 ……相変わらず僕の気持ちなんて何も伝わってなさそう。


「まぁお兄ちゃんがどうしても行くっていうなら、仕方なく付いていってあげるよー」

「……お前が冒険者で、シーファさんのパーティメンバーなんだぞ?」


 本当に何でこの妹の方に、冒険者に相応しいギフトが与えられたんだろうな……。








 それから諸々の準備を整え――数日後。

 ついに僕たちはアーセルの街を出発することになった。


 と言っても、今日にはまた菜園間移動で戻ってくるわけだけど。

 たとえ忘れ物があっても何の問題もない。


 なのでこの街の冒険者ギルドには何も伝えてないらしい。

 拠点を変えたりする際に報告するよう指導されているみたいだけど、ギフトのこともあるので黙っておくつもりだという。


 まぁ拠点を移したと言っておきながら、普通にこの街に戻ってきているところを見つかったりしたら面倒だしね。


 街の外に馬車が用意されていた。

 今回も菜園移動を馬車の移動に見せかけるという方法を使うためだ。


「馬車を購入した。ついでに馬も」


 と、シーファさん。

 レンタルではなく、購入してしまったらしい。


「ひひーん!」

「あれ? お前はもしかしてあのときの?」


 馬の鳴き声に聞き覚えがあった。

 たぶんこの間の遠征で借りた馬だ。


 聞けば、冒険者ギルドが提携している商人がいるようで、馬や馬車の貸し出しだけでなく販売も行っているらしい。


 アニィが言う。


「この馬、あれ以来、普通のニンジンを食べなくなってしまったらしいわ。お陰で余計な経費がかかるからって、他の馬より安く買うことができたのよ」

「それって、僕が菜園のニンジンを食べさせたから……?」

「ぶるるるるっ!」


 馬が涎をだらだら垂らしながら、何かをねだるように顔を僕に寄せてくる。

 僕は収穫物保存スキルを使い、ニンジンを取り出した。


「はいはい、これが欲しいんだろ?」

「ひひひ~~んっ!」

「うわっ、ちょっと僕の腕ごと食べないでよ!?」

「ぼりぼりぼり」


 腕を涎でべとべとにされた僕の訴えを余所に、馬はとても美味しそうにニンジンを食べる。


「ひひん!」

「え? おかわり?」

「ひひひ~ん!」

「わ、分かったよ。好きなだけあげるから僕の身体に涎を垂らさないで」


 ……これから出発だっていうのに、もうお風呂に入りたい。


「この馬、何ていう名前にしますか?」

「確かに、名前があった方がいいわね」

「ぼりぼりぼり」


 サラッサさんの提案で、みんなで名前を付けることになった。


「はいはいーい!」


 良い案を思いついたのか、セナが手を上げる。


「うまっち!」

「そのまんまじゃないか……」

「えー、うまっち可愛いのに!」

「ぼりぼりぼり」


 当人は名前なんてどうでもいいのか、ずっとニンジンを貪り食っている。

 それで思い至ったのか、サラッサさんが別の案を出した。


「キャロなんかはどうでしょう? 古代語でニンジンはキャロットなので」

「へえ」


 古代語の中には今でも使われている言葉もあるけど、最も残っているのは魔法関係の用語だ。

 魔法使いであるサラッサさんならではの発想だろう。


「ひひい~~ん!」


 ニンジンを食べているばかりで無関心だった馬が、いきなり鳴き声を割り込ませてきた。


「え? キャロが気に入ったの?」

「ひん!」


 どうやらキャロという名前が良いらしい。


「決まり。今日からあなたはキャロ」

「ひひ~~ん!」


 満足そうに鳴く馬――いや、キャロ。

 こうして僕たちはキャロの馬車で、冒険の旅へと出発したのだった。

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